第135話 巡礼

「……しかし、大変なものですね」


そう、聖白銀教会の前は結構な人だかりがあって、入るのにもひと苦労だった。


未だ『勇者様』『聖女様』の噂は覚めやらないって感じで、野次馬に来る人や、貴族なのか商人なのか面会のための手紙を届ける使用人など、人だかりが出来ていた。


幸いなことに、教会は大きな鉄柵でぐるりと囲われ、正面の大きな門と孤児院から近い裏門を除いては侵入できない造りになっているので、不審者が入り込みにくくはなっている。


まあ、元から聖水作ったり女性が多い環境だったりと防犯対策が必要だったという部分はあるんだと思う。


そういや、聖白銀教会って男の教徒ってのはいないものなのだろうか。男の【聖魔法】使いとか。


でも、その場合は呼称って……ブラザー、になるのか?


それはさておき、そんな人だかりの中で、シスター銭ゲバが人を捌きつつも孤児院運営向けに『喜捨』を募っていたので、声をかけて中に通してもらったところだ。


「これでも減った方なんですのよ? 先週はいくつも貴族様や商家の方から面会の問い合わせが殺到したのも相俟って、見物人が押し寄せてましたの」


その割に嬉しそうなのは『喜捨』が随分と集まったということだろうか。


さて、せっかく応接室に来て顔合わせしたクララも、まだ手紙を捌いたり必要なところには返信したりと対応があるだろうし、世間話もそこそこにして要件を済ませてしまおう。


「それでですが……実は、先日知人から『この国の教会の情報が欲しい』と相談を持ちかけられまして。何か場所や配置されている都市名といった『教会の一覧』のようなものって、ご存知ないでしょうか?」


神像作りが趣味の知人がある日突然神託を受けて、総数900体もの女神像を作り上げた──という、どこかで聞いたことがあるような無いような、そんな身近な知人が俺のことを頼ってきたという設定である。


「あら、『巡礼帳』がご所望ですの?」


……巡礼帳?


「全国888の教会は8つの区画に区切られ、区画ごとの『巡礼帳』というのがありますの」


話によると、それぞれの区画には100から120の教会があるそうで、その『巡礼帳』はその教会数だけページがある紙の帳面だそうな。


「その『巡礼帳』に各教会で訪問の印を残す『巡礼の旅』というのが、一定の修練を積んだシスターに課される修行の一環としてございますの」


ちょうどこのヨンキーファが含まれる『巡礼帳』を見本サンプルに持ってきてくれたので確認してみたところ、どうやら確かに俺の要求に合致したものをシスター銭ゲバは提案してくれたようだ。


蛇腹折じゃばらおりになった100ページほどの冊子で、各ページには教会のある地名=教会名と、その周辺の都市からの経路アクセスを記載した模式図的な地図が書き込まれている。


この教会で言えば、正式名称は『ヨンキーファ教会』ということになるだろうか。


……御朱印帳、というよりも、スタンプラリーとかの方が近いか? なんかそんな感じの印象がある。


でもこれ、版画か判子みたいな感じで印刷されているんだろうか、筆とは異なる書具インクのようなもので描かれている。


結構いいな、こういうのも。若干かすれてる部分はありつつ、上手くやれば手作業でも綺麗な印字が出来そうだ。


……しかし、紙、か。


「これ、結構お値段するのでは……?」


こちらの世界の主流といえば、羊皮紙を代表とする獣皮紙ってやつで、皮から脂を抜いて乾かし、重石とかで伸ばしながら表面を整えたものだ。


その材料はと言えば、大半のダンジョンで大量に産出される皮だから、割と安価だったりする。


ダンジョンの低層で出るネズミ皮ですらメモ書きに使えるから、『成長』でそこそこ戦えるようになるまでは、馬鹿に出来ない収入源だそうな。


一方で普通の植物材料の紙といえば、こちらの世界では高い。今のところ商業ギルドの一部の書類ぐらいでしか見たことがない。


でも、前世では小学校の頃に給食で出た牛乳パックを取っておいて、図工の時間に自作の紙を作る実習とかやったんだよな。


水に浸して砕いた材料にのりを加えて、なんか海苔巻きを作る時に使うような竹のやつでく感じの。


そう考えると、案外紙を作るのって難しくなさそうだけど……ああ、獣皮紙があまりに安くて大量に作られるから、これもまた台車のそれと同様に『需要が無い』って話になるのか。


獣皮紙も、脂抜きだ水洗いだ乾かすだ伸ばすだって結構な工程がある作業だったはずだけど、魔法がある世界だとその労力ってやつが全然違いそうだもんなぁ。


ラビット氏の【解体】と同様に、皮革職人だったら一瞬で【皮紙】みたいなスキルで生産出来てしまうのかもしれないし。


「まあ……紙の本ですと確かに銀貨単位のお値段ですものね。でも、こちらは今ならたった大銅貨8枚8000円でお求めいただけますのよ?」


……どこの通販番組だこれ。


しかし、確かに安い。たしか取り寄せてもらった中古のポーション本は銀貨3枚3万円、魔法陣本や魔道具本は銀貨4枚4万円だったよな。


え、何か俺、騙されかけてる? マルチ商法か何か? ここ喫茶室ルノなんとかだっけ?


「この『巡礼帳』を用いる巡礼という修行がこう……過酷という印象イメージが強くついてしまい、近年は行う者が少なくなっておりますの」


どうやら888カ所というのが実はかなり古くに作られた教会の数のようで、今となっては寂れてしまった町もあるんだとか。


そうなると、人通りも減った街道は整備もされなくなったり、見回りもされなくなり獣や野盗が出歩いたりと、【聖魔法】が主なスキルであるシスターにとっては、なかなか危険な道中となりがちだそうな。


アレだ、ダンジョン経済によって人口が集中したって話の流れだ。廃村と同様に、この巡礼にも影響が出ていたというわけか。


「一方で、本部の方にはこの『巡礼帳』が未だ結構な量の在庫としてあるようで……なんといいましょうか、少しでも景気がいい支部は分担ノルマを増やされますの」


需要を間違って刷りすぎたとか、どんな同人誌即売会初心者あるあるだよ。部屋が段ボールで埋まってる本部が目に浮かぶようだわ。


てか、紙がそこそこ厚いから、前世のように200ページで2cmとはいかないわけで、100段強の蛇腹折じゃばらおりで指3本ほどの辞書のような厚みになっている。


そんな不良在庫を支部に押し付けるとか、なかなかに腐りかけてる感じはありつつ、『優秀な教会はシスターを巡礼に出して修行を積ませては』なんて名目だと、反論もしにくいのかもしれない。


しかし、どうだろうね。


今後、教会に女神像が置かれるとなると、特にダンジョンや都市部では需要が高まりすぎて、年単位の待ちが出ると思うんだよな。


高々20cmほどの女神像フィギュアを囲むにしても、精々四方を1人ずつ座ってもらう程度の人数が限界だ。


しかも、リナとクララの時は恐らく20分そこいらかかっていた気がするから、鐘1つ2時間で6回転、昼間である1の鐘6時から7の鐘18時まで回しても1日でたった144人しか更新アプデできない計算だ。


フィファウデのダンジョンに潜る冒険者たち2000人だけでも半月ぐらいかかる計算だし、一般市民はもとより貴族も吾先われさきにとなればもっとかかるだろう。


たしか人口はヨンキーファが5万人、フィファウデ辺りは12万人ぐらいいるんだったかな。


仮に5割が現役世代という計算でも、2年かけて更新アプデすることになるだろうか。


そうなると……当然、最寄りの教会へと優秀な冒険者ほど向かいたいとなるだろうから、もしかしてこの地図という情報は金になるんじゃないか……?


いっそ大量に買い占めておけば、穴場を探すのにシルバーBランク以上の冒険者だったら大銀貨10万ぐらいならポンと出してくれるんじゃないだろうか。


何せ、ずっと振られてなかった成長ポイントで、身体値パラメータが伸び、新たな技やスキルが追加されたりと一気に強化される上に、何日も待たされる状況を回避できてしまうわけで、その強化された状態であれば大銀貨10万程度はすぐに回収できてしまうだろうから。


リナやクララが、たった半年でブロンズCランク級だと言われるんだから、それなりに信憑性はあると言っていいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る