第123話 前衛実技試験

「私、自分より弱い人とは結婚できませんの。まして、しつこく何度も挑んでくるような、覚悟のない方は二度と相手にしたくもありませんわ。それでもこの場で・・・・挑んでくる覚悟があって?」


怒気を孕んだリナの言葉に唖然とする豚令息アレが喋り出せないのをいいことに、リナは挑戦条件を提示したようだ。


この世界における『証言』ってやつがどの程度まで役に立つのかは分からないが、周りで結構な数の志望者が聞いていたようだし、入学後の噂ぐらいにはなるだろう。


「クソッ、舐めやがって……お前こそ、誰かが代わりに戦うとかは認めねえぞ、分かってんだろうな!?」


豚令息がチラチラと視線を向けてくる。こっちみんな。


今朝、あの腕を掴まれて全然振り解けなかった件が、そんなに衝撃ショックだったのだろうか。言っておくが、STR腕力は剣士職であるリナの方が上だからな。


しかし……代理は認めないだなんて、渡りに船すぎるだろ。逆にいいのかって話だ。


本当、こんなガバガバな判断をするヤツが辺境伯家の次期当主とか、別のマシな兄弟でもいたら下手すればお家騒動に発展するんじゃないだろうか。


リナと自分の力量の差を認識してないこともそうだし、万が一に備えることなく『成長』を上げておかなかった、という準備に関してもそうだし。


俺自身も、後から考えれば危機リスク感覚がガバなことはあるし、というか実際【鑑定】に関する認識の甘さを露呈させたばかりだけど、こいつの場合は『辺境伯家の次期当主』だからな……持つべき責任の重さが違いすぎる。


下手すれば、何千何万という領民を飢えさせる危機リスクが目の前に迫っているようなもんだろう。


……まあ、そっちの件は俺の心配することではないし、領の内部で謎の事故が起きるなり謎の奇病で療養してもらうなり、処遇を検討もらうとして、だ。


ひとまず今回の勝負の規則ルールとしては、代理でゴールドAランク冒険者を出してくるみたいな真似をしないことが確定したので、少し安心した。


向こうから言い出したことだし、流石にひっくり返したりしないとは思う。


もっとも、逆に向こうが代理を出してくるなら、こちらも手持ちの中で最高のカードってやつを切らせてもらえばいいだけなんだけど。


般若の仮面を被った侍が、醜い浮世の鬼を退治てくれるんだそうだから。


いずれにせよ、これである意味での舞台は整った。


問題は……試合が同時なもんで、その勇姿ってやつを拝めないことではあるんだけど。


……ちょっと見たいよね? やっぱりさ。生のザマァ展開ってやつを。公開処刑とも言えるけど。


俺の方の試験をとっとと終わらせて見に行くか? とも思ったんだけど、それだと俺と当たった相手に悪いしなぁ。降参するにしても、速攻戦するにしても。


やっぱり、こういう場では勝敗とかよりも相手の力量ってやつを係員に見せることが主題だろうからな……おっと、時間か?


「では次の集団グループは移動開始、組で番号を読み上げるから、係のものについていってくれ。まず465番と684番」


早速、豚令息アレとリナが呼ばれたようだ。3番目の集団グループの中に明らかに前半の番号が浮いていたから、確かめずとも分かるっていう。


一応、前半に含まれていたと思われる番号はいくつかの集団グループに振り分けられていたから、全体から見るとあまり目立たないようになっていた。何とも手が込んでいるものだ。


「……次、683番と686番、こちらに」


あっと、俺の番だ。さてお相手は……ん?


……女の子、か。割と小柄な感じ。クララよりも小さいぐらいだろうか。


うーん、わざわざ前衛の試験を受けていることを考えると、冒険者志望なのか、実は兵士志望なのか。とりあえず何かしらの理由があるのだろうから、こちらの都合で終わらせてしまうのは申し訳ないな……。


「あ、あの……さっき、【土玉アースボール】撃ってた方、ですよね?」


「え? ええ、はい……それが?」


面接官と思われる係員の後を追って移動する道すがら、その対戦相手から話しかけられてしまった。


あれ、そういやこの子はなんか見覚えあるな……ああ、リナの【火玉ファイヤボール】に悲鳴を上げていた受験生の子、かもしれない。『後衛』の試験の時に同じ回だった。


何だろう……逆ナン?


「あ、いえ。魔法職なのに前衛の試験を受けるなんて、凄いなって思って……」


うーん、まあ、魔法職と言えば魔法職なのか。撃っている弾は物理の土団子だったんだけど。


でも……考えてみれば、『前衛』の実技試験を受けるのって単なる腕試しのつもりだったから、そこまでの意味はないんだよね。


正直、『古文』や『法律』と同じ記念受験に近い感じのというか。なんかゴメンなさい。


「まあ、運び屋ポーターなんてのをやってきたので、自分の身は自分で守る必要があったんです。なので、腕試しみたいなものですよ」


流石にコミュ障全開で『いえ、別に……』と興味なさげに返すのも申し訳なくて、それっぽい言い訳をしておく。


「冒険者さん、ですか。へぇ……」


「おい、不正を疑われるから私語は程々にしておけ」


おっと、先導してくれている係員から注意を受けてしまい、慌てて頭を下げる。


不正、か……うーん、でも、できれば少し予定調和でやりたいんだよな。


「よし、それじゃその籠から各自武器を選んで、左右にある線の上にそれぞれ立つように」


着いたのは、運動場と思われる場所の中程にある、白線の枠が引かれた場所だ。中央から少し離れた左右に、短めの開始線となるものが引いてある。


また、5m四方の枠の外に木製の武器が差し込まれた籠が置かれていて、そこから各自選ぶようになっているようだ。


女性優先レディファーストとばかりに先を譲りつつ、後をついていきながら、俺は小声で相談を持ちかけた。


「……そのまま聞いて下さい。事情で私は試合を早めに切り上げたいです」


ぴくり、と肩を跳ねさせたが、対戦相手となる女の子は何でもないふりをしてくれているようで、そのまま武器を選び始めた。


「30数える間、私は攻撃しないので、貴女は全力で打ち込んできて下さい。その間に1発でも入ったら、私は即座に降参します。代わりに、数え終わったら試合を終わらせます」


えっ、という表情で女の子はこちらの顔を見上げてきた。武器は選び終えていたようで、手には短剣を持っている。


俺はその横を通り抜けつつ振り向かないまま、籠に向かって小声で続けた。


「……一方的で申し訳ないです、お願いします」


まあ、仮にこの相談が通らなくても結果はあまり変わらないだろうから困ることはない。単に、義理を通したいというただの自己満足だ。


俺も同じく、使い慣れたナイフ状の木剣を手に取って、白線へと移動した。


彼女の反応はというと、視線が合った直後に僅かに頷いてくれた。


しかし……あまり機嫌が良さそうな雰囲気ではない。


まあ、『打ち込んでこい』なんて見下されたような言い様をされて、腹を立てられても仕方ない。彼女にも今日まで訓練してきた矜持きょうじがあるのだろう。


それでも俺の我儘は通りそうなので、俺は彼女に感謝した。もし機会があれば謝ろう。


……今頃、リナも豚令息アレと対峙している頃だろうか。


できれば、こっちが終わるまで少しぐらい耐えてほしいところだけど……果たして30秒ほどもリナが我慢し切れるかどうか。


「では……始めッ!」


これまた恐らく【風魔法】に乗せられたと思われる、通る大きな声で会場全体に号令がかかる。


「……ヤァッ!」


うおっ、思ってたより3倍ぐらい速い動きで、低い体勢のまま真っ直ぐに切りかかってきた。


あれ、結構AGI素早さが高い感じのスキル持ち? ちょっとヤバいかも。


俺は横っ飛びしながら逆手に持った短剣で突き出された刃先を合わせつつ、そのまま受け流した。


リナの戦いとかを見慣れていた分だけ咄嗟の反応が出来たけど……ゴメン、ちょっとだけズルさせて。


『成長』任せで正直なところ余裕ぶっこいてたけど、無理無理、こんなの舐めプしてられないわ。


俺はに身体強化をかけつつ、弾いた方向へと視線を追わせた。


少しずつ遅延していく感覚。これ慣れるまで割とかかったんだよな……。


どうやら目に、あるいは、視野に関わる脳もかもしれないけど、この『視界』に身体強化をかけると、急速に時間感覚が変化していく。いわゆるスロー再生みたいな感じだ。


リナの剣筋とかを追えなくなって、AGI素早さが上がる装備品でも手に入れるしか無いのかなとか思ってたんだけど、そのことをスケさんにぼやいたら、貰った助言アドバイスがこの『視界』の身体強化だった。


視界が時空間における情報のかなりの比重を占めているためなのか、これをやるだけで視界が遅くなるだけではなく、聴覚もゆっくりに聞こえるんだよね。すげー不思議な感覚。


もっとも、俺の身体を動かせる速度というのも、同じくゆっくりになってしまうのだけど。


でも、相手の攻撃が早めに分かるというだけで、避けるにしても何にしても有利アドが取れる。


…………あ。そうだ。30数える件、どうしよう。


流石に外の速度を把握したまま視界を遅延させる、みたいな高度にも程がある真似は出来るわけがない。


うーん、まあ、10発ぐらい避けたら大丈夫かな。きっと。

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