第122話 アレ

『戦闘補助』の会場だった体育館を後にした俺たちは、『前衛』の実技試験会場へと移動した。


そういえば、この『前衛』の試験のためなんだろう、動きやすい服装へと着替えている受験生が結構いる。


まあ、学科試験の時点ではひらひらとしたドレスとか軍服に近い社交界用のスーツで来た、見ただけで貴族と分かる生徒が多かったもんな。


ああいった格好で来ることが、貴族にとっては一種の示威じい行為なのかもしれないけど。


毎年そういった受験生がいるためなのだろう、着替え用の部屋というのも用意されている。


もっとも、メイドや下僕などは学内に呼び込めないので、自分で着替えるしかない。


自分で着替えたことがないお貴族様、なんてのがいる可能性もありそうだけど、同じく下僕などは入れない寮での生活に向けた、予行演習も狙っているのだろうか。


一方で俺やリナ、クララもだけど、【清潔】があるという理由もあって、着替えたりはしていない。


もっとも、リナの服は動きやすく耐刃性に優れた特殊なスパイダー糸を使って作られた、しかし可愛らしい『ブレザー』風の意匠デザインになっている。


この『ブレザー』の意匠デザイン、実はこの世界で既存には無かったようで、いたくリナが気に入ったために採用になったんだけど……その出所は、俺たちのパーティにおける極秘中の極秘になった。


……まあ俺が言えることは、セーラー服やブレザーなどに一家言ある料理人シェフというのも世の中にはいる、ということだろうか。


さて、『前衛』の試験内容だけど、1回につき50人が計25組の2人組みとなり、指定された5m四方の枠内で試合を行うことによって戦闘能力を測る、となっている。


枠の大きさは見た感じ、相撲の土俵ぐらいだろうか。


……いや、本当の土俵ってやつは生で見たことが無いんだけど、なんかちょうど立ち会いを見た感じの寸法が、そのまんま相撲の絵面っぽかったんだよな。


武器は基本的に貸し出される木製のもので、片手剣や短剣、両手剣、戦斧、短槍などの武器の他、片手盾や大盾などもあったりする。


試験のため、有効な打撃を与えればいいだけなので、実際にがっつり打ち込んで怪我させる必要は無い。


……もっとも、あれだけクララが【回復ヒール】で治療していたところを見るに、白熱ヒートアップした受験生たちが続出してるようではあるけど。


なんだろう、やっぱり騎士系の志望者としては、学園に入ることが有名騎士団へ入るための特急券みたいなものだったりするのだろうか。


あるいは、脳筋だったりすると学科試験の成績がお察しということで、実技試験の一発逆転に必死なのかもしれない。


正直な話、領兵や王立騎士団を志望したりするのであれば、多少なりと勉強は出来た方が採用されやすいんじゃないかとは思わなくもないけど。


さて、『前衛』の試験については事前に棄権する受験生も多いため、番号順に待てばいいものではないようだ。


当然ながら、棄権した番号の分だけどこかをズラす必要があり、その調整が入ってくるわけで。


その調整された結果として、開始する時間ごとに集団グループが決められるようなので、自分の受験番号がどの集団グループに属するのかを確認した上で、指定された時間に待機する必要があるとのこと。


「どうやら同じ集団グループみたいね」


「ええと……ああ、3番目か」


黒板のようなものに、これまたチョークのようなもので書かれた表によると、俺もリナも時間順で言えば3番目の集団グループに入っていた。


待機は10分後、開始は15分後となるようなので、軽く身体でも動かしながら待つとしよう。


……でもそうか。同じグループで、番号としてはクララを抜いて隣り同士なわけで、俺はリナと戦うことになるのだろうか?


うーん、どうしよう。


対戦カード『剣士 VS 運び屋ポーター


どう見ても、倍率オッズ比は99:1でリナの勝ちだろう。1すらあるのかも怪しい。


一応『成長』こそ、スケさんによる釣り上げパワーレベリングでこちらが上回ってるけど、STR筋力はリナの方が2倍を超えていて、VIT防御力もリナに僅かに負けている。


AGI素早さはこちらが有利ではあるけど、その辺りは【剣術】で使えるようになったという【スラッシュ】の剣筋や速度で相殺そうさいされそうなことは、探索やスケさんたちとの訓練でよく知っている。


……棄権する?


まあ、別に木剣だしそこまで怪我もしないだろうから、ここは接待試合プレイの1つでもしてあげた方がいいかもしれない。


だって、リナの『成長』と【片手剣】スキルを考えると、控えめに言ってブロンズCランクの前衛職ぐらいの実力は必要そうだもの。


ラビット氏に言わせれば、シルバーBランクに届いてるんじゃないかって言ってたけど。


そうなると、少しだけダンジョンに入って『成長』した程度の受験生を相手にしたところで、一瞬で相手の剣を飛ばして試合終了とか、下手したら木剣を根本から断つばかりか反動で相手の手首と心まで折りかねない。


その点、俺ならまだある程度は合わせられるだろうし、いい感じに怪我もせず負けることもできるとは思う。


……【スラッシュ】を使わないことをリナに約束してもらえば、ね。


ああ、あと身体強化も禁止で。なんか前衛職なだけあるのか、俺より身体強化の効果が高い気がするんだよな。


……情けないとか言わないでくれ、これが前衛職と後衛職の性能の違いであり、不平等な現実なんだから。


いずれにせよ、ここではリナの強さを見せることが一番重要であって、勝ち負けは二の次なんだから。ね。


「なあリナ、ちょっと話が…………リナ?」


青い顔……とも違うな、気持ち悪いものを見た感じの顔の歪め方をしたリナが、学園の建物の方を見ていた。


その視線の先を追ってみると……。


「……『前衛』の実技試験はもう終わってるんじゃないの? アレは」


…………いた。豚令息アレが。


俺たちが学科を受けた時も同じ教室にはいなかったし、『後衛』の試験の時もいなかった。


だから、恐らく振り分けがちょうど真逆になっていたことで、顔を合わせずに済んだ……ということなのかと思っていたんだけど。


……いや、いやいや、なるほど。


そうか、なんかあの言い回しは少しだけ気にしておくべきだったのかもしれない。


『……覚えてろよ、すぐに吠え面かくことになるんだからな』


そう捨て台詞を吐いた後、アレはどうしたんだったか。


たしか、『受付を見回して端の方にいる係員の方へ』向かっていったんだった。


……なるほど、ね。


『……この後の『前衛』の試験、気をつけるのよ? まあ、今の貴女なら大丈夫だとは思うけど』


うん、気付いてたんだな? 学園長。


係員の中に、豚令息アレの息がかかった連中がいることに。


でも、実際のところ集団グループの振り分けなんてのは数字しか書かれていないわけで、もしもリナ・・アレ・・対戦マッチすることになったとしても、『偶然だ』と言い張られればそれ以上の追求は難しいだろう。


仮に、あんな前衛実技の前半組に含まれていそうな500以下の番号が、この後半組の番号に含まれていても、だ。


直前になって相手が棄権することになったとか、誤って今回受験してない番号を割り当ててしまっていたとか、そんな言い訳でもされれば追求のしようがないわけで。


……もっとも、だけど。


この筋書きって、恐らく向こうの主観から見れば『ダンジョンに潜ってもいない無礼な令嬢を悪巧みによってカタに嵌めてやった』なんだろうけどさ。


その大前提が覆された瞬間、全ては単なる喜劇コメディになってしまうってことに、未だ豚令息アレは気付いてないんだよな。


……リナのような、あんな負けん気の強い令嬢が、ダンジョンに行くしかないと冒険者となってアイアンDランクにまで上げたという脳筋が、何も・・して・・ない・・わけが・・・ない・・んだけどさ。


ある意味で、そのことに気がつかないというのも、一種の才能というやつなのではないだろうか。


◇◆◇


「いやー、偶然ってやつは実際あるもんだよなぁ? カタリーナ。試験の相手が棄権しちまって後回しになったと思ったら、まさかお前のいる──」


うん、ここ編集でカットしてもらってもいいですかね? 聞くだに鬱陶しいんで。


割とざまぁ展開とかよくあったけど、やられる側がこっちを下に見て騒いでるの、実際にやられる側に立ってみると結構キツいっていうか。


まあ、あまりにザコすぎるからって部分はあると思う。


実際に強くて性格悪いヤツを、チート獲得によってギリッギリの一発逆転してぶちのめす場合は、そりゃ爽快感あるんだろうなって思うんだけどさ。


「ヘッヘッヘ、このままお前と当たったら、『成長レベル』の差ってやつで勝っちまうかもしれねえぞ? おい、今頭を下げるんなら、手加減ぐらいしてやってもいいぜ? そりゃ顔とかに傷を付けたりしたら、せっかくオレのものになった時──」


「……いい加減、その臭い口を閉じてもらってよろしいかしら?」


あ、流石にリナも我慢の限界だったか。


待機時間になったもんで、指定の待機場所から離れるわけにはいかないから、とりあえず無視して5分耐えようと自分から言ってたのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る