第121話 クララ無双

「私とカタリーナお嬢様はこの後の『前衛』の実技試験に参加予定ですので。クララの場合はスキルが近接戦闘に向かず棄権予定のため、こちらに伺いました」


リナからの『あんた、それお嬢呼び続けるんかオイ』という目線は一旦無視するものとして。


勿論ここで【空間収納】について下手に明かすつもりはないし、俺もこの後ゴブ師匠に鍛えられた短剣の腕がどれほどのものか、せっかくだし試そうと思ってるしね。


「……そうですか、それは残念ね。では、クララさん、でしたわね? こちらにお掛けになって」


……今の言い回し、ものっ凄く気になるんですけど。『スキルを持っていることは分かってるぞ』とでも言うような。


せめて『持っているスキルは分かってるぞ』では無いことを祈るばかりではあるけど。


そこからはクララの【聖属性】関連の評価として、【聖属性付与】による聖水の作成と、【回復ヒール】の性能評価が行われることになった。


聖水作成については、教会で日常的に行っているだけあって手慣れたもので、作れる量とか【付与】の速度とかに学園長も少し驚いている様子だった。


そういえば、シスター銭ゲバにも日頃のお勤めで聖水を作る際、抑え目にするよう言われてたぐらいなんだっけな。


アジトダンジョンではいわゆる不死アンデッド系は出ないから、今まで【聖属性付与】の効果を検証してこなかったけど、フィファウデにあるという出現場所であれば本当に無双できてしまうのかもしれない。


入学試験が終わったら、記念に一度どこかのダンジョンに潜って確かめてみようか。


回復ヒール】については、ちょうどこの会場に併設された『救護室』の患者を回してもらうことになった。


『前衛』の試験がどうやら対人戦で行われているらしく、避け損なったり力量を見誤って怪我させたりと、それなりの怪我人が出ており、ある意味で都合がいいんだとか。


……それってもしかして、回復職ヒーラーの志望者が『戦闘補助』の評価で来ることを当てにされてるんじゃね? と思ってしまった。


てか、聖白銀教会って全国にあるから、クララと同年代のシスターってのもそれなりの数いるだろうし、教会以外の回復職ヒーラー全般として考えても、毎年相応の入学希望者がいてもおかしくはない。


実際、クララの他にも『戦闘補助』の志望者がいたようで、【聖属性付与】の評価中も数人、救護テントの方に移動していったようだし。


「…………ん? あー、うーん……」


ちょっと待った……クララ、救護室に行っても大丈夫なのか?


「何を唸ってるのよ」


「いや、クララが大丈夫かなと思って」


「心配するまでもないでしょ、血とか切り傷なんて私たちの怪我で散々見てきたじゃない。そんなの慣れたものよ」


いや、俺もそっちの心配をしてるわけではないんだけどさ。


クララもアジトダンジョンで探索を初めて半年経ち、現在Lv.20で【聖属性】はLv.9になり、MPは初期の値と比べて20倍になっている。


そして、成長スキルのポイントが振られたことによる性能補正によって、MP消費量が軽減された上に回復量が上がって、効率が2倍近い。


実質的に『成長レベリング』前の40倍ぐらい怪我を治療できる計算なんだよな。


……クララ、ちょっとぐらいは手加減しておこうな?


◇◆◇


「……クララさん、『前衛』は棄権されるのよね? もしよかったら、このまま救護作業を手伝ってもらえないかしら?」


はい。


ちょっと予感はしていましたが、クララ無双でしたね。


一応護衛ってことで、俺たちも救護テントの邪魔にならないところで見学していたんだけどさ。


クララは、次々に来る生徒の怪我の状況を確認し、適宜【回復ヒール】をかけていったわけです。ごく普通に。


そういえば、スケさんからダンジョン探索中に、回復のための魔力操作について色々と教わったりもしてたっけ。


人体の構造や治癒の仕組みについて知見があると、回復の解像度が上がって魔力の操作も効率が良くなるって話もあったな。


その影響は定かではないものの、結構な列が出来ていた救護室前は、クララが参加してから一気にけてしまった。


いや、他の列に比べてしまうと、異様に早いんだよ。クララの列だけ。


係の人もそれを見てなのか、優先してクララの列へと怪我をした生徒を回す始末だし。


あと、同様に『戦闘補助』で連れてこられた同じ受験生が数人でリタイヤしていくのに、クララは未だ余裕そうなんだよな。


それゆえに、相対的にクララの【聖魔法】の性能が目立ってしまっているというか。


まあ、流石に【高回復ハイヒール】が必要そうな、骨折や激しい損傷のある受験生はいなかったようだけど。ああいったものは、クララとしても結構MPを消耗するっぽい感じだったから。


そんなこんなで学園長から手伝いの継続を願われているわけだけど……そういやこれ、『戦闘補助』の実技試験じゃなかったっけ?


この後も、俺たちの『前衛』の実技が始まったら怪我人の第2陣が来ることになるんだろうから、確かにクララがいれば助かるのは理解できるけども……いいのか? 学園の入学試験がそんな救護体制で。


「ところで、この後の救護も含めて、きちんとクララの『戦闘補助』の成績として評価されるんですよね?」


「え? …………ええ、もちろんよ?」


おい、これ試験の一環ってこと忘れてなかったか? この学園長残念エルフB


……結局、その後も結構な数の怪我人が来るのを見て、またクララからも役に立てるのであれば残りたいとの話が出たので、『前衛』の実技試験には俺とリナの2人で向かうことになった。


「既に例の件についてはご存知だとは思いますが……連れ去られたり危険な目に遭わないよう、彼女のことをよろしく頼みましたよ? 学園長」


「……勿論、そちらの件については責任をもって彼女を護るから安心していいわ」


流石に学園内で貴族子息らの失踪騒ぎがあって、学園長が知らないわけはないだろうから、重々気をつけてくれることに期待しよう。


一応、クララにも【結界】の魔道具は渡してあるから、多少の襲撃であれば耐え凌げるとは思うけどね。格納門は【自動追尾】で残しておくつもりだし、しばらく耐えてさえくれれば逃がせるようにはしてある。


ひとまずクララに上級MPポーションを2本ほどを渡して、俺たちは『前衛』の実技試験会場へと移動することにした。


「ああ、そうそう。カタリーナさんにひとつ言い忘れていたことが」


俺たちが救護テントを出た背中に、学園長から声がかかった。


リナに言い忘れ?


「……この後の『前衛』の試験、気をつけるのよ? まあ、今の貴女なら大丈夫だとは思うけど」


「ええと、それってどういう……」


「ウフフ、そこまで深く考える必要はないわ。ただ、万が一ということもあるから、試験が終わるまで気を抜かない方がいいわ」


そう言い残すと、学園長はヒラヒラと手を振って『戦闘補助』の受付へと戻っていった。


「……どういう意味だと思う?」


「うーん……まあ、学園内での失踪の件もあるから何とも言えないけど、試験に何か仕掛けられる可能性があるとかなのかな?」


試験に罠と言えば、借りれる武器が壊れやすくなっていたとか、最悪の場合は呪われているとかだろうか?


でも、流石にそれを分かっていて学園長が放置するだろうか? という疑問はある。


まあ、そっちは正直リナの実力で補えそうだからいいんだよ。


問題は……『貴女なら大丈夫だとは思う』っていう方。


……学園長、恐らくではあるけど、何か【鑑定】に類するスキル持ちだよな?


そもそも、ヴァル氏が【魔力解析】だって話からしても、ハイエルフの種族特性か何かで【鑑定】関連の能力を持っている、という可能性はありそうな気がしている。


……恐らく、リナの『成長レベル』ぐらいは見られていたんじゃないだろうか?


そこを突かれると『じゃあ、どこのダンジョンに?』という流れになっていくわけで……割とマズい感じはする。


この世界における【鑑定】について、水晶を基準に考えて精度が低そうだと思ってしまっていたけど、流石に見積もりが甘かったかもなぁ……。


……ま、その辺は学園長に何かしら交渉するなり、最悪『どこにでもあるドア』にでも追っ被せて証拠隠蔽でもしてしまえばいいんだけど。


恐らく【空間収納】については、こちらから明かさない限りはステータスオープンですら『読めない』とリナたちが言っていたから、仮にこちらのステータスがバレていたとしても、そこまでは見えていないと思う。なので、その点だけは心配してないんだけど。


いずれにせよ……要注意だな、学園長。

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