第124話 試験終了

おっと、弾かれた体勢を整えた彼女が短剣での2撃目を出そうと……して、これは陽動フェイントを入れてくるな?


うん、こちらがナイフを合わせてくるのを見越して、腕で死角となる方向にかわし、裏に回ろうとしている。


凄い、普通に盗賊シーフとか斥候職スカウトの本職みたいな素早さ主体メインの動きっぽい。


え、学園ってこんなに志望者の水準レベル高いの? やばない?


そういえば、40人10学級クラスの枠に1000人ぐらいの応募だって言うから……倍率は2.5倍ってことか。


偏差値……なんて概念は無さそうだし、そもそも学部とか学科とか分けて募集してる様子も無かったから前世のそれと比較した評価はしにくいけど、それでも結構な難関と言っていい気はする。


そもそも学園に通えるって時点で、ある程度の足切りは済んでいるとも言えるのかな。


……学科の算数は小学生程度だったけど。誰か迷い人異世界人で三角関数とか確率論とかを持ち込んだ知識チート勢はいなかったのだろうか。


そんなことを考えている余裕がある程度には、相手の動きが見て取れる速度のため、俺は4回、5回と彼女の攻撃をかわし続けた。


視界だけではなく、自分の身体の方もゆっくりとした動きになっているので、ある程度は予測しながら動かないと逃げ切れなくなってしまうんだけどね。


ただ、相手の軌道と速度が読めて、あとりきみ的な身体の強張こわばりとかで予備動作が分かると、その後の変化は予測しやすいので避けるのも実はそんなに難しくない。


……まあその大前提は、この視界の中で軌道や速さが読める程度で動いてくれる人が相手である場合、なんだけど。


リナやスケさんについては、この視界で見えやすくはなったけど、対応できる程度は超えている。


本当、あれで豚令息ごときに勝つ自信を持てない理由が分からない。


まあそれぐらい慎重な方が、権謀術数けんぼうじゅっすうの飛び交う貴族社会に身を置く姿として正しいとは思いつつも。


ちなみにかわすのではなくその場での打ち弾きパリィとかも出来るは出来るんだけど、ゴブ師匠や時々リナとも手合わせしてきたせいか、俺は攻撃を受けずに避ける戦法を主体にしている。


だって、少しでもズレて受けたら本気で腹や腕が削れて、下手すりゃ穴が空きそうなんだもの。


筋肉で受け止めるような膂力りょりょくも無ければ、ステータス依存の防御力も無い。いざという時はまず自分の身を逃がすことを第一とするため、堅くて重い装備は着けられない。


最悪の場合ケースでも俺さえ生き残っていれば、遺体でも何でも遠隔で回収して、事実上何度でも状況を修復リカバーできてしまうからね。時間はかかるかもしれないけど。


そうなると、自然と避けたりなしたりといった、打撃を逃す戦い方へと移行していくわけで。


幸いにもAGI素早さはそれなりにあるので、スキルに由来した俺のステータスにも合ってる戦い方と言えるのだろう。


……さて、そんなこんなで次が10回目、最後の攻撃になるだろうか。


実際の時間もそろそろ30秒ほどなのか、彼女は一度間を取って、息を整えているらしい。


ん? 口元が動いてる?


もしかして、と思って魔力感知してみると、確かに手の辺りに魔力が……


って痛い痛い痛たたたたギブギブ停止停止ッッ!!


……うん、視界の身体強化しながら魔力感知すると、処理の負荷が高すぎるのか、ものっ凄く目の奥の辺りが焼き切れんばかりに痛くなるんだよね。


スケさんからは『それはしゃーない、慣れや慣れ』という素敵な解決法ソリューションを提案されたけど、『身体強化は切らすんやないで』とだけは忠告された。


今のところ、なるべく短めに終わらせることで、なんとか負荷を抑え目にするぐらいしか対策は無いんだけど。


あとは、本当に痛みに慣れることによって、長めに使っても視界の身体強化を切らさないようになることぐらい。


目の前にスキルとかが迫ってるのに身体強化なんて切らした日には、せっかく敵の行動を察知するために仕掛けた魔力感知で、隙を作っただけになる。墓穴を掘るとはまさにこの事というか。


なんとか集中という名の我慢によって視界は保ったまま、先ほど魔力を感じた手の辺りを注視していると、その短剣を持った手を大きく振り上げて────投げた!?


え、武器投げるの!?


まじかよ、そこまでやるとは思い切った戦法すぎる。


当然ながら、俺はゆっくりとしか動かないながらも身体を横方向へとずらして、軌道を外し……外し…………あれ、外れない?


え、明らかに投擲後の軌道が変わってるけど、もしかして【必中】とか【追尾トレース】とかそういうスキル?


うわー、彼女の『後衛』とか見ておけば良かったかも。あの時点で対戦する可能性なんて予見もしようがないけど。


肩の辺りに向かってくる短剣の後ろで、彼女がこちらへと走り込んでくるのが見える。


なるほど、短剣がもし当たったら勝ちだし、俺が短剣を弾きでもすれば大きな隙が出来る。


もし本当の対人戦であれば、こういうスキルがあるなら投擲用のナイフ等をベルトなどに仕込んでいてもおかしくないから、懐に入られれば何かしらの一撃は貰ってしまうだろう。


俺も敗北条件は『1発』としか言ってないから、それが仮に拳であっても投石であっても成立はするし。


うーん、この子の動きはもしかして現役の冒険者辺りから学んだのだろうか。素直に凄いと思ってしまう。


でも……ね。


こちらもこちらで、世界を救った元・勇者やら、暴走スタンピードを退けてしまう現役のダンジョンボスやらに教えを受けているからさ、格好悪い負け方は出来ないんだよ。


俺は全身・・へと身体強化をかけて飛んでくる短剣に近付くと、空いた左手で短剣のつかを握り込んで勢いを消し、そのまま彼女の後ろへと回り込む。


時間の流れが遅くなった中で、彼女はまだ俺がいた辺り、ちょうど手に持っていたナイフの辺りに目を向けているように見えた。


流石に、この時間の流れが遅くなった視界で、身体強化によって視界と・・・等速の・・・まま・・動ける俺の姿は追えないらしい。


あ、既に視界にいないことに気がついたのか、顔を上げようとしている。


心なしか、前へ進もうとする慣性を殺すため、咄嗟に足を踏ん張ろうとしているようにも見える。


既に背後に立っていた俺は、前のめりになった彼女の右肩を木製のナイフを持ったままの右手で支えつつ、左手に持った彼女の短剣を首筋へと添えて……そのまま身体強化を解除した。


「…………え?」


目の前にいたはずが、既に背後に回られていた、という一見すると超人じみた動き。彼女が驚くのも理解出来なくはない。


でも実は何のことはなくて、魔力頼みの身体強化で視界も含めて高速化すれば実現できてしまった、というだけの話ではあるんだよな。


恐らくMPさえあれば、これができる人はそれなりにいる気がする。


……ただし、さっきの魔力感知と同様に、身体へ相当な負荷をかけるようなので、調子に乗って繰り返すと身体強化が切れた瞬間に動けなくなるので、注意が必要だけど。


「……試験官さん?」


「えっ? あ……ああ、それまでッ! ではえーと686番の勝利!」


ふぅ……とりあえずは彼女の動きについては試験官に見せられたと思うし、結果として彼女は負けたけど十分に評価されるんじゃないだろうか。


「……よし、では683番と686番は使った武器を籠に戻したら向こうの出口に向かってくれ」


何やら唸りながら手元に記録を残した後、試験官はそう指示して記録を付けながら受付の方に戻ろうとしていた。


彼女はと言えば……どうやらまだ放心状態のようだ。


とりあえず武器はこちらが両方持っているので、そのまま籠に戻してしまおう。


そういえば、リナはどっちにいるんだろう? まだ1分か2分……いや、もう間に合わないか。

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