第41話 まちぼうけ

「よし、これで明日からもここに来れそうだ」


俺は、視界の位置を温泉から一度遠ざけた後、格納門を温泉の真上へと出してみることにした。


結果は無事成功。ここには明日以降も生育状況調査を兼ねた継続採集で使いたいからな。問題なく位置が再現できるようでよかった。


ちなみに、他の魔力草があった採集場所は正直言って特徴が無さ過ぎて、ほとんど記憶に残っていないため、再度格納門を採集場所に開くことは難しそうだった。単に森の中だもんなぁ。


むしろ、移動速度が時速数百kmまで到達しているため、適当にこの辺りまで飛んできた後に、上空から魔力感知して探した方が早い、までありそうだ。


一方で、この温泉は見た目から匂いから印象インパクトが強く、イメージをきっちり頭に浮かべることができたので、難なく目的地として門を出すことにも成功したわけだ。


遠隔での格納門位置の指定において、この印象インパクトというのは案外重要なようだ。


拠点で格納門での移動を実験した日、そのまま岩壁にある洞窟であるアジトまでの道のりを歩くことなく移動できたらなー、と思ったものの、『森を抜けた岩場』みたいな曖昧なイメージでは行き先として指定できなかった。


結果として、徒歩で近くまで来てから、ナイスガイが書類を書いていた机の前という記憶が強く残っていたのを思い出して、格納門を中の部屋で開くことに成功した。


しかし、もし失敗していたら、アジトダンジョンに入った時と同様に隙間でも作って格納門を潜り込ませる必要があった。


その場合、多少の土砂を格納したり戻したりと痕跡を残す羽目になっていたかもしれない。


◇◆◇


さて、魔力草がメインのようになってしまったけれど、むしろここからが本来の目的だ。


野うさぎの捕獲。


俺以外の生物を格納門経由で移動させた時の挙動を検証するための、生体実験に使う。


まあ、自分自身の身体で問題なかったから大丈夫だとは思うけど、いきなり人間でやって何かあると責任取れないもんな。


ポーション本には、なんと野うさぎの簡単な探し方や捕まえ方も載っていた。微に入り細に入り至れり尽くせりだ。


野うさぎは薬草を好んで食べる傾向にあるそうで、その周辺に野菜と籠を使ったトラップを仕掛けておけば引っかかるそうだ。


いや、ここの説明にあった『野菜と籠を使ったトラップ』の指すものが『紐をつけた木の棒と籠』という古典に過ぎるものだったのにはマジかよって思わず声が出てしまった。


けれど、そういやここは機械文明なんてない古典の世界のようなものだったな。もっとこう、魔法でどうにかならんのか、剣と魔法の世界よ。


とはいえ、釣りもスレてない川魚だったら簡単に釣れるという話もあるし、案外なんとかなるのかもしれない。


さて、薬草といえば目の前に格好の薬草畑があるわけで、トラップを仕掛けるのには好都合なわけだ。


「うん、上手くできた、気がする」


俺はまず、少し離れた辺りにあった太めの木を、現在の【空間切削】の最大長である8m単位で切り出して収納し、座るのに丁度いい高さぐらいの切り株にした。


そして、その切り株の根元付近をさらに【空間切削】でおりとなるよう加工してみたわけだ。


踏み板式でフタが閉じる仕組みも入っていて、奥にエサを入れておくことでおびき寄せる目論見だ。


檻の踏み板は、コンビニバイトでネズミが問題になった時、店長が試しに買ってみたという檻の組み立てを手伝っていて、その仕組みが面白くて覚えていたのだ。


結局、ネズミは全然つかまえられなかったのだけど。ホットスナック系の残飯処理を徹底した方がよっぽど効果的だった。


さて、試しに踏み板を下ろしてみると見事にフタが閉じることも確認できたので、あとはエサだろう。


ポーション本では、野菜があれば野菜でもいいが、薬草があるなら効果の低い薬草でいいので茎や葉を千切って中の成分が染み出すようにして仕掛ける、とあった。


幸い、温泉近くにも普通の薬草は生えている(むしろ少ない)から、そいつを何枚か千切って踏み板の奥にわんさかと積んでみた。


そして、似たようなものを温泉を囲うように8方向で仕込んでおく。【空間切削】をこんなに集中して使うのは拷問具に使ったアレを加工してた時以来だなー、なんて思っていたら、あのメッセージが表示された。


『空間収納レベルが上昇しました』


『成長ポイントを割り振ってください』


スキルレベル上昇、Lv.12になったようだ。


そういえば、アジトに入る時に上がってからゴブ師匠と戦うまで含めてコレを見なかったなー、と今更ながら気がついた。


格納門砲……厨二的には格納門砲ゲートキャノンとでも呼んでおこうか? まあ、あれを開発したり使ったりしてた割にはスキルが上がらなかったことになる。


スキルのレベルが10を超えたことで、上がりにくくなっているということだろうか。


逆に、最初がポンポン上がり過ぎていたとも言えるけど。


『イメージが強ければ習得が早い』という転生者特典とも言えるスタートダッシュを一気に使い切った結果なのかもしれない。


成長ポイントは後でまた考えよう。もっと奥地を探索するのにも【距離延長】に振るのは既定路線として、残りをどうするか悩みどころだ。


さて、後は切り株トラップに野うさぎがやってくるのを待つばかりだ。


切り株にやってくる野うさぎとか、完全に童謡の『待ちぼうけ』だなこれ。


たしか中国の故事『守株しゅしゅ』が元になってるんだっけな。


切り株に躓いて死んだうさぎを手に入れた百姓が、こんな便利な切り株があるなら野良仕事なんかより楽に肉や毛皮が手に入ると言い出して、ただ日々切り株を眺めるようになった結果、そんな偶然は二度と起こるわけもなく、うさぎも手に入らず畑は荒れ放題になった、みたいな話。


このことから、過去の出来事に縛られていると、状況が変化した現在から未来にかけて対応できないことがあるし、状況に応じた検討が必要だ、みたいな教訓だったはず。道徳の教科書だかで読んだ記憶によるとだけど。


個人的にはパチスロ狂スロッカスでお馴染みだったコンビニバイトの先輩に、店長が言った『ビギナーズラックで三千円で当たってしまった人が、その一時の興奮にどハマりして店に金を貢ぎ続ける様を守株って言うんだよ』と言ってたのが記憶に残っている。


3000円で100回転ぐらいだから、3人に1人は当たりを引きそうだし言い得て妙なんだよなぁ、とはそのスロッカス先輩のげんだ。


後にその先輩が仮想通貨FXで当てて退職したまさにその人で、それを真似てどん底に落とされたのが俺ってわけだけど。


まあ、結果として転生したらレアスキル引いて一軒家を借りれるまで金を持って、今日も温泉&魔力草畑という銭の鉱脈を掘り当てた現状からすると、これが本当の『塞翁が馬』ってやつなんだろう。


さて、切り株を眺めてばかりじゃなく、待ち時間はせっせと野良稼ぎ魔力草探しでもしてきますか。


◇◆◇


うん、大漁大漁。


より山に近い上流に来たことで、採集地の規模が広くなっているようで、ひとつの採集地あたりの収穫量が多くなっていた。


本数にして大体5割増ぐらいだろうか。50本〜90本ほど生えていて、現在の距離延長の限界までの範囲に30か所ほど見つけて、合計1000本近い魔力草が回収できた。


温泉の分や前半20か所の採集分を含めると、1700本近い計算になる。


いやー、あまりに手付かずで1日の収穫量としては中州を超えたね。あっちの薬草は2週間かけて2500本だったわけだし。


とはいえ、貴重と言われる魔力草だけに、再度収穫するのにはそこそこの期間が必要らしいんだよな。ポーション本にそういった記述があった。


薬草が翌日には復活してるのが異常といえば異常なんだけど。


もっとも実際には薬草も薬草で、毎日全収穫してしまうと上薬草の割合も収穫量も減っていくわけだけど。


今回は初回ということで全収穫してみたけど、どれぐらいの期間で復活するかは経過観察だな。


次の魔力草が育つ間、こっちはポーション作りの練習でもしておこう。普通の魔力草だけでも100本あるし、まだ残っている普通の薬草250本と合わせて、ポーションの練習には十分な量だろう。


さて、罠に野うさぎはかかっているかな。何匹かかかってたら、冒険者ギルドへの納品用に確保しておきたいところだけど。


◇◆◇


温泉近くに戻って罠を確かめると、8つの罠のうち5つに野うさぎがかかっていた。こちらも大漁だった。


さて実験を始める前に、玄関から靴を持ってきて拠点から山の中へと移動した。


流石に野うさぎを持ち上げたり罠から出したりといった操作は、格納門経由では面倒そうだったからな。


山の中に出ると、草の匂いが一面に漂っていて気持ちがいい。青葉アルコールって言うんだったかな。草木やハーブ、緑茶とかに含まれる成分だとか。


さて、捕獲された野うさぎの1匹を、麻痺の吹き矢を撃って動かないようにして外に出す。


ひと抱えほどある野うさぎを首の後ろと尻で抱え、再度閉じた檻の中へと格納門経由で送り出してみた。


「うん、問題なさそうだ」


送り出したウサギは問題なく生きていたようで、しばらく放置したら痺れが解けて動き出した。


野うさぎ1匹を送り出すのに、同じ体積と思われる腕1本ほどのMP消費量といった感じだった。


よしよし、俺1人を単位とした人数分のMPが用意できれば、移動させることが可能と言ってよさそうだ。……もし、小動物はOKで人間はNGとなったら、その時はその時だ。

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