第15話 野盗狩り

「おっ、フェルさん! どちらに?」


馬に暴れられながら、水やら草やら世話をやっていた下っ端が声をかけた。何度も蹴られたのかひづめ跡と土まみれだ。


どうやら飄々ひょうひょうとした剣士はフェルというらしい。


「ちょっと出てくる。馬を逃すんじゃねえぞ?」


「ハハハ……」


完全に懐いてない馬をとりあえず手綱だけで縛りつけてるようなものだけに、縛っている杭から手綱がほどけないよう見張るぐらいしかできないのだろう。


下っ端は空笑いで返事をして森へと入っていく飄々フェルを見送った。


シーフ職ファルコを振り向くと、ひとつ頷いて彼もまた森へと入っていく。俺は、洞窟に残していた門を閉じて、彼の後を追うように格納門を向けた。


シーフ職ファルコ飄々フェルと歩調を合わせるように、また音を立てないように森の中を進んでいく。


飄々フェル尾行つけられているとは思ってないようで、物音がした際に軽く顔を向けることはあっても、あまり気にせず前に進んでいく。これはとりあえず轍道に出るルートだろうか。


あの道に出てしまうと見通しが良くなり、シーフ職ファルコが尾行しにくくなりそうだ。その手前で仕留めた方が良さそうに思える。


……と思ったところで、シーフ職ファルコが止まって何か後ろ手に合図を送ってきた。手招きだろうか。


「……聞こえやすか。この後、奴を先回りしやす。合図をしたら30数えた後に物音を立てるんで、それに合わせて行動を」


俺は了承の意味を込めて肩を指でひとつ叩く。


それと同時に、素早く動き始めてあっという間に20メートルほど離れた位置で横並びとなった。飄々フェルからすると、進行方向右手側の木の陰、ということになるだろうか。


そして、その木影で一度止まり、指を一本立てて上に向ける。合図だ。


俺は数を数えながら、素早く飄々フェルの背後へと格納門を回し、用意していた筒を手に持った。


残り10。こちらから見ても、右手方向に人がいるようには感じない。今はどこにいるのだろうか。


残り5となったところで、数える速度の誤差も考えて、筒を構える。筒をわずかに格納門から出しつつ、万が一振り向かれても気付かれない背中付近で音を待つ。


突然、前方からバキバキッと枝が折れる音が鳴り響いた。


途端に飄々フェルが立ち止まって、様子を伺うように僅かに腰を落とした……丁度、目の前に後頭部が降りてきた。ジャストポジション!!


プッ、と筒を吹くと勢いよく針が飛び出し、ほぼゼロ距離で飄々フェルの後頭部へと刺さった。


筒は内径1cmほどの木製で、その中には内径に収まる円錐と針を組み合わせたものを入れていた。針には当然、麻痺毒を塗ってある。


いわゆる、吹き矢ってやつだ。


「痛ッ……あ?」


効果時間は5分ほどと多少短くても即効性の高い麻痺毒を選んだので、針に手を届かせるまでもなく飄々フェルは前方へと崩れていく。


すぐに森をかき分ける音が近づいてきて、シーフ職ファルコが手に布袋と縄を持って現れた。


「さて、どうしやす? ここに置いておいてもいいんでやすが……」


顔に布袋を被せて視界を塞ぎ、手足を拘束してから、シーフ職ファルコがこちらへと尋ねてきた。


そうだな……また穴にでも埋めて隠せるといいんだけど、そのためにはこの視界を一度閉じる必要がある。


でも一度塞いだら、また同じ場所に出せるかはわからない。


前に【距離延長】で門を出す実験をした時は、門のあった位置が視界から外れていると、再度同じ場所には出せなかったんだよな。(少し位置を動いた時に、木の影になって同じ場所に出せないことに気がついた)


んー……、と思っていたところで、ふと思い出した。


拡張ポイント、まだ残ってたよな?


成長ポイント:22

・格納門増加 Lv.2


すぐさまポイントを【格納門増加】に振ってみると、推測通り格納門の数が3つになった。


そして、開いていた視界はそのままに、縛られた飄々フェルの下を【空間切削】で削っていくことで、ちょうど立っても頭まで埋まるぐらいの穴へと沈めることができた。


「ファルコさん、板を1枚出しますんで、そいつで塞いでもらえますか? 上は適当に草を撒いて分からなくしてもらえると助かります」


「……分かりやした」


……なんだろう、どこか諦めた感じのある溜めがあった気がするが、シーフ職ファルコはすぐに板で塞いで、軽く土をかけた後にナイフで刈った草や木の枝などを上に撒いた。


そして、森に入る時もやっていた木へのマーキングというのを穴の四方向に行って、とりあえず作業完了といったところのようだ。


……さて、ここからどうしようか。


◇◆◇


「……じゃあ、いいんですね?」


「へい、もうここまで来たら、一気に終わらしちまいやしょう」


俺の待機していた場所へと戻ってきたシーフ職ファルコが頷いた。どこか苦笑のような諦め混じりの顔で。


ここに戻ってくるまでに、今後のことを軽く話した。


恐らく時間が経ってしまうと、ナイスガイを起点に飄々フェルが戻ってこないことで警戒は上がるので、何かやるなら今のうちだろう、と。


どうやら外の2人と捕虜部屋の前にいた1人が、入口近くの部屋で寝ていた3人と交代する時間だったらしく、入れ替わりで休憩に入ったようだ。


時刻は6の鐘午後4時。外の奴らは飯の準備担当らしく、煮炊きを始めた。割と1人になるタイミングがちらほらある。


休憩の3人は横になって寝始めた。こいつらはこのまま寝かせて・・・・おけば良さそうだ。


ナイスガイはといえば、何かレポートのようなものを羊皮紙にまとめている、らしい。伝令役の代理だとすると、完全にあいつ仕事してねえじゃねえか。


その伝令役はといえば、酒に酔ったのか寝かけている。こいつも対処は楽だ。


あとは捕虜部屋前の監視か。こいつはただ立ってるだけだから、死角をつけば割となんとでもなるだろう。ただ、物音は立てることになりそうだ。


となると、やはり肝となるのはナイスガイだろうか。


何かレポートを送るつもりだとすると、魔道具か魔法か、あるいは伝書鳩みたいなものか……いずれにしても、書き終わったら伝令のところか外に向かうことになるだろう。


それなら、アイツが部屋から出たタイミング辺りで、部屋の3人を薬で寝かせることにしようか。


もし伝令の方に向かったら、部屋で話をしてるうちに外の2人と監視を寝かせて、話が終わったらそれぞれを寝かせる。


外に向かったら、伝令と捕虜部屋前を寝かせて、それから外の2人とナイスガイを……いや、3人は割とキツそうだな。


可能なら、ナイスガイが動くのを待つ間にやってしまおうか。


外の2人のうち片方がねぐらから離れたタイミングで寝かせて、もう1人も持ち場を離れるタイミングがあれば寝かせてしまおう。


しかし、そうなると……監視が2箇所必要になる、か。


成長ポイント:19

・格納門増加 Lv.3


うん、格納門が4つになったことで、ナイスガイと外2人のそれぞれと視点を繋げることができる。


計画の概要がまとまったので、シーフ職ファルコに共有した。


すると、1つシーフ職ファルコから提案があった。


「外の2人は、あっしが担当しやしょう。ロブは中の男ナイスガイに動きがあるか監視しつつ、なにかあったら連絡できるよう、その穴でついてきてくだせえ」


なるほど、確かにそっち本職任せの方がついでに縛って無力化したりと確実そうだ。


俺は筒(一応、予備の新品)と数本の吹き矢にした睡眠針と麻痺針をシーフ職ファルコに渡した。


早速移動を開始して、ねぐらの入口が見える位置に陣取って、準備完了の合図を後ろ手に見せてきた。


その間もナイスガイを監視していたが、まだレポートを書いている。


外の2人が焚火場所の近くで準備しているようだ。


あれは黒パンと干し肉だろうか……干し肉を水で戻して柔らかくする&スープに使う、という異世界でよく見る生活の知恵をやるのだろう。


鍋には水が入っているようなので、恐らく水を出す魔道具なんてのがあるのかな。


「火を起こしておいてくれ、枝でも拾ってくるわ」


「おう」


チャンスだ。1人が森の中へと入っていく。


中の男ナイスガイは、まだ書類レポートを書いています」


シーフ職ファルコは静かに頷くと、そのまま音を立てないようにして移動を開始する。


森の中に入って間もなく、俺が一瞬目を離してしまい、追わないとと思って視界を向けた時には、既に男が倒れていた。


もちろん、焚火を準備していた男は気がつく様子もない。


すぐさま入口からは死角になる木の裏に引きずられていき、袋と縄で縛られる。こちらも同様に2メートルほど地面を削り、板で蓋をして土を被せ隠蔽する。


やばい、手早いってもんじゃない。なにこの手際じゃないとシルバーBランクになれないの。


「もう1人はこっちで寝かすので、確保してもらえますか」


シーフ職ファルコはまた静かに頷くと、再びねぐらの入口正面に身を隠した。


一度門を閉じて、焚き火の準備をする男の背後に回す。


その時、門の出現を見られたのか、馬が『ヒヒーン!』と鳴いてしまい、男が振り返ってしまった。


咄嗟とっさに門を小さくして地面近くへと退避させたのは、反射的に屈もうとしてしまった視界のそれが反映されたのだろうか。偶然にせよ何にせよ助かった。


「チッ、静かにしてろ!」


男は悪態をつくと、再び前を向いてくれた。


馬よ静かにしててくれ、と同じく祈りつつ再び男の背後をとる。念のためナイスガイを確認するが、まだ立ち上がる様子はない。


すぐに男に向けて麻痺針の吹き矢を放つ。首筋に刺さった針に男は「あ?」と声をあげるが、そのまま崩れ落ちそうになる。


あ、マズい。


このまま倒れると、干し肉を水に入れて戻している鍋がひっくり返りそう。


思わず立ち上がりそうになるが、その瞬間に男の首を掴んだのは、音もなく近づいていたシーフ職ファルコだった。


そしてそのまま男を背負って森に入ると、地面に降ろして布袋と縄毎度ので捕縛する。


流石『シルバーBランク』、完璧にフォローしてくれた。助かった。


「スイマセン……ありがとうございます」


「危ないとこでやしたね、でもこれであとは動いてるのが実質2人でさあ」


男も念のため地面に埋め終えて、残るは寝てる3人と伝令、捕虜の監視とナイスガイ。最後の2人をどうするか、だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る