第193話 令嬢からのご相談

「ご返答ありがとうございます。ではもう1点、質問させてください。昨年度までは定期試験での成績により『成績優秀者』という制度を設けて、閉架書庫の閲覧などの権利が与えられていたかと思うのですが、単位制への移行でその点はどうなりますでしょうか」


そう、単位制になったことで、一部の生徒は単位認定試験を受けてしまうため、一斉で行われる試験というものが無くなってしまったことになる。


結果、通年制の定期試験を前提とした評価基準が使えなくなってしまったので、今後はどのようになるのかが気になったわけだ。


フィン先生からは、すぐに回答が──と思いきや、それまでの立板に水といった話ぶりからは一変して、手を口に当てて暫し考え込む仕草となった。


先ほどまでの無表情から、若干眉間に皺を寄せているようにも見える。


ただ、それも一瞬で、すぐに表情を戻しつつ顔をあげて、こちらへ向き直った。


「すまない、その点は最終的な検討結果の確認が漏れていて、正確な返答ができない。明日以降の『朝会』での返答とさせてもらえるだろうか」


んー、まあ何かしらの検討がされているということなら、ひとまずはその結果を待つしかないか。


成績での許可が無くなると、生徒会ルートぐらいしか選択肢が残されてないから大いに困るところではあるけど。


『朝会』というのは、前世の学校であったようなSHRショートホームルーム的なものとして、明日以降の2の鐘8時から各教室クラスで行われるとのことで、その日の伝達事項を共有する時間になるのだそうだ。


「はい、問題ありません。よろしくお願いします。私からの質問は以上です」


「よし、では他に無いようであれば、最後に『学生証』を配って本日は解散とする」


そう言って、フィン先生は再び机の間を縫うように歩いていき、各自の机の上に小さな紙状のものを置いていく。


「これは、温めることで接着する素材で出来た紙で、寮の鍵に貼り付けて使用してもらうことになる。学外から通学する者は、別途配布してあるカードに貼り付けてくれ」


鍵、あるいはカードに貼り付けたものは、学生証として今後学内では常に携帯が義務付けられるとのこと。


身分証明としても機能する他、商業ギルドカードと同様に、各種支払いのためにも使えるようだ。


紛失した場合、再発行に加えて寮の鍵交換代なども積まれて、大銀貨10万ぐらいかかることもあるそうなので、紛失にはくれぐれも注意するよう言われた。


「さて、こちらからの話は以上だ。明日以降の単位認定試験を受ける者は、資料に記載された日程を確認の上で準備してほしい。ではまた明日」


『起立、礼、着席』なんて規則ルールは無いので、フィン先生はそのままサッと教室を出ていってしまった。


◇◆◇


妙な緊張感のあった教室内の空気が弛緩し、資料を手に隣と話したり、荷物を持って席を立ったりと、皆が動き始めた。


時刻としては、もうじき4の鐘12時となる。昼休憩に丁度いい時間だ。


「それじゃ、リナ。悪いんだけど、話してた食堂の個室の件、借りられるか聞いてみてもらえないかな」


「ええ、別にかまわないわ。あなたは……さっきのあの子の件?」


そう、先ほど何か話そうとしていたドロテーアさんが、今もこちらをちらちらと伺っているので、話を聞いておこうかと思っている。


「わかった。それで個室には、一緒に留学生の……」


「あー、うん。ヌールちゃんも同行してもらって」


「……ちゃん、ね。まあいいわ。早く来なさいよ」


リナはそう言って、クララとヌールちゃんに声をかけると、2人を伴って食堂のある東棟へと向かっていった。


さて、個室でこの後色々と詰問されるかもと思うと気が滅入るけど……それはともかく、こっちの件を済ませてしまいますか。


「ドロテーアさん、先ほど中断してしまった話ですが……」


廊下側後方へと歩いていき、ドロテーアさんへと声をかける。


「あ、ありがとうございます!」


ドロテーアさんは声をかけた途端、飛び上がるように立ち上がった。


「あのですね、ちょっとご相談したいことがありましてですね……先ほど途中になったのは説明会後にお時間をいただきたい感じでした」


「なるほど……それで、相談したいこと、とは何でしょう?」


「あ、はい、えっと……」


…………説明会の前と同様、次の言葉が出てこない。


まあ、この後は予定が特に無いのだけど、あまりリナたちを待たせたくないのはあるんだよな。


……と思っていたら、ドロテーアさんの知り合いと思われる、席も近くに座っていた女子が後ろから指で突っつきだした。


小さい声で『ほら、早くっ』とかも聞こえる。


やっぱアレか……嘘告白させられてる展開か。


それならせっかくだし、室内練習場の裏にでも呼び出してはくれないだろうか。


この世界は、施設内で靴を脱ぐ習慣のない世界だから、下駄箱という概念が無いので、残念だけど恋文ラブレターも果し状も不幸の手紙も受け取れないんだけど。


……と、そんなことを思っている間に、意を決した様子のドロテーアさんが、ようやく顔を上げた。


「あ、あの……実はですね、一緒にダンジョンに潜っていただける方を探してまして……よろしければなんですが、お時間あるときに一度、ロブさんと探索をお願いできないでしょうかっ!」


えっ、探索デートのお誘い?


あんまり、最初に行く場所としては相応しくない感じの場所ではあるけど……確かに、緊張感で胸が高鳴るからアリなのか?


…………いや、分かってる。そういう話ではなさそうだ。


いやでもさ、聞いた上で思ってしまうよね。


何で、俺にその話を?


「ええと、それは『探索実習』の時にパーティを組みたい、という話です……?」


「あっ、違います違いますっ! 授業の方では、そこにいるビアちゃんたちと組むことにはなると思うんですけど……空いた時間とか休みの日白曜日とかに、同行してもらえないかな、と…………どうでしょう?」


えーと……。


…………何で、俺にその話を?


「その、後ろの方たちは、授業以外では乗り気ではない感じなんです? ……というより、ドロテーアさんはどうしてダンジョンに?」


説明会前に自己紹介してもらったけど、侯爵家の御令嬢であれば、お小遣い稼ぎってわけでもなさそうだし、リナじゃあるまいし冒険者活動ってわけでもないだろうし。


まさか、こんな小柄で大人しめの淑女っぽいのに、実は三度の飯より血を見るのが好きな戦闘狂バトルジャンキーだったりとか──


「あのっ、みんなあんまり探索とか好きじゃないみたいで…………でも私、入学試験の準備でダンジョンに潜ったのが、すごく楽しくてっ! それで、それで……」


……あながち間違ってなかった。随分とお転婆なお嬢様だことだなおい。


というか、入学試験の準備でダンジョンに潜ったってことは、探索するようになったのも割とつい最近なのか?


上位貴族だけに、ゴールドAランク雇って釣り上げパワーレベリングしたのか、依頼をこなしてアイアンDランクになったのかは分からないけども。


でも、正直そんな程度の話であれば級友クラスメイトとの親交といった感じで、別に否やは無いかなとは思う。


ただ、流石になぁ……


「まあ、冒険者平民である私が同行者で問題ないのであれば、お誘いいただく分には喜んでお手伝いさせていただきます──」


「本当ですかっ!? やった……」


「ただし! やはり侯爵家の御令嬢と2人で、というわけにはいかないかと思います」


「あー……まあ、そうかも、しれませんね……」


うん、一緒にダンジョン入って友達に噂とかされると恥ずかしい……どころじゃなくて、俺の首が親御さんとかの刺客に刎ねられちゃうし。

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