第194話 食堂

「他にどなたか、声をかけた人はいらっしゃいますか?」


一緒に入る相手を探していると言うからには、他の人にも声をかけているのか、と思って確認してみたが…………スッと視線を外された。


……まあ、試験の対戦相手だっただけの平民に、わざわざ声をかけている時点で、若干察せる部分はあるけど。


「えっと……その…………」


「あー、無理無理。この子、面識ない子に話しかけるのとか苦手だしー」


突然、そう言いながらドロテーアさんの尻だか腰だかの辺りをバンバン叩きつつ、先ほど後ろから指で突っついていた女子が話に入ってきた。


「あっと、ゴメンねー? 割って入っちゃって。あたし、ズィルビアって言うんだけどさ。この子とは付き合い長いけど、ホンットーに男友達とかいないし、声かけるのも苦手でさ。相手見つかんないって泣きついてきて困ってんのよ」


唐突に話に割って入ってきたその女子は、ズィルビア・ゲアフデバーグという名前だそうで、辺境伯家の御令嬢だった。


茶髪系の前髪をアップにしていて、肌が地黒なその見た目は、その口調も相まって、まんまギャルっぽい。


……お前、そこまでギャルすぎるの、もしかして日本から転移してきてやしないか?


「ロブ君って言ったっけ。たしか冒険者なんでしょ? あの勇者様・・・聖女様・・・が一緒なら、怪我することもないだろうし、たまにでいいから、テアのことも一緒に連れて行ってやってくんない? あたしもさ、テアに一緒に行ってって頼まれてるんだけど……正直ダンジョン危ないしキツいし汚れるしで苦手でさー。ってことで、あたしからもお願いッ!」


なにこのギャル、すげー喋るじゃん。


……まあ、お友達思いなのは分かるけど。


とりあえず、俺がリナやクララと組んでいることは把握しているようだ。


でも確かに、リナたちと潜る時に同行するって感じなら、侯爵家の御令嬢と2人っきりで潜るのに比べれば、疑われにくくなるのは確かだ。


「……ひとまず、カタリーナ様に聞いてみて、承諾してもらえたら、ですかね。いずれにせよ、単位認定試験の後にはなると思いますが」


「いいですっ! 問題ないですっ、ありがとうございます!」


「やったじゃん、テア! よかったー、あたし、このままダンジョンまでズルズル引っ張られてくかと思ってたし」


いや、まだ2人に確認とってないから決まってねーし。


……まあでも、あの斥候スカウトっぽい動きを活かしてくれたら、パーティとして動きやすくなるとは思う。ウォルウォレンにおけるファルコの役割だな。


いずれにせよ、リナたちの返事次第だ。お試しで1回入ってみる、ぐらいは承諾してくれそうではあるけど。


◇◆◇


「……それでは、ご利用時間は鐘1つ2時間程度でお願いします。食事がお済みでしたら、手車カートに食器を乗せて廊下に出していただければ、こちらで回収させていただきますので」


そう言って、個室貸し出しの受付をしてくれた執事っぽい感じの職員の人が、頭を下げて退出していった。


食堂に併設された個室は、6人ぐらいが入る小部屋2つと、その倍ぐらいの中部屋が1つあり、俺たちはそのうち小部屋の方を借りることにした。


それ以上の場合は、食堂の一角を間仕切りパーテーションで区切って使うことも可能だそうだけど、それなりに音漏れは発生する。


そのため、どこか貴族である関係者の邸宅にある広間を借りる方が一般的だとか。


平民の場合は、適当な酒場でも貸し切るとかか?


中央に配置された長机テーブルの上へと、手車カートに載せられたお茶と食堂で注文した各自の食事を並べていく。


食堂自体は自己給仕セルフサービスってやつで、基本的に貴族か平民かを問わずにお盆トレーを持って食べたいものを注文する方式だ。


ちなみに会計はといえば、学生証を水晶にかざすことで行う。


学生証は、窓口での手続きにより一定金額を蓄財チャージしておくことが可能になっている。交通系電子マネーのやつだ。


もちろん、前世における駅の券売機みたいな感じで現金を投入口に入れてカードを乗せたらピピッと鳴って完了……というワケにはいかないけど、窓口の人に現金を渡すと、水晶を介して入金手続きをしてくれる。


商業ギルドカードからの振り込みも可能だったので、俺はそっちで金貨1枚100万を入れてある。


学園でしか買えなさそうな本とか、色々買い込みそうだしね。


「……冷めてしまう前に、食事を済ませてしまいましょ」


せっかくだから、今日は食堂の昼食を食べてみようということになり、俺は鳥の炒め焼きソテーを注文している。


食堂では、肉料理として鳥が豚かを選択できるパンとスープ付きの基本定食の他、パンに燻製肉や野菜を挟んだサンド風の軽食、クッキー風の砂糖菓子や果物の盛り合わせなどの甘味スイーツが注文できるようになっていた。


その注文した料理が出てきた際、リナとクララの目からスンッと僅かに輝きハイライトが失われたのを見てしまったが……まあ無理はない。


「……久々のこれは、顎が疲れるな」


「まったくね……ラビットさんの料理に慣れすぎてしまったわ」


「昔はこのパンを普通に食べてたはずなんですが……」


そう、パンが無発酵の硬いパンなのだ。


流石に釘が打てそうなほどではないが、厚めの煎餅かなってぐらいには硬い。


作法マナー的にはスープに浸すのは子供のやることだそうなので、ナイフで小分けにしたものを口に含んでスープを飲む程度に留める。


「そうですか? 私の国のパンよりも切りやすいぐらいですけど」


ヌールちゃんも、慣れたように小分けにしたパンを食べているが、まあこの世界においてはこれが普通なのだろう。


それゆえに、パンに必ずついてくるスープは、割と量が多い。


酒場とかで出される料理は、基本的に肉を酒で流し込むものが多いし、そういう場ではパンをスープに浸しても誰もひやかしたりしない。


貴族の食卓の場合は、パンを食べる代わりに付け合わせの野菜とかを増やすことも多いぐらいだそうだ。


「……どうする?」


リナとクララに相談する目線を送ると、その意図を理解した2人は無言で頷いた。


うん、無理だ。明日からは、こっちで用意して食べよう。


俺たちは既に引き返せないところまで、ラビット氏の料理に毒され過ぎてしまったのだ。


ちなみに、パンについてはリナにどうしてもと請われて、ウェスヘイム家へと他言無用であることを約束してもらった上で、一定量を卸していた。


クララには、なるべくこっそり使うよう言って、乾燥酵母ドライイーストを渡している。


……ラビット氏の【料理人シェフ】、乾燥酵母ドライイーストだろうと生酵母フレッシュイーストだろうと膨らし粉ベーキングパウダーだろうと、食品に添加するものは【調味料】で取り出せちゃうっていうのは、本当に出鱈目チートもいいとこだよな。


正直、天然酵母からのパンの作り方ぐらいは広まって欲しいんだけど……まあ、ラビット氏も面倒さを忌避して大っぴらにしてこなかったんだろうから、そこを強要してまでは必要ないだろうか。


何かいい感じ・・・・に、情報提供できるといいんだけど。神託の偽装でも出来ないもんかね。


◇◆◇


何とか昼食を攻略クリアして、お茶を残して手車カートを廊下へと下げてしまい、一息つく。


いや、正直、味は悪くなかったんだよ。肉も何の鳥かは分からないけど、焼き加減がよくて柔らかく、香辛料が使ってあって臭みも感じなかった。


でも……ね。やっぱり穀物を一緒に食べるという習慣が出来てしまうと、その穀物であるパンが固いだけで、全体が残念な印象になってしまう。


……いっそヴァル氏にお願いして、レーヴァンに蓄積された調理知識をメイド部隊に複写コピーしてもらって、料理革命でも起こしてもらえないだろうか。


「それで……ロブ。ヌールさんから聞いたけど、『私の国を救ってくれた勇者様』ってどういう意味かしらね?」


ちょうど口に含んでいたお茶を、我慢できずに吹いてしまった。


……辛うじて、向かいに座るリナにかからないよう、下を向いたのは褒めてやってほしい。

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