第195話 私の勇者様

「ゴッホッ……うっ……く、【清潔クリーン】ッ!」


とりあえず長机テーブルの上を綺麗にして、気管に入ったお茶を除くのに何度か咳き込んでから、俺は魔法袋から1つの魔道具を取り出した。


その魔道具をテーブルの中央に置いて起動させると、辺りを微妙な魔力が包み込んだ。


「……これは何なの?」


「ヴァルさんにお願いして作ってもらった、【結界】の魔道具の変形版バリエーション。『遮音結界』とでも言えばいいかな、音だけを室内に留めて、外に漏らさないようにする魔道具だよ。これから内緒話・・・をするには必要でしょ?」


うん、学園内とかでこういった内緒話をすることが増えるかと思って、ヴァル氏に相談してみたところ、面白そうだからということで作ってくれた。


通常の【結界】が、床や指定物を除く物理的な移動や魔力の移動を阻害するのに対して、『遮音結界』は空気の振動だけを阻害する部分変更マイナーチェンジを施したものだ。


「はぁ……【結界】の魔道具ですら貴重なのに、そんな間諜スパイ対策に効果的なもの、また国宝級に決まってるじゃない」


まあ、あのエルフが作るものは仕方ない。


そもそも人造人間アンドロイドの時点で技術力は前世すら超越してしまってるんだから、存在が既に古代魔道具アーティファクト級なわけだし。


「まあいいわ。それで? こんな魔道具まで出して何の話をしてくれる気かしら?」


さて、どこから話したもんか……話を遡ると、やっぱりフィファウデの件からになるかな。


「発端は、あのフィファウデでの暴走スタンピードの一件なんだ。ベルトたちが未帰還という一報を、冒険者ギルドで聞いて──」


◇◆◇


「……あんたねぇ…………、どの口が目立ちたくないとか言ってたわけ?」


いや……うん。まあ。ごもっともなんだけどもさ。


でも、ああしてでも止めないと、この国を侵攻しようと企てる隣国の貴族どもを一掃する手立てが無かったわけで、ね。


それは即ち、戦争に巻き込まれるか、捕まって捕虜になるか……いずれにせよ、俺の目指す平穏な生活ってやつが脅かされていたことは間違いないわけで。


まあ、知り合った人が他国の謀略で危険に遭ったために、頭に血が上っていた部分はあるけど。


「でも一応は、向こうではバニッシュマントを被って姿を隠したり、天井裏から格納門を繋いで姿を見られないようにしてたから、ルクレール侯爵には正体どころか素顔すら知られてなかったはずだよ」


「そうです! お父様はその姿なく難題を解決しちゃうことから『不可視の賢者』と称していました!」


……うん、その二つ名はあんまり広めないでほしいんだ、ヌールちゃん。


「賢者、ねぇ……たしか『賢い者』って意味だったと思うけど、それにしては隠してたはずの素顔がヌールさんと会った途端に暴かれてたりして、随分と杜撰ずさんなように思えるのだけど?」


いや、別に俺が自称したわけじゃないし、そんな勝手につけられた二つ名の意味の責任を押し付けられましても。


「それで……救国の英雄様がそのご褒美に貰ったのが、クロエさんだったってわけ?」


あー、うーん、その辺りは若干事情が違うんだけど……当初はルクレール侯爵が関係性の確保も兼ねて提案していたことによるものだから、結果的に間違ってはいないというか。


でもクロエの場合、『一緒になる相手が選べるならロブがいい』とは言ってくれているけど、主目的は冒険者を続けたいのが主題だろうし。


「違います! ナディーヌお姉様もニコレッテお姉様も、勇しゃ……ロブ様をお慕いしての婚約ですから!」


ちょっと待ってちょっと、ナディーヌさんの話まで持ち出すともっとややこしくなるから!


「……ナディーヌお姉様?」


ああもう、その辺の話も最初からしないとダメか……。


ええと、あの話はクロエをトレフェンフィーハに連れてきた冒険者が、父親であるルクレール侯爵からの手紙を持ってきたことから始まってだな……。


◇◆◇


「つまり、クロエさんだけじゃなくて、そのお姉さんとも婚約するつもり……ってことなわけ?」


……何か、話をしていくうちに段々とリナの俺を見る目線が、そしてクララの目線も微妙に、蔑みを含んだものへと変化していった。


「あ! わたしも勇者様と結婚するっ!」


薄々、分かってはいたけど、ヌールちゃんは完全に俺のことを『復活した勇者』という噂の正体だと思い込んでいて、訪問していた時から言っていた結婚宣言は、完全に俺向けのものだったようだ。


「はぁ……。ロブ、あんた分かっててやってんの? それ。貴族の令嬢を姉妹・・ごと・・めとるってのは、『好色家スケベヤロウ』の代名詞みたいなものなの。多分、豚令息アレよりも下に見られてもおかしくないわよ?」


えっ、そうなの?


あれ、でもルクレール侯爵がちょうど第2夫人を探すのに、奥様の姉妹に相談してるって言ってたんだけど……


「えっ、そうなの? でもイブちゃんの家も弟はイブちゃんのお母さんのお姉さんが産んだって言ってたし、マリーちゃんの妹を産んだのはお母さんの従姉妹だって言ってたよ?」


ヌールちゃんの知る範囲でも、母親の姉妹や従姉妹といった辺りが同じ夫に嫁ぐということは、どうやらそこまで珍しいものではないようだ。


……これは、後でナディーヌさんとの手紙のやりとりで分かったことだけど、どうやらルーデミリュではエルフの血が入った家が多く、それに従って長寿なために現役世代が長いことが影響している、らしい。


こっちの国トレフェンフィーハでは、婚姻が別の家との関係性を強めるために使われるのが一般的で、早ければ5歳とかで許嫁ができることも全然よくある話だそうな。


そのため、1つの家に2人を嫁がせる意味なんて皆無であり、あえてそんなことをするのは好色・・を象徴するような行為と見られるという。


一方、向こうの国ルーデミリュでは、エルフの血によって単純に寿命が2倍から3倍なため、現役期間が長い。


下手すれば100年ぐらい現役の家があるし、80歳でようやく後を継いだ例も珍しくない。


また、血のつながりを重要視する向きもあって、他家から何人も婿や嫁を入れるよりも、少人数で一族を増やす方が結束が強いと考える傾向にあるんだとか。


結果、娘が多い場合は特にだそうだけど、他家に嫁がせるよりも、強い婿・・・を迎えて姉妹を丸ごと娶らせて、孫世代で関係を広げる方がいい、という考えなんだそうな。


「……まあ、クロエさんたちが納得してるなら、婚約自体は別にいいと思うけど。でも、さっきの転覆クーデターの話が真実だとするなら、これって下手すれば『有力な戦略級の戦力・・を他国が引き抜いた』って話にもなりかねないわよ?」


…………あれ、また何か厄介な話になりつつある流れか? これ。


「さっきの惚気ノロケみたいな話を聞く限りでは、別に色仕掛けハニトラってわけでも無さそうだし……まあ、1週間も泊まってて一度も寝込みを襲われてないんだったら、そっちの線は無さそうだけど」


え、こっちの貴族ってそんなことまでして既成事実作りに来るの? 12とか13とかで??


ルーデミリュはルーデミリュで魔道具による暴走スタンピードとか冒険者ギルドぐるみの奴隷確保とか闇が深いと思ってたけど、こっちの国トレフェンフィーハもよっぽどだよな……。


「何にせよ、今後こっちで名を知られるようになったら、後々に婿入りした際に『他国に盗られた』みたいな話になって、国際問題になりかねないわよ。今のところはどうやら、別の人物ってことで通してるし、普通に考えれば『移動できない距離』の間でほぼ同時期にいるから、発覚する心配は少ないでしょうけど」


……うーん、元から有名になるつもりはなかったけど、確かにこいつは殊更に有名になるわけにはいかなくなったのかもしれない。

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