第126話 緊急特別番組・前編

以下は、学園の入学試験中に起こった辺境伯令息および学園の係員による卑劣な策謀の一部始終について、その被害者である子爵令嬢の証言を元にした再現劇である。


緊急特別番組

『子爵令嬢の証言 〜辺境伯令息の卑劣なる罠〜』


◇◆◇


下らない。実に下らない茶番に付き合わされている。


カタリーナ・ウェスヘイムは、仮にもこれが学園の入試の場でなければ、今すぐにでも背後にいる男を切り捨て勝負をつけたことにして、帰っていただろう。


もし、それがダンジョンだったら殊更に好都合だったに違いない。しばらく放置すれば、自然と証拠・・は失われるだろうから。


いや、正直言って、今この前衛の実技試験を受けずに帰ってもいいとすら思っていた。それぐらい、心底うんざりしていた。


しかし、待機場で見かけたある人物について、推測が合っているのであれば……と思い直し、今こうして我慢に我慢を重ねて、屋外運動場を歩いている。


歩いてはいる、が……心底、実に、際限なく、鬱陶しい。


「……って感じで、ゴブリンなんて余裕ヨユーなわけ、分かるゥ? そんなオレ様に、まともにダンジョンに潜らせてもらえなかった貧乏男爵家の女が……あ?子爵だったか?……まあどっちも変わらねえか、そんな平民と大差ない雑魚のお遊戯みたいな剣が敵うわけねえんだって」


仮に自分が同じダンジョンにいたら、如何なる手段をもってしても、この後ろにいるオークのような男を『見間違えた』と言い張って処分していた、とカタリーナは確信していた。


(……いや、一点訂正だわ)


とあるきっかけで知り合った、意思の疎通が出来るオークが頭に浮かび、こんなものと一緒にしては申し訳ないと、頭を振る。


むしろ、この背後にいる男の方は真面まともに意思の疎通が出来ないのだから、比べることが失礼だったと反省した。


もっとも、階層におけるボスでもあるそのオークを除く、ダンジョンにいる魔物としてのオークは、同じく意思の疎通が出来ない、下卑た笑いでよだれを垂らして襲ってくる有様で、重なる部分も多かったが。


そんなことを頭に巡らせていると、ようやく試験官でもある係員が歩速をゆるめて、こちらへと向き直った。


「こちらが2人の試験会場となる。では、その籠から各自武器を選べ。選んだ後は、左右にある線の上にそれぞれ立って開始の合図を待つように」


試合時間を公平にする目的で、一斉に開始の合図をすることになっているらしい。


カタリーナは、ちょうど待機場に入る前に会場全体へと響き渡るようなよく通る号令を発していた、試験官の代表と思われる女性の係官の声を思い出していた。


「しかし……君は着替えを忘れてきたのか? そんな格好では動きにくいだろうに」


大きなお世話だ。カタリーナは口から出そうになった言葉を辛うじて飲み込んだ。


この服は、ウェスヘイム子爵家が最近手に入れることとなった、勇者の遺品の1つである蜘蛛の魔物より大量に採取された、特殊な糸で編まれている。


高い防刃性と防燃性があり、かつ鎖帷子のような重さや動き難さも無い。とある衣装職人が考案したという紺の上着に格子状の模様が描かれた下履きという形状も、非常に可愛らしく気に入っている。


一見すると布状であるためひらひらとした見た目ではあるので、打撃への耐性は皆無かと言えばそうでもない。


魔力を通しやすい素材ということもあって、とある魔道具師の手によって防御力を上げる付与が為されているためだ。


流石に分厚いフルプレートアーマーには劣るものの、凡百ぼんぴゃくな数打ちの鋼鎧であれば間違いなくこの糸で織られた布の方が上だろう。


「おいおい、武器を選ばなくていいのか? カタリーナ」


試験官に話しかけられている間に、この男は武器を選び終えていたようだ。


礼儀については、カタリーナもあまり他人のことを言えたものではないから殊更に言うつもりはないが、一般に女性へ先を譲るという作法があるところを完全に無視されるというのは気に障るものがある。


下卑た笑みを浮かべながら、その脂肪で覆われた肩へと見せつけるように担いでいるのは、身の丈ほどもある大剣だ。


本来であれば膂力りょりょくがなければ扱うことが難しく、また狭い洞窟でも扱いが難しい武器。


ただし、この男の実家である辺境伯家の領地で、近年は主産業ともなっている著名なダンジョンは、珍しく1層から平地型と呼ばれる通路に壁がない場所なのだそうだから、仮に大剣でも戦闘に問題はなかったのかもしれない。


実際、木製とはいえその長い大剣を威嚇するかのように振り回せていることから、多少の『成長』をしてきたというのは嘘ではないのだろう。


もっとも、肉の鎧とも言うべき見た目の体型から考えると、大剣を持てるほどの腕力も持ち合わせていないようにしか見えないのだけれど。


そんなことよりも、とカタリーナは籠へと足早に向かい、挿されていた木製の片手剣を手に取った。


……軽い。いつも持っている鋼の剣と比べて、玩具のような触感に驚く。


冒険者になる前、家の衛兵に混じって懸命に振っていた頃は、もっと重く感じていたはずだった。


……これも、あまりおおやけには出来ない、あの鍛錬・・の成果といったところだろうか。


カタリーナは感触を確かめるように軽く木剣を振ってみながら、開始位置である白線へと移動した。


「…………?」


しかし、どうにも拭えぬ違和感があった。果たして木剣だったとしても、こんなに振っただけで音をするものだっただろうか? と。


非常に僅かながら、ギシギシとした嫌な手触りがカタリーナは気になっていたものの、既に開始時間は迫っていた。


「では……始めッ!」


会場全体へと響き渡る澄んだ女性の声が聞こえた。試合開始の合図だ。


前衛としての能力を測るこの実技試験では、ここから一定時間内に相手へと有効打を与えることにより勝敗を決する。


試合相手が意識を失った場合は、審判となる試験官の判断で試合は終了するものの、相手に怪我を負わせる戦闘は推奨されていない。


また、降参した場合もその時点で試験官が試合を終了させて、そこまでの試合内容で評価が行われる。


用いるものが木製の武器であることからも分かるように、相手を無力化することが目的ではない。


また、試験官は有効打のみを見るのではなく、移動や技術、立ち回りなども評価の対象となるため、単純な膂力りょりょくで劣っていても斥候職として高い評価がされることもある。


ただし、魔法袋で持ち込んだ魔道具などを用いて攻撃を妨害したり、あるいは会場に用意された木製の武器以外での攻撃は無効で、失格扱いとなる。


待機中に口頭で説明があった内容としては以上のような内容だった。これは受験前に配布された試験内容の書類のうち、前衛実技試験の注意事項として記載されていたものと同じだ。


「おい、どうした? 打ってこないのか?」


──初見の相手は、とにかく様子を見て隙を探すんや。


カタリーナが師と仰ぐ方から教わった、ダンジョンに限らず敵と対峙する時の心得のひとつだ。


まずは軽々に手を出さず、じっくりと相手を観察する。


正直、そこまで警戒するほどの実力なんてないとは確信しているけれど、それでも基本に忠実にカタリーナは相手からの攻撃を待った。


なぜここまで慎重になっているのか……それは、今この場そのものが仕組まれていた場であることに起因している。


そう、恐らくではあるものの、この試合そのものが、目の前で大剣を構えるオークもどき──ヒルゼ領を治める辺境伯の嗣子ししであるフーファル・フェダツヴァイグが仕組んだ、罠である可能性が高いとカタリーナは考えていた。

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