第127話 緊急特別番組・中編

この辺境伯令息、元から良い噂が無かった。


まだ10を超えた頃から色気付いて、町娘の尻や乳を触るのは当然の権利だと思っており、何人もを手にかけているという。


また、言うことを聞かない娘をさらって無理に言うことを聞かせることに快感を覚える、なんて噂すらある。


そんな奴と、たまたま王都の学園へ下見に来た際に顔を合わせてしまったのが、カタリーナにとっての最初の不運だった。


カタリーナは出会ってしまったが故に、礼儀作法のひとつだということで、身分が下である自ら先に挨拶を行った後のこと。


フーファルは開口一番──


「オレの女に相応しい見た目だ、将来の辺境伯のめかけにしてやるぞ」


──と言い出した。


学園に通うよう言われてから、カタリーナは同年代の子女を持つ著名な家について情報を集めていた中、礼節に欠くという噂は聞いていた。


ただ、流石に予想を遥かに下回る、醜悪だった。


仮にも貴族家の娘に対して、正室でもなく妾扱いとは。学園を人買いの場とでも勘違いしているのではないかと思った。


カタリーナがその場で手を出さなかったことは、ある意味で偶然でしかなかったのかもしれない。


しかしながら。


相手は一応、辺境伯の令息、しかも長男であり次期領主と目されている。


ウェスヘイム家は当時、領地も持たない男爵家であり、キファイブン子爵に代々仕える貴族家、という立場。


下手なことを言えば父である男爵はもちろん、子爵にまでも迷惑がかかる可能性があった。


そこで、カタリーナは1つ断りの文句を思いついた。


ウェスヘイム家は元を辿れば、勇者の従者として旅を共にしていた仲間の1人の血筋であり、また現在まで勇者の遺品が散逸しないよう管理をしながら、博物館として公開していることで知られている。


勇者といえばこの国で知らぬ者はいない、魔王を撃ち倒した救国の英雄であり、剣術にも魔法にも長けたという『武の象徴』とも言える存在だ。


そのため──


「ウェスヘイム家は武に名高い勇者に仕えた血筋ですので、たとえそれが夫であっても弱い者に添い遂げるなんて考えられませんわ。ですからわたくし、自分より弱い人とは結婚できませんの。お分かりでしょう?」


──と、フーファルに返答した。


カタリーナは、【片手剣】と【火属性】という、あたかも勇者を思わせる剣と魔法の両方のスキルを持つことが判明して、また自身も勇者への憧れから鍛錬を怠ってこなかった。


そんな彼女にとって、フーファルは武の片鱗さえ見えない、単なる親の威を借る小物にしか見えなかった。


事実として、フーファルは屋敷で雇った教師の授業をまともに受けることもなく、日々の鍛錬も言い訳をしては逃げるばかり。


ただ日々の贅沢な食事を脂肪として蓄え続けてきたことが伺える丸々とした体型は、どう足掻いたところで勝ち目なんて無かった。


流石に勝てない相手に挑んでくるほど馬鹿ではないだろうから、諦める他にない……つまりは実質的に断られたと理解してくれるだろうと考えたのだ。


しかし、それはあまりにフーファルの無知を甘く見過ぎていたのだろう。


無知がゆえに実力を測ることも出来なければ、正しい戦力の判断も出来ず、またカタリーナの言葉の意図を汲む頭も無かったフーファルは、こう理解……あるいは誤解をした。


──オレ様が少し訓練すれば、所詮はこんな女を倒すことなんて簡単だろう。こいつは良い拾い物をしたものだ。


──強くなるには、ダンジョンにでも潜って『成長』をすればいい。


──領内の冒険者ギルドにをつければ、ギルドランクも容易に上げられるし、また魔物は雇った冒険者にでも倒させればいいだろう。


「分かった、それじゃ戦って勝てばいいってことだな。オレ様の実力ってやつを見せてやるから、楽しみにしておけよ」


完全に断ったつもりだったカタリーナが、あまりに面食らってしまい二の句を継げなかったことが、彼女にとってのもう1つの不幸だったのだろう。


──それから約一年後、入学試験である今日。


正直なところ、カタリーナは勝負とやらを行うのは入学後になると踏んでいた。


実力差から考えるに、それぐらいまで引き延ばして限界まで『成長』させて挑んでくるものだろうと。


それゆえ、前衛の実技試験で戦うことになるというのは、確かに完全な想定外だった。


ある意味でそれは、フーファルの怠惰性を甘く見ていた、とも言えるだろう。


相手の力量を正しく見定められない以上、カタリーナを超えるほどまでに努力するよりも、カタリーナがさほど強くないと思い・・込む・・方が簡単なのだから。


しかしまさか、たったLv.12で『成長』を早々に切り上げていたとは、誰もが予想してなかっただろうと思う。


もっとも、それはカタリーナの戦闘力を軽めに見積もった上で判断したものですらない。


単に飽きたのだ。


ダンジョン探索なんてものは本来、非常に忍耐が必要な活動だ。


決して快適では無い環境下で、魔物のいる危険な状況に身を置いて、時には野営しながら戦闘を繰り返すような、勉学や鍛錬から逃げ出す者が耐えられる類のものではない。


仮に、心が入れ替わったかのようにダンジョンへの探索を繰り返し、カタリーナを優に超えるような『成長』を果たしていたとなれば、彼女からの見る目どころか、その見た目すらも変わっていたかもしれないが……意味のない仮定は止めておこう。


さて問題は、なぜ入学試験に合わせて試合が組まれるよう仕込んできたのか、だろう。


フーファルは前衛試験の前半に組み込まれていて、カタリーナは後半に組み込まれていた。


普通に考えて、前半の試合が偶然にも中止や取消となり、後半へと組み込まれた上で、さらに偶然で因縁ある相手との組み合わせになる……なんて二重の偶然が起こり得るわけが無い。


恐らくは、フーファルとカタリーナの番号を把握した係員や、実技試験の組み合わせを操作できるような立場の入学試験の運営に関わる者を巻き込んだ、手の込んだ犯行ということになる。


そこまでして、決着を早めた理由があるとすれば──勇者の遺品である魔法袋が開封され、多くの装備品や素材が委託されたことによって、ここ半年でウェスヘイム家の名が貴族界隈で広く知られることになったことだろうか。


カタリーナの父であるウェスヘイム男爵は、勇者の遺品の解放と確保、および近隣のダンジョン都市フィファウデに係る直近の諸々の情勢も加味されて、ヨンキーファを領地として与えられると同時に、子爵へと陞爵しょうしゃくされた。


以降、妻であるアンナを伴って、ここ半年ほど碌に屋敷へ戻れないほど各地へと挨拶回りで出ずっぱりではあるが、それを世間では『飛ぶ鳥を落とす勢い』と称するらしい。


そんな話題に事欠かないウェスヘイム子爵家に、まだ初舞踏会デビュタント前の娘がいるとなれば、年頃の令息や令嬢を持つ親なら誰もが目を光らせることになるのは明らかだ。


そんな背景から、学園への入学後になってしまえば、あちらこちらから声がかかることなんて目に見えている。


それゆえ、今のうちに婚約を取り付けておかないと、と焦ったと。


それは、辺境伯令息であるフーファルだけではなく、親であるフェダツヴァイグ辺境伯からの声があった可能性もある。


妾とはいえ、勇者に関わる家との繋がりが作れるに越したことはない。


しかし流石の辺境伯でも、同格の辺境伯ならまだしも、万が一に相手が格上の侯爵や公爵、あるいは王族ともなると、無理は言えなくなるだろうから。


……もっとも、当のカタリーナは大の男嫌いであり、男爵の令嬢として政略結婚に利用されるぐらいなら、とっとと家を出て冒険者になろうと考えていた。


まあ、現在は父親が領地持ちの子爵となったことで、立場上からもそうは言ってられないことぐらいは理解している。


しかし、それでも相手ぐらいは選びたいと思うのも無理はないだろう。


たとえ辺境伯の次期当主であろうとも、吐き気を催すような相手に嫁ぐなんて、目に見えた地獄に身を投じる気は無かった。


話を戻すと、だ。


少なくとも、辺境伯令息だけでここまで大規模な計画の絵図を描けるものではない。辺境伯当人ではないにせよ、側近などの手は借りたのかもしれない。


結果として、こんな手の込んだ真似までするとなれば、確実に勝つために何か企んでいるのではないかと考えるべきだろう。


町娘を拐って、逆らえないことをいいことに手籠てごめにするような卑怯な男だ、恥も外聞も無く罠を仕込むぐらいのことはやってのけそうだ。


……そう、本来は検品されて問題なく使えるはずの木製の片手剣を、買収した試験官の手によってこの違和感あるものへと差し替える、ぐらいのことは。


「チッ……かかってこないなら、こっちから行くぞ!」


痺れを切らしたフーファルが、舌打ちひとつして大剣を振りかぶった。


数歩ある距離を走ってこちらへと向かって来ようとしているが…………遅い。


ドスドスと音を立てそうな鈍重な動きで走ってくる様は、本当に一般的・・・なオークのそれを想起させた。


ようやく戦闘距離に入ったかと思いきや、振り下ろす大剣はといえば、無駄な力が入るばかりで剣筋がぶれていて、これまたひどい。


開始前まで見かけた時はそれっぽく見えたものの、そもそも見る気も起きなかったがゆえに、いつも近くで師の綺麗な太刀筋というのを見ていたから勘違いしたのだろう。


実際に対面すると、その速度も動きも比較にならないほどに鈍く、話にならない。


1振り目は剣を合わせるまでもないので、カタリーナが横にスッと避けていく。


フーファルはその容易に避けた様子を憎々しげに睨みつつ、すぐに振り下ろした大剣をすくい上げるように2振り目を繰り出した。


こんなものは何度でも避けられそうではあるものの、それでは芸がないと思い、カタリーナはその剣先に向けて片手剣を跳ね上げた。


パン、という硬い音と共に大剣の軌道はカタリーナから外れたが……それと同時に手のひらへ感じたのは、明らかなパキリという何かが破断する感触。


本来であれば──師と出会い、ここ半年ほど続けてきた鍛錬・・が無かったカタリーナであれば、まさか用意されていた木剣が破損するだなんて事態に、冷静さを失っていた、かもしれない。


しかし、実際の彼女の心境は…………こんな茶番に付き合わされていることへの、多大なる徒労感だった。


恐らくフーファルの目論見としては、片手剣に向けて数回ほど大剣を打ち付けて破損させた後、いたぶってやろうとでも思っていたのだろう。


規定上、武器が破損した場合、試合を中断して武器の交換が行われるはずだが、恐らくは共謀者であるこの試合の試験官にカタリーナが中断を申し入れても、聞こえないふりをされるはずだ。


そして、そちらに注意が向いている間にもフーファルは致命的な一撃を入れようと、攻撃を繰り返していたに違いない。


……今ちょうど、カタリーナの目の前にあるような、汚らしく、嫌らしい笑みを浮かべて、だ。


「……はぁ、下らない」


カタリーナは、思っていたことをため息と共に思わず口から出してしまった。


「…………あぁ?」


剣を合わせたことで、破損に近付いたと笑みを浮かべていたフーファルは、予想外に余裕そうなカタリーナを睨みつけた。


どういうつもりか、何かを狙っているのかを探っているのだろう。


「何でもないわ。もう終わりかしら?」


剣を構えるでもなく、カタリーナは心底うんざりとした気持ちを隠そうともしなかった。


ふと、師の言っていた言葉を思い出す。


『強さは全てを超越するからな』


そう、半年前であれば、武器を失った状態で負けを恐れて、試合と関係ないことに頭を巡らせて気を散らして、自滅してしまっていたかもしれない。


しかし、それなりに戦いに身を置いてきた経験は、カタリーナにこの程度の例外であれば雑魚・・を相手に冷静さを失わせることもない、精神的な図太さを持たせるに至っていた。


本人としてはそこまで自覚していなかったが、単なる『成長』だけではなく、精神的な強さもまた鍛えられていた。


多少なりとダンジョンで『成長』し、増長していたフーファルを鼻で笑える程度に。


なぜ、こんな取るに足らない小物を、あれほどまでに恐れていたのか。


下らない。実に下らない。こんなもの、どうとでもなる。


あの鍛錬・・によって得られた強さが、そういった余裕を与えてくれていた。

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