第128話 緊急特別番組・後編
「……ふッざけるなァッッ!!」
カタリーナによるあからさまな挑発ではあったが、フーファルは顔を赤くして、再び大剣を大上段に振りかざした。
しかし、それは既にもう見た連撃と同様の軌道でしかなく、カタリーナは余裕を持って
地面にある白線の内側で戦う規定もあるので、念のため追い詰められないように位置を入れ替えつつ。
フーファルからは、当たりそうで当たらないように感じているかもしれないが、それはカタリーナがギリギリまで避けないという、
日頃の訓練を怠っていて体力が多くないフーファルは、まだ時間は
粗い息を吐き、額に汗を浮かべ「なぜッ、何でッ」と繰り返し呟きながら剣を振る様は、余裕をもって見切れるカタリーナからすれば、
「お、おいッ! 684番、攻撃する気が無いのかッ! 減点するぞ!!」
フーファルが一撃も当てられないのを見かねたのか、試験官が横から口を出し始めた。
そんな攻撃をしなければ減点なんて規定あっただろうか? とカタリーナは記憶を辿るが、そんな内容を読んだ覚えは無い。
恐らくは、カタリーナに一撃でも攻撃さえさせれば、フーファルが大剣で受けるだけでも木剣は破損するし、後はどうとでもなるだろうという考えで試験官は言ったのだろう。
しかし、既に体力が切れつつあって言葉少なくなっていたフーファルは、余計なことを言うなとばかりに試験官を睨みつけていた。
「……まあ、そうね」
終わらせよう、そろそろこの茶番も。
いつもの
『──狩りの時間だァッ!』
冒険者活動で組んでいる仲間の1人が、『ひゃっはー』とか気の抜けた謎の奇声を上げながら、敵の集団に向けて走っていく姿が頭を
──ああ、そうかもしれない。
これは狩りだ。今から獲物を追う時間だ。
この笑みは、そういった時に出るのかと、カタリーナはこんな時に自覚した。
やっと終わらせられそうだ。
「……ヒッ……、ヒィッ…………!!」
目の前の獲物であるオークは、珍妙な鳴き声をあげつつ、顔をあからさまに恐怖へと引き攣らせていた。
試合の開始前も思ったが、令嬢が殿方に笑みを向けたにしては、作法として若干失礼ではないだろうか?
「もう来ないのかしら?」
「うッ……うわああああッ!」
意を決したように向かってきたフーファルではあったが、馬鹿の一つ覚えなんて言葉がある通り、再び一辺倒な振り上げた姿勢で近付き、間合いに入ったところで大剣を振り下ろしてきた。
その大剣を、カタリーナは半身で避けると同時に、剣先を足で踏みつけた。
「……は?」
下方向に向けて大剣へと掛けられた力に、フーファルは咄嗟に剣を離すまいと両腕に力を入れて動きを止めつつ、先程までとは違う流れに気の抜けた声をあげて、思わず顔をカタリーナへと向けていた。
しかしそこにあったのは、獲物が持つ両手剣の根本である手首へと、木剣に両手を添えて叩きつけようとしている、徐々に近づきつつある狩猟者の笑みだった。
直後、破裂したような音と共に、辺りへと飛び散っていく木剣の残骸と、鳴き声とも叫び声とも判断がつかない声。
「
横で喚かれたカタリーナは迷惑そうにしつつ、ちょうど振り下ろされた右手に残っていた、既に
ちょうど口が閉じられて、低く
……砕けた顎から、少し飛び散った体液が付いてしまった。後で付き添いの
そんなことを考えつつ、ふとカタリーナが向けていた視線の先にあった、木製の大剣が目についた。
ちょうど持っていた武器が
「……何これ」
思わず拾ってみたところ、明らかに見た目よりも重い。鉄製の片手剣以上には重量があるように思える。
「……なるほど、こっちにも仕込んであったわけね」
そう、木製に見せかけた大剣には、鉄の芯が仕込まれていて、当たれば容易に破損しかけた片手剣が粉砕されるように計画されていた。
カタリーナは片手剣を大剣の剣先に当てて軌道をずらしただけであったが、もしまともに受けていたら防御を貫通してそのまま怪我をしていただろう。
「……フッ……フフッ…………」
なるほど、本当にモノを知らないとはこういうことか、とカタリーナは思わず笑ってしまった。
これがどういった結果を生じさせるか、この生き物は恐らく想像もできないし、してこなかったのだろう。
「それなら、教えてあげるのもいいかもしれないわね……無駄かもしれないけど」
幸いにも、試験官は未だ試合を止めていない。真っ青な顔で震えているようにも見えなくはないが、気のせいだと見なかったことにした。
カタリーナは、ちょうど地面に膝をついた状態で低く
「やっぱり……叱る時に叩くならここよね」
その由来は不明ながら、部位の名前を使った叩く罰の代名詞ともなっている部位──尻。
「峰打ち、にしておいてあげるわ」
木の大剣とはいえ、流石に刃先で斬ったら鉄製の重みで骨まで砕けて、下手したら断ち切ってしまう可能性もある。
カタリーナは柄の握りを少し回して、ちょうど剣の側面が当たるよう調整した。
──師が時折、迷い人特有のよく分からない用語を使うことがあるが、こういう気遣いのことを恐らく『ブシのナサケ』と言うのだろう。
低く
全力で。
「あっ…………」
体液やら何やらに
しかし、予想よりも数倍は手応えなく振り抜けてしまったことに、宙を舞っていく物体を見ながらカタリーナは驚いていた。
この茶番がようやく終えられるという
「……まあ、クララがいるから、最悪ダンジョンに運べば大丈夫でしょう」
現在、試験という名を借りて救護活動の手伝いをさせられている友人でもあり、冒険者活動の仲間でもあるローブ姿の少女のことを思い浮かべた。
「…………それで?」
「……ヒィッ…………!」
先程まで顔を青くしているだけで、試験官という役割を放棄し、単なる傍観者となっていた男が、カタリーナに背を向け逃げようとしているところの首根を掴む。
この男、背丈はカタリーナよりもあるというのに、痩身で背を丸めていたので、まだ成長しきっていない彼女でも容易に頭まで手が届き、また引き倒すことができた。
試験官を務めるという学園の教師や高等部の学生には貴族も多いと聞いていたが、『成長』にそこまで時間を割いていないのだろうか、とカタリーナは疑問が浮かんだものの、ひとまずは問題を片付けることが先だろう。
◇◆◇
「失礼します、受験番号684番のカタリーナ・ウェスヘイムです。前衛実技試験で使用される武器の不正な差し替えおよび組み合わせへの介入が疑われる試験官を引き渡しに来ました」
ちょうど試験場に向かってきた道を逆に辿るようにして戻ってきたカタリーナは、試験の統括を任されていると思われる女性の前へ着くと、そう言ってここまで引き摺ってきた男を放り出した。
「……どういうことでしょう?」
「むしろこちらが伺いたいところです。本来、試験直前の呼び出しまで組み合わせは知りようにないにも関わらず、試験の相手は待機所で私と戦うことになると知っている様子でした。そのことは同じ集団にいた受験生が聴いていたかと思うので、ご確認下さい」
正直、こちらについては責任を含めて
どちらかと言えば、こちらが本命だろうか。
「そして、こちらの大剣ですが、先程まで相手の受験生が使用していたものになります。持っていただければ分かるかと思いますが、試験用の木製とは異なる材質のものでしょう」
屋外練習場の土の上に、鉄心入りと思われる大剣を放り投げると、明らかに軽い木製の質感とは異なった重量感ある沈み方で、地面へ跡をつけた。
「……結局、この試験官は責務を放棄し逃げだそうとしていたので、試験の結果については告げられませんでしたが、私としてはどちらでも結構です。無効にするなり、再試験するなり、ご判断はお任せするので必要であればご連絡下さい。では」
カタリーナの、試験の管理体制に対する憤りが通じたのか、去ろうとする姿を引き止める者はいなかった。
むしろ話を聞くべきは、引き摺られてきた試験官の方だったという部分もある。
誰が見てもおかしいと分かる、差し替えられた武器という目の前の証拠がある以上、その真偽を確かめる必要があった。
「ドリテボフト先生、これは一体──」
「…………畜生ッッ!!」
カタリーナが、試験官の妙な叫びに咄嗟に振り向くと、そこでは懐から何かポーションのようなものを取り出して
「……! 取り押さえろッ!!」
ちょうど付近に転がされたままになった大剣へと手を伸ばそうとしている試験官を見て、統括の女性が号令を発し、慌てて周りの係員が駆け寄っていった。
しかし先程試験官が
「……本当に、下らないわ」
一部の係員は受験生を退避させたり、緊急事態と察して途中だった試験を切り上げ応援に向かう他の試験官だったり、騒ぎになりつつある中を、カタリーナは興味なさそうに試験会場へと戻っていく。
同時に試験を行うと都合のためか、係員は結構な数がいる。あれだけいて、流石に取り押さえるのに数が足りない、ということは無いだろう。
どうせこの後、管理が云々だ警備体制が云々だとよくある押し付け合いが始まるのだろう。
そんな面倒な後始末なんてものに関わりたくはないので、カタリーナは早々にその場を離れることにした。
「……一応、アレをクララのところまで持って行かないとね」
実技試験を受けるに当たって怪我を負う危険性については自己責任であることは明記されており、制度上は棄権もできるため、カタリーナが罪を問われる可能性は少ない。
しかし、怪我をさせた相手を放置するのはあまり外聞もよろしくないので、先程どこかへと飛んで行ったものを回収しに行くことにした。
手首と顎が砕け、尻も下手すればさらに半分に割れている可能性はあるが、ここ半年でカタリーナと同様に
「……これでもう、面倒からは解放されたってことでいいのかしら?」
そんなことを呟きながら、元の試合位置まで戻ってきたカタリーナは、そこから飛び散った体液の方向へと足を進めた。
──それは、ほんの四半鐘ほど前のそれよりも、随分と軽い足取りだった。
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