第197話 売店巡り

王立学園を俯瞰ふかんで見た場合、縦三列に建物が並んでいて、それぞれ西棟・中央棟・東棟と呼ばれている。


形状としては、ちょうど『山』の字のように、中央だけが北向きに長めになっている感じだろうか。


先ほどまでいた食堂は東棟にあり、そのすぐ横の中央棟に売店は位置していた。


ちなみに、横列に食堂・売店・室内演習場と並んでいるその北側には、1年から3年の教室がある。食堂側が3年の教室で、順に2年、1年と続く形だ。


「へー、普通に紙とか売ってるのか」


売店へと入ってすぐに目についたのは、ヨンキーファでは商業ギルドの書類でしか見なかった、獣皮紙ではない普通の紙が売られていることだった。


大きさはちょうど『大学ノート』ぐらいだろうか。あるいは『週刊漫画雑誌』ぐらいと言い換えてもいいか。


「うっ……値段やばいな、これ」


しかしそのお値段は──50枚で大金貨1枚10万円だ。


1枚あたり大銅貨2枚2000円は出せない金額ではないが、手帳ぐらいの寸法サイズのメモ書きに使う獣皮紙が銅貨1枚100円で10枚や20枚買えてしまうのを考えると、普段使いできそうにはない。


そりゃ、取り寄せた本が銀貨数枚数万円するわけだよなぁ、とは納得した。ある程度一気に作るにしても、あの値段なのだろう。


そのすぐ横には、先ほど学生証として寮の鍵に貼り付けたような、熱でくっつく紙というのが売られていた。


前世におけるシールのようなものとして用いられる他、誤記した箇所の上に貼り付けることにより、修正液・・・のような用途で使われたりするらしい。


他にも、前世における文房具に近しいものが売られている。はさみも鉄製から高級な聖銀ミスリル製まである。失敗して軽く指まで切れそうだけど。


あと、定規とかコンパスとか分度器とか、妙に製図・・に関わってそうなものが非常に充実してるのは、気のせいではなさそうだ。


万年筆やガラスペンといった、前世の知識が関与してそうな文具が無いのに、なぜか烏口からすぐちだけはあるもの。


一応、こちらの一般的な筆記具としては、黒鉛を獣皮紙で巻いたものが市販されている。お値段は銅貨2枚200円で手に入る。


ただ、硬度を保つためか若干太めで持ちにくく、書きにくいのが難点だ。


流石に、細くした芯の周りを木材で覆う形状をした前世のそれは、費用対効果コスパに合わないのだろう。


……後で、市販品を分解して作ってみるか? 【空間切削】で木材と黒鉛を削り出せば、案外綺麗に作れるかもしれない。


あと、貴族用に洒落た装飾のされた付けペン筆墨インクが売られている。


付けペンは、かつては鳥の羽とかが使われていたようなアレだ。


書くたびに筆墨インクの壺に浸す必要があって面倒ではあるが、正式な書類はこちらを使うのが一般的なようだ。


さらには、服が汚れないように腕抜きアームカバーまである。


……授業中にあれ付けるの?


◇◆◇


文具店をひと回りしたところで、次の店へ向かう。


本屋がその隣にあるものの、今回は後ろ髪を引かれつつ、素通りだ。


教科書なども売られているようだけど、まだ何を受講することになるか決まってないので、そちらについても後回しになるだろう。


それ以外の本を見て回るにしても、絶対に時間がかかるから、今度1人で来ることにしよう。


その隣はと言えば、衣類関係を取り扱う店のようだ。


吸湿性の高そうな運動着や、簡単な着替えのための下着、室内演習場用の室内靴ルームシューズなんかが売られている。


補修用の生地やボタン、糸や裁縫道具なんかもあるようだ。やはり、安易に買い替えが出来ない平民向けの配慮だろうか。


また、学生服が破れて補修が必要な場合や、成長による寸法サイズの調整が必要な場合は、こちらで依頼ができるらしい。


あと、寮には依頼をすると洗濯してくれる給仕サービスがあるけど、その窓口がここになるようだ。


基本的には、大袋に入れて指定の場所へ朝のうちに出しておくと、夕方には綺麗な状態で戻されるようになっている。


ただし、ダンジョン探索とかで使われる鎧とかの洗浄は、値段の査定も含めて状態を確認する必要があるらしく、この窓口まで持ち込んでほしいとのこと。


まあ、俺の場合は【清潔クリーン】があるから大体は自前で解決できるけど、普通はこういった店に依頼することになるのだろう。


ちなみに、装備の修理や補修メンテは管轄外とのことで、学園ダンジョンを管理する冒険者ギルドに置かれた、常駐の業者に依頼するんだとか。


「さて、売店はひと通り見たから、次はダンジョンの入口を確認しておこうか」


「そうね、冒険者ギルドの支部もあるって言ってたかしら」


そうなんだよなぁ……ギルドが中にあるって知っていたら本当、話は違ってたのになぁ。


まあ、ブロンズCランクは持ってて損はないし、別にいいんだけど。


◇◆◇


さて、気を取り直して校舎を北に進んでいくと、1〜3年の教室が横並びとなっているところを抜けて、中央棟だけになる。


ちょうど『山』の字の左右が無くなって、中央だけが残った辺りだ。


この左右の空いた場所が、入学試験の際に『前衛』と『後衛』の試験を行った会場である、『第1運動場』と『第2運動場』になっている。


では中央棟には何があるかといえば、更衣室と浴室シャワールームが男女それぞれに分けて設けられている。


貴族の子女もいるということで、全員教室で着替えろ、とはならないのだろう。


それに、戦闘訓練の後やダンジョン探索後など、流石に汚れたり汗ばんだまま着替えたくないし、貴族としても無理ということだと思われる。


……まあ、前世の中学や高校で学校にシャワーなんて付いてなかったから、お湯を浴びられるというだけでも随分と贅沢リッチだなとは思わなくもない。


なお、更衣室の上の階層である2階と3階は、4〜6年生向けの研究室や教室といったものが並んでいるとのこと。


3年修了時に9割近くが卒業してしまうので、この中央棟だけでも収まる人数なのだろう。


さて、ここからさらに北に向かったところが、昨年から冒険者ギルドの管轄となった区域になるようだ。


「通路を挟んで左側が冒険者ギルド、右側が消耗品の販売や武器防具の修理受付みたいね」


頭上に看板が出ており、リナが読み上げた通りの内容が記載されていた。


一般にダンジョンの入口は、入退場を管理する都合から冒険者ギルドに組み込まれる規則ルールとなっているようなので、学園ダンジョンも冒険者ギルド経由で入ることになるのだろう。


しかしそうなると、左側は第2運動場があったはずだから、ダンジョンは第2運動場の地下ということになるのだろうか。


「一応、外の冒険者証がそのまま使えるのか確認してみようか」


「そうね。流石にブロンズCランク向けの依頼なんてものは無さそうだけど。……そういえば、ヌールはルーデミリュの冒険者証は持っているの?」


「うん! ストーンEランクだけど、一応ダンジョンにも入ったことあるよ!」


ルーデミリュはストーンEランクでもアイアンDランク以上の荷物持ちという建前・・でダンジョンに入れるんだったな。


まあ、貴族令嬢に荷物持ちをさせていたとは思えないから、ダンジョン内で好き勝手に動いていただろうことは予想できるけど。


おっと、そういえば。


2国間の冒険者ランクの変換コンバート問題ってどうなったんだろう。


ナディーヌさんに軽く聞いたっきりで、その後を追ってなかった。


……まあ、その辺りも窓口で聞いてみればいいか。せっかくだし。


ご丁寧にも、街にあったのと同様の西部劇ウェスタンな扉に出迎えられ、中は正面に窓口カウンターが置かれた既視感のある見た目になっていた。流石に併設の酒場とかは無さそうだけど。


単位制への変更により、今日は2年〜3年も年度始めの案内ガイダンスが入っているらしく、装備姿の先輩方はいらっしゃらないようだ。


ただ、俺たちと同様に施設見学に来ている新1年生がちらほらといるようで、中には窓口カウンターで手続きをしている様子の生徒もいた。

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