第162話 ギルマスへの報告

冒険者ギルドの中は、ベルトの声の反響音エコーが聞こえるほど静まり返っていた。


一瞬、何を言っているのか理解が追いつかなかった冒険者たちだったが、次第にざわつき始めた。


転移部屋ショートカットって……あの転移部屋ショートカットだよな?」


「……そんなの、今更見つかるわきゃねえだろ? 何の冗談だ」


「あれはシルバーBランクのウォルウォレンか? てことは……冗談、ではないということか?」


遠くで、職員がギルドマスターの部屋に通じる階段を駆け上がっていくのが見えたので、知らせに行ってくれているのだろう。


そんな中、重そうな鎧へと身を包んだ、見上げる体躯の男がベルトへと近付いてきた。


「ベルト、さっきの話は本気で言ってるのか? 転移部屋ショートカットだと?」


──後でベルトに確認したところ、アルミンという名前の、フィファウデでは結構名の知られたゴールドAランク冒険者らしい。


「ああ、職員に確認してみろ。俺たちは昨日の朝に入ったっきり、あっちの入口からの退出記録は確認できねえはずだ」


「……奥は確認してもいいか?」


「悪いな、ダンジョンの入退場管理に関わるから、今は塞がせてもらってる。ギルマスの確認に同席ってことなら、むしろこっちからお願いしてえな、アルミン」


「わかった。しかし……この大穴と共にダンジョンが発見されて300年以上経つというのに、なぜ今になって発見されることになったんだ?」


「見つかった理由はスキルに関わることだから詳しくは話せねえが……まあ、最近教会でお祈り・・・とか流行ってるらしいからな」


……上手いな、ベルト。


更新アプデに絡めて、新たなスキルが見つかったことによるものって、誤認ミスリードに持っていこうとしてくれている。


「……なるほどな。お前も済ませたのか?」


「ああ、早速腕試しにと思って、前乗りして潜ろうかって思ってたんだが……それどころじゃなくなっちまったってわけだ」


「違いないな、我々ドッペルアクストも階層更新に向けて封鎖解除を待っていたが、それどころではない」


確かに、ここで転移部屋ショートカットを開通させておけば、戻る時は元より、次に潜る時に圧倒的な有利アドがある。 


……まあ、実は誰かが転移部屋ショートカットを開いた時に便乗して入れば開通させることが出来るんだけど、それは知ってる人だから可能なやり方だろうし。


「おっと、来たようだ。待ち時間が惜しいなら、早めに一般解放してくれるよう交渉するんだな」


「無論だ。よければ確認にも同行させてもらおう」


2人が振り返った先には、長身に褐色肌で長い赤毛を纏った、女戦士といった体躯の女性が近付いてきていた。


確か、初めてこの冒険者ギルドに来た時も遠目に見かけた気がするけど、彼女が恐らくはフィファウデのギルドマスターその人だろう。


「悪いな、調査終わりと封鎖解除で忙しいってところを呼び出しちまったようだが」


「まったくね……まして何の冗談なんだか、こんな大穴まで空けて、転移部屋ショートカットですって?」


「冗談で済めば随分平和だったんだがな……ああ、ロブ。彼女がここのギルマス、マチルダだ」


「初めましてかしら。フィファウデでギルドマスターをしている、マチルダよ。……あら、そちらにいらっしゃるのは噂のお2人かしら?」


「この4人は、ついさっきへーデン勇者様パーティ御一行って名前に決まったヤツらだ」


……否定する間もなく既成事実が出来上がっていく。流石に違いますとは話がややこしくなりそうで言い出しにくい。


「それじゃロブ、ギルマスにこの先のを見せてやってくれ。ああ、アルミンが確認の場に同席したいんだとよ、ギルマス。かまわねえか?」


「……本当に発見したの? 冗談ではなく?」


「そのやりとりは既にアルミンとやったよ。何なら待ってるから俺たちの入退場記録を確認してくるか? 実物を見た方が早えと思うが」


「……わかったわ。それじゃアルミンもここの冒険者代表ってことでお願い」


「承った」


◇◆◇


「……信じられん」


「本当ね……でも間違いないわね、これは転移水晶よ」


アルミン氏はこんな小部屋が存在すること自体が想像を超えていたようだが、どうやらマチルダ女史は水晶を見た覚えがあるらしく、今回の転移部屋ショートカット発見が事実だったと既に確信しているようだ。


試しに、ベルトが10層への行き来を試したことで、その挙動についても確認してもらう。


ちなみに、小部屋は10m強の円形になっており、中央にある3mほどの魔法陣の上に立つと、皆で同一の階層に転移することが出来るようになっている。


ただし、その全員が転移先を開通していることが条件で、一番最初にスケさんと俺が転移部屋ショートカットに入った時のように、全く開通していない人が1人でもいれば、当然ながら起動しない。


転移しない人は、とりあえず魔法陣の外に出ていれば問題ないので、アルミン氏とマチルダ女史には外側で見学してもらった形だ。


「詳しい経緯とかは場所を変えて説明した方がいいとは思うが……何か聞いておきたいことはあるか?」


転移部屋ショートカットの移動先で確認しているのは何層なんだ?」


「今のところ10層と20層だな、恐らく30層にもあると思うが、今は封鎖されているから確認できていない。あと、5層はひと通り調べてみたが、発見できなかった」


「この部屋は、さっきみたいに塞いでもらうことは出来るかしら?」


「ああ、方針が決まるまで侵入禁止にしてえって話だな。そいつはロブに頼めばいけるとは思うぜ」


うん、ここは頷いておく。


「ありがとう。それじゃ、ここを出たらもう一度塞いでおいてもらえるかしら」


まあ、さっきまで塞いでいた『???岩』の再利用で問題ないだろう。


「……それじゃ、移動して詳しい話を聞かせてもらおうかしら」


「ギルドマスター、利用開始は早めに頼むぞ。こいつが片付かないと探索に出るに出られない」


「わかってるわよ……今年は本当に、次から次に案件が降ってきて悩ましいわ」


……確かに、暴走スタンピード騒動に転移部屋ショートカット発見と、単体でも対応に追われる出来事が重なって、それを管理する責任者としては大変そうだ。


もっとも、今後の収益は期待できるだろうから、ここは冒険者の期待に答えられるよう、早めの運用開始に向けて頑張ってほしいところだけど。


◇◆◇


「……といった感じで、20層から戻ってきたのが今ってところだな。直前まで20層にいたことは、キファイブン領兵の団長さんにでも聞いてくれりゃいいさ」


場所を移動して、ギルドの窓口の横から上がったところにある会議室へと通され、諸々の説明をすることになった。


ベルトが説明の主体となって、転移部屋ショートカット発見の経緯と調査状況、現在分かっている挙動、入口に戻ってくるまでの行動などをマチルダ女史へ伝えてくれている。


転移部屋ショートカットのことを今更疑うつもりなんて無いわよ。まあ、発見してからすぐに報告してくれたことの証明にはなるでしょうけど」


まあ、場所が場所だけに黙って使い続ける方が面倒だったし、戦利品ドロップとかも買取依頼できなさそうだしってことで、じゃあ公開しちゃえって感じだったけどね。


「それにしても……」


あ、こっちに話が振られるっぽい。


「ロブ君、だったかしら。よく転移部屋ショートカットなんて発見できたものね」


「えーと……まあ。こう、前からダンジョンには興味があって、フィファウデは結構深いダンジョンなのに転移部屋ショートカットが無いのは不思議だなと思って」


これは後付けではあるものの、30層を超えるダンジョンでは大半で発見されているものらしいので、不思議に思ったことは事実だ。


逆に、深さが20層程度の規模の小さいダンジョンでは、見つかっていないそうな。


フィファウデも、40層を超えることは既に確認されているそうなので、転移部屋ショートカットがあってもおかしくはないし、実際に発見された。


ここ数年は階層更新が進んでなかったとのことだけど、やはり数ヶ月に渡る探索の過酷さが原因らしく、転移部屋ショートカットによってその辺りは改善されそうではある。


……運び屋ポーターの役割は若干減るかもしれないけどね。

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