第203話 朝会前の教室

「……悪いことしたわね、そっちに接触してくることは予想できたことだったのに」


朝会が始まる4半鐘30分前の教室で、リナからそう謝られた。


寮がすぐ近くであるためか、始業にはまだ時間がある教室には俺たちの他に誰もいない。話すには非常に好都合な状況だ。


今朝、朝食にフレンチトーストと牛乳でも出そうと、手紙箱メールボックスから魔法袋を取り出そうとした際に、『話があるから早めに教室に来て』という伝言が添えられていたのだ。


1の鐘半7時過ぎに教室に来ると、既にリナとクララ、ヌールちゃんが席について待っていた。


リナとクララは、アジトダンジョンへ探索に出る日は大体この時間に来て、ラビット氏に朝食をたかっていたので定刻通りだと思うけど、ヌールちゃんは若干眠そうだ……朝に弱いのかもしれない。


「しかし……何か目的があるんだろうか?」


「さあ……私にも分からないけど、何かしら貸し・・のようなものを作りたい様子なのは確かでしょうね」


…………貸し?


「ほら、昨日の説明会前にわざわざ話しかけてきたじゃない? あんなことは本来、必要なかったのよ」


必要性か……まあ、面識があるとは言え、確かに話す必要がなかったと言われればそうかもしれない。モブABも、こっちを睨んでたしな。


「あれは『公爵家と繋がりがある』ってことを示すためにやって・・・くだ・・さった・・・わけ。じゃなきゃ、あんな周りに聞こえるような声で下位貴族と話している姿をひけらかす必要なんて無いもの」


……え、なにそれ。分かりにくすぎる。それがリナに対する『貸し』になるの?


「……まあ、ロブには分からない感覚かもしれないけど、貴族の世界における『見えない繋がり』ってのは、繋がる当人にもそうだけど、むしろ周りにとって重要なのよ。それを知らずに粗相をした場合、知らなかったでは済まされない場合があるから」


リナが公爵家へと面会に行ったことは『ウェスヘイム家の紋章が付いた馬車が公爵家へ出入りしていた』とかそんな形で、そのうち社交界の中で噂になるものらしいんだけど、その情報が子息まで降りてきているとは限らないわけで。


あの雅メンアルベルトが話しかけてきた状況を考えると、そういった家への配慮を込めて、リナに対してだけではなく、他の上位貴族に対しても知らせる目的だったのではないか、と推察されるそうだ。


「でも、認識不足によるやら・・かし・・ってのは少なからず起こるものだし、まして当主でもない子息の間であれば、本来そこまで騒がれるものでもないわ」


まあ、子供のやったことだから、なんて流されそうな気はしなくもない。


所詮は平民に対してだろうし、過失も認められなさそうだ。上位貴族と平民とのどちらの関係を悪くしたいかを天秤にかけるとなれば、当然ながら平民は切られるだろうし。


「なのに、わざわざそんな繋がりを周囲に知らせたなら、何かしらの目的があることは確かなのよね……まあ、そこが分からないから、こちらからは動けないのだけど」


単純に、リナに興味が・・・ある・・……って話でもないのか。


それなら、俺と話をした際にそういった探りの1つでも入れてきそうだもんな。


しかし、関係性を見せることが『貸し』……か。


「てことは、俺が寮の吹き抜けのとこで話しかけられたのとか、その後に食堂の貴族・・地帯・・に招かれて話したのとかも、その『貸し』ってことになるのか?」


「……場所のことは聞いてなかったけど、それは確かに平民の冒険者に対して、公爵家の子息が何の目的もなくするとは思えないわね」


うーん、俺個人に対しても『貸し』を作っておこうと思ったのだとしたら、何をさせたいのかという目的は確かに気になる。


恐らくそれは、雅メンアルベルトが探りを入れてきた『勇者』に関わるものだとは思われるけど、あまりにも情報が少なすぎて推測も立てられないもんなぁ。


……おっと、もうそろそろ他のSクラスの生徒が集まってきそうな頃合いか。


「まあ、こっちができることはそんなに無いし……向こうからまた接触アプローチがあるまでは様子見しかなさそうかな」


「そうね、少し居心地の悪さはあるけど……それはこのSクラスに配属されたことの方がよっぽどだし、気にしないでおきましょう」


そう話している間に、ちょうど数人の生徒が入ってきたので、この話はここで止めておくことにしよう。


「そういえば、ブートさんへの勧誘とかってどうだったの?」


「ええ、是非ともってことで、了承してもらえたわ。彼女は騎士志望だったのもあって、地元でもダンジョンに潜ってたみたいだから、即戦力かもしれないわね」


なるべく単位認定試験を通して、時間を空けることについても了承してもらえたようで、結果を確認してから日程は擦り合わせることになったようだ。


なお冒険者ギルドにも登録済みで、アイアンDランク持ちなんだそうな。


是非とも盾職メイン盾としての動きを期待したいところだ。


「ああ、食事の件も助かったわ。ブートさんもヌールさんも美味しそうに食べてたわよ」


「美味しかった! あのお肉のやつが特に好きかも!」


先ほどまで目を半開きにしていたヌールちゃんが、目を覚ましたように嬉しそうに報告してくれた。


お肉というと……唐揚げの方かな。ソーセージかもしれないけど。


「ブートさんもヌールさんも、パンが柔らかくて驚かれていましたね」


まあ、クララもリナもだったけど、最初に柔らかいパンを食べた時は相当驚くし、その後はもう戻れなくなるよね。


大体この後の展開は、食堂の料理長にでも教えて大絶賛されて云々……みたいな感じになりそうだけど、流石にリナやらベルトやらに散々自重しろと言われているので、あくまで俺は作り方を知らない体裁を貫こうと思っている。


上手いこと俺の素性を隠蔽したまま伝えられるなら、無くはないんだけど。


「それじゃ、今日の昼からは同じ感じで問題ないかな?」


「そうね、昼食代のかわりに食堂の個室を借りて、そこで食べることにしましょう」


ヌールちゃんが肉食系・・・女子・・なら、あまり外に出せないお肉のステーキでも出してあげたいところだけど、流石に昼に腹いっぱい食べたら眠くなりそうだからな……。


昼食後も単位認定試験は続くから、それで失敗したら申し訳ないし、無難にピザトーストとか辺りにしておこう。


ステーキについては、食べた反応リアクションが見れないのは残念だけど、寮に戻ってから夕飯にでも出してもらおうかな。


しかし、毎日利用するとなると、専用個室みたいな感じになりそうだけど、個室自体の使用頻度がどの程度なのかは気になるところだな。


もし空いてない場合の場所も確保しておかないと、また硬いパンを食べる羽目になりそうだから、時間を見つけてどこか探しておきたい。


……バルドゥール愚痴マス辺りをか何かで買収して、使ってなさそうな会議室辺りを占有したりできないだろうか。空いてる部屋があれば、それでもいいけど。


一応、ラビット氏から何かに使えるならということで、日本酒、ブランデー、ラム酒、各種リキュールなんかを樽で貰っている。


もちろんワインも赤・白・スパークリングと揃っている。


……ここまで来ると、果たして調味料なのかそれは、と思わなくもないけど、確かに料理に使うことがあるのだから仕方ない。


冒険者ギルドの上の階とかは、ギルマスの部屋の他に会議室や資料室の表札があるのを見かけたけど、外部の一般的なギルドと違って複数パーティの参加が必要な大討伐の依頼なんて無さそうだから、使う予定も無さそうなんだよな。


冒険者の講習とかは……流石に人員が少なすぎて手が回らないだろうし、むしろ教えるのは学園側が本職だから任せるのかな。


『算術講座』や『採集講座』なんてのは『数学』とか『薬学』の方が本格的だろうし、あと『戦闘訓練』なんてのもあるから、大体は補完できている気がする。


獣や魔物の素材を扱っていた『素材講座』と『調理講習』ぐらいか? 授業で足りてなさそうなのは。


……と、そんなことを考えていたところで、教室前方のドアが鳴ってフィン先生が入ってきた。朝会の時間が来てしまったようだ。

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