第180話 見送り
挨拶も済んだことだし、ルクレール侯爵の執務室を辞することにした。まだ仕事はある様子だったからね。
執務室を出ると、警備の兵士さんと並んで執事さんが待機していてくれていたので、そのまま部屋へと案内してもらった。
……迷うってほどではないんだけど、この屋敷は本当に学校みたいな広さと部屋数があるから、どこだか分からなくなるんだよね。
別に『3-B』『2-C』みたいな標識が廊下に出てるわけでもないし。
「ふう……これでルーデミリュ訪問も終わりか」
明日からは、ナディーヌさんも含めて会合の出迎えがあったりと忙しそうなので、朝食をご一緒したら早々に出る予定だ。
ベルトたちは拠点を使っているはずなので、クロエはそのままヨンキーファに送り届けての合流になるだろうか。
「そういや……こっちにいる間に試してみておくか」
クロエと雑談していた時にちょっとだけ話に出た、『女神像の加護』こと
教会がこの国から失われてしまったことで、そもそも信仰心ってやつが大衆に備わってないため、仮にこっちで女神像を使おうとしても加護が届かないのでは? と、ふと思ったのだ。
流石に女神像がポータブルWi-Fiだとしても、基地局とかが無ければ起動しなさそうって話で。
スマホとかも、
さしずめ、大手3社が世界三大宗教みたいなことだろうか。
利用者が増えるほど地域の稼ぎも増えて、基地局の機器が良くなって回線の電波強度も上がるし、その逆もまた然り……みたいなことが、聖白銀教の信仰でも起こるのかなって予想。
…………と思ってたんだけどさ。
『神託メールが1件届いています』
パーティ編成辺りで試してみようかと思って、女神像を箱から引き出そうとしたところ、いつものやつがステータス画面で表示されたわけだ。
どうやら聖白銀教という
……そういや、ダンジョンなんていう異空間でも使えてたっけ。そりゃ当然なのか。
女神像に触れたのは……たぶん、リナの兄ことワルター氏の
さて、今度のご連絡は何でしょうかね。
『信仰拡大に係る女神像の納品依頼:任意の教会関係者に、女神像50体の納品をお願いします』
うん、これは完全にルーデミリュへの勢力拡大を狙ってのやつだね。女神様、機を見るに敏すぎる。
あれ…………でも待てよ。
前回はたしか『配布依頼』で、場所と
女神像も箱も既に
しばらく使うことはないと思ってた、箱詰め専用の窪みがつけられた机が、こんなすぐに再登板する日が来るとは。
しかし、50体か……割と少なめだよね。何か遠慮してくれたのかな?
…………いや、違うか。
今回は『宣教』しなきゃいけないのか。
教会がルーデミリュには無いから、女神像を持ち込んだところで、それを管理する人が必要になるんだろうな。
そうなると、用意できるシスターとか、それを警護するパーティとか、用意するにも限界があるから、数としてはこんなものでいいってことなのかね。
しかし……『任意の教会関係者』、ね。
まあ色々とバレてるし、まずは
女神像の作成について言えば、『成長ポイント』を振ってカンストさせた結果、MP消費軽減が効いていて、
ヨンキーファに戻ってから2〜3日ぐらいの作業で行けそうかな。うん。
「さて……荷物整理してしまおうか」
他にこっちで購入したものといえば、ナディーヌさんとクロエとの3人で買いに行ったお菓子とかかな。
スケさんたち向けのお土産ってことでね。クッキーみたいな感じの焼菓子だから、日持ちもするってことで。
まあ、既に【空間収納】の方にしまってあるから、日持ちは無期限みたいなものだけど。
◇◆◇
「名残惜しいですが、また伺わせていただきますので」
朝食の後、忙しいだろうに侯爵夫妻にナディーヌさん、ヌールちゃんも玄関の外まで見送りに来てくれた。
「ああ、既に我々は家族のように思っている。いつでも歓迎しよう、連絡を待っているぞ」
「また、いつでも来てくださいね。それから……」
ナディーヌさんが一歩前に出て少し顔を寄せてきたので、こちらも顔を向けると……
「……たまには、ご連絡くださいね? 待ってますから」
……うん、
もうすぐ【空間収納】のレベルも上がりそうだから、【距離延長】に成長ポイントを振って、学園からこの王都モンスインペリまで格納門が届くようにしておこう。
「ヌールちゃんも、またね」
「はい! またお会いしましょう、勇者様!」
いや、勇者様が好きすぎて、俺の呼び方まで勇者様になっちゃったよ。確かに俺とは勇者様のお話ばかりしてたけどさ。
アレだ、間違えて先生のことをお母さんって呼んじゃう感じの。
流石に俺のことを勇者だって勘違いしてるなんてことは…………ん? あれ?
「ああ、そうだった。ビンス殿。ひとつ言い忘れていたんだが……」
「え、ああ、はい。何でしょう?」
ヌールちゃんとの会話を思い返してる途中だったが、ルクレール侯爵から声がかかったので振り向く。
「来年、ヌールが学園に通う年となるのだがな」
ああ、そういえばそんな年齢だって話だったっけ。
ちょっと精神的に幼い感じが、貴族だらけの学園で大丈夫なのか、心配ではあるけど。
「トレフェンフィーハとの国交回復の一環で、そちらの王都オストシュタットの学園へと留学させることになっているのだ。もし機会があったら、顔を見せに行ってやってはくれないだろうか」
…………
思わずクロエの方を振り向いてしまったが、クロエも知らなかったようで驚いている様子だった。
え、ちょっと待って、学園でヌールちゃんと同学年になるってこと?
何それ、色々とバレる危機じゃん、どう考えてもさ。
一応、王宮の件にしても
なんかヌールちゃんがしれっと話しそうで怖いんだけど。
……いや落ち着け、まだあわてるような
大丈夫だ、一応は狐の仮面をしているから、万が一出会しても声の調子を変えればバレないかもしれない。
きっとこれから俺も成長期だから、背が伸びて印象も変わる。うん、これだ。
まして、隣国の高位貴族の留学生ともなれば、トレフェンフィーハ側の王族やら侯爵家などの子息らが集うというSクラスに割り当てられるに違いない。
なんだ、顔を合わせる機会もなさそうだし、何ら問題ないじゃないか。ハハハ。
……なのに、何でこんなに嫌な予感ってやつが拭えないのだろう。
黒猫が親子で目の前を横切って、カラスが束になって渡り鳥している様が脳裏に過ってしまう。
「え、ええ、何か護衛依頼か何かで王都に向かうことでもあれば、連絡させてもらおうかと思います」
……俺が平静を装って、辛うじてルクレール侯爵へと返せた言葉は、それで精一杯だった。
◇◆◇
「それでは宜しくお願いしますね、……えー、ロブ様」
はい、使徒じゃありません、ロブです。
ヨンキーファに戻ってきた翌日、
どうやら『番号札』方式が功を奏したようで、行列などは解消して、他のシスターなども整列に追われたりすることなく、安定した
応接室に通されて聞いた話によると、どうやら既に総本山に神託があったようで、ルーデミリュに人を送る手配で、シスターの募集が進んでいるとのこと。
神託による業務とあって、いわゆる『巡礼』に代わるようなお仕事となるので、既にそこそこの応募があるそうな。
結果、こちらからの納品という話は割とトントン拍子に進んで、
あくまで運び屋ロブですからね、ええ。
どこかにいる謎の仏師から預かってきた、50箱ほどのお荷物をお届けするだけの、簡単なお仕事です。
「…………しかし、『時が来る前に』、か」
そう、
『時が来る前に、ルーデミリュへと信仰を再び広め、女神像にて福音を与えよ』
そんな内容だったという神託の内容を聞いて、どうにも頭の部分が気になった。
『時が来る』、とは何を指しているのか。
ふと頭に浮かんだのは、以前にスケさんと話している時に出てきた、『魔王が倒されてから500年』というもの。
実際は僅かに過ぎているようだけれども、誤差の範囲だろう。
…………女神様、あなたの目には一体、何が見えてるんでしょうね?
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