第35話 ゴブ師匠

『成長』がLv.8に達したことで、最初と比べるとステータスが2倍近い数値になっている。


AGI素早さSTR筋力が上がってきているなら、徐々に剣でも太刀打ちできてもよさそうなもんだけど、そうは問屋が卸さないようだ。


まあ徐々にだよな、うん。焦っても仕方ない。


「あれ、そういえば……」


ステータスオープンで各パラメータを確認していたのだけど、成長スキルの【格納門移動】をLv.5にしたら『MAX』という表記が出ていたことを思い出した。


これ、何かコンプリート特典とかあったりしないのかな? なーんてね。


……あるな、あるぞ。例の気持ち悪い『無かったはずの記憶』ってやつで、思い出したとも言いにくいあの感じがまた発生していた。


「……【自動オート追尾トレース】?」


どうやら、物体や生物など主に移動するものを指定すると、門が相対距離を保って追尾してくれる、らしい。


「スケさん、ちょっとこの部屋を一周してもらってもいい?」


「なんや? かまへんけど」


スケさんにお願いして、休憩している今の部屋を歩いてもらう。


「あ、結構面白いな、これ」


ゲームビルドにもあった、視点切り替えで言うところの三人称サードパーソン視点ってやつだ。キャラが移動すると、数メートル離れてカメラが付いてくる。


これは自分の姿を含めた周囲を俯瞰ふかんした視点になるので、背後を取られないよう立ち回るのに便利だった。


前しか見えない一人称の主観視点だと、背後とかが見えないからね。複数の敵との立ち回りでは特に三人称視点の方が戦いやすい。


「おもろいな、尾行とか無人でよくなってしまうやないの。探偵が職を失いそうや」


スケさんは背後にずっとついてくる格納門を魔力感知していたのだろう、性能を説明するまでもなく把握しているようだ。


「なあ、これどこでも指定はできるんか? 距離とか位置とか」


「んーと……ああ、うん。できそう」


試しに距離を近づけたり離したり、18禁動画風に尻をフォーカスしてみたりした。別に俺の尻を見ても嬉しくないけど。


「ほんなら、スカウター……つってもわからんか。こう、メガネみたいに画面ディスプレイがある感じで、右目だけその見てる・・・門側・・を固定できへん?」


……うわー、この人本当に天才だわ。頭が柔らかすぎる。実際の見た目は骨で固そうだけど。


そうか、移動対象をトレースすることばかり考えてたけど、こっちの視点側も顔との距離という相対距離を維持すれば、移動してても見れるわけだ。


試しに、自分で移動しながら後頭部から『自動オート追尾トレース』してみる。


「……完全にゲームやってる視点だなこれ」


武器を構えたり歩いたりしても、何ら操作性に問題はない。これはこれで違和感なく行動できそうなぐらい見慣れた画面だ。


むしろ、細かい動きが指定できる分だけリアリティがある。いや、実際リアル現実なんだけど。


自分の身体を外から見ながら、でも自分の感覚そのままで操作するのは、遠隔操作リモートコントロールしているようで不思議な感覚だ。自分の身体なのに自分の身体じゃないような。


あ。


「これ、完全に前の階とかで欲しかったやつだ……」


そう、あの素早く移動する犬やコウモリといった魔物を追ってくれたら、そのまま引き金トリガー引くだけの簡単なお仕事で倒せてた、ということに気がついてしまった。


「でもな、そのまんま後ろからの視点で撃ったらあかんで? 自分が射線に入っとる可能性あるからな。同士撃ちフレンドリーファイアならぬ自身撃ちセルフファイアになってまうで」


あー、そりゃそうか。対峙たいじしてる時に撃って外れた弾は、そのまま俺に向かってくるもんな。


散弾銃ショットガン系は特にそうだ、外れてもいいように面で射撃してるから、その範囲から外さないと危ない。


とはいえ、上手く戦闘に組み込めれば、良さそうな戦法になりそうだ。しばらくは検証しながら進もう。


◇◆◇


10層への階段が見えてきたところで、スケさんが口を開いた。


「ようやくやな、この先にワイの喋り相手の1人がおるんや」


あー、うん。予想はしてたけど。


次の層って、ボスがいるって言ってた10層なわけじゃないですか。


そこに、喋り相手がいる、と。


「もしかしなくても、その相手ってフロアボスだったり……?」


「そうやな、種族的にはゴブリンってやつや」


でた、ゴブリン。


RPGでは最弱、異世界転生モノでは時に最強種に持ち上げられてしまう、ピンキリの存在。


そして、今回のケースで言えば……


スケさん元勇者手解てほどきを受けている、と」


「まあ腕はそこそこやな。とはいえ兄ちゃんの剣やと歯は立たんやろうな。練習相手には丁度いいと思うで」


……大丈夫なんですよね? 意思疎通は取れてるんですよね??


そんな疑念を持ちながら、スタスタと10層への階段を降りていくスケさんを追った。


◇◆◇


「ギャギャ!」


「おう、元気やったかゴブ」


「シショー! テア、ワセ! ギャ!!」


10層に降りてすぐあった部屋に入ったところで、スケさんに気づいたゴブリンらしいゴブリンが近寄ってきた。


緑の肌に尖った耳。黄色の腰布を纏っていて、棍棒だと思われる武器が腰に下げられている。


唯一スカーフのように赤い布を首に巻いてるのだけが特徴的だろうか。


スケさんの周りをピョンピョンと跳ねる様子は、コンビニでおかしを強請ねだる子供のように見えた。


「こいつがゴブや、10層のフロアボスをやってる」


「よろしく、ゴブさん」


「ギャギャ!」


軽く手を上げて挨拶すると、ゴブさんも手を上げて返してくれた。


「ゴブ、今日はこの兄ちゃんと稽古してやってくれ」


「ケイコ、ギャ?」


ゴブさんは首をかしげる。非常にコミカルな動きで、可愛らしく思える。


「いつもはワイが師匠でゴブが弟子、今日はゴブが師匠でこの兄ちゃんが弟子、な。分かるか?」


「……! シショー! オレシショー! ギャ!!」


ゴブさんは恐らく理解したのか、飛び上がってはしゃぎ始めた。


「ええか、いつもワイがやってることを思い出せ。怪我はさせんように、でも苦手としてるとこを見つけたら重点的に攻めるんや」


「ギャ!」


両拳を突き上げて答えるゴブさん。果たして今の説明は通じてるのだろうか。


「兄ちゃん、今言った通りゴブと手合わせしてもらう。ただし、まずは剣の訓練のために魔法はナシでいこか。ゴブはこう見えてもワイが鍛えたからな、訓練してない大人ぐらいなら1人で5人ぐらいはボコボコにできる腕を持っとる。用心するんやな」


「うん、了解」


一応、道中で説明は受けていたので心の準備はできているが、実際は初めてダンジョンのボスと戦うことになるわけで、不安は不安だ。


ちなみに、ボスは一定以上の攻撃を受けたり致命傷を受けたタイミングでリスポン処理が入るそうで、気兼ねなく倒して問題ない、らしい。


一応、心臓近くにある魔石は破損すると再生までに時間がかかるので、そこ以外を狙うことを推奨するとのこと。


「ゴブ、お前は剣を弾いて手から離させたら勝ちや。師匠なんやから、弟子に怪我させたらアカンで?」


「ギャギャ!」


「まあ、危のうなったらワイが止めるし大丈夫やろ。ほな、はじめよか!」


「ギャ!」


「よろしくお願いします!」


◇◆◇


「なんや、もう限界かぁ?」


「ギャギャァ?」


「ちょ、ちょっと、待って……」


完全に息が上がってつくばってしまった状態で、一時停止を請う俺。手に持っていた剣は、遠く弾かれている。


キツい。マジでキツい。


何だかボス戦とは思えない和やかなムードで始まったものの……その後は、正直言ってスパルタだった。


身体能力が上がったのもあって動けているつもりだったけれど、経験の足りなさが露骨に出た。


最初はストレートに棍棒を振り上げて剣で受けさせていたのが、次第に剣で受けることを前提に連続した攻撃が挟まるようになり、それも方向のバリエーションが増えていく。


しかも、少しずつスピードを上げていっているようで、受けにちからを込めるタイミングが遅れて、体勢が崩れそうになる。


そして、意識を外した剣へと棍棒が当てられ、何度となくスケさんのコールする『一本!それまで』を取られ続けていた。


ギリギリで緩急を加えながら、俺の腕を試すように難度を上げていく様は、本当にゴブ師匠だった。


剣道のつもりで頭や胴、手に一撃でも当てようと考えていたけれど、全然そんなの狙える隙もタイミングもなかった。


いや、他のゴブリンってのを見たことないけど、ゴブリンってそういうもんなの? この世界は。


「しゃーないなぁ。ほんなら、ぼちぼち魔法を使ってもええで。ただし弾は5mm、速度は1/10ぐらいや」


流石に見かねたのか、スケさんが助け舟を出してくれた。


「…………了解」


「ギャ……?」


これで多少、防戦一方だった状態がマシになるかもしれない。

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