第36話 後から気付く
「これ撃ちながら剣で戦うの、かなり難しいな……」
それは、この階に来るまでの道中でのこと。
ちょうど7層から8層ぐらいで、
スケさんから
「タフな魔物は被弾に怯まず突っ込んでくる可能性もあるし、もっと奥の層では集団での魔物も出てくるからな、攻撃を受けながら弾を撃つ訓練もせなあかん」
との指摘を受けた。
そこで、犬の魔物相手に剣で攻撃をいなしながら弾で仕留めるという縛りを入れて戦ってみたのだけれど……これが非常に難しい。
【空間収納】で剣を回収したり取り出したりするのも面倒だし、それでは咄嗟の攻撃に反応できない。
じゃあ剣を持ったまま撃つのはどうかと言えば、本当に邪魔。視界を
右手に剣、左手に拳銃みたいな変則二刀流も試してみたけど、そもそも左手では照準を定めにくいのと、引き金を引くだけではイメージが上手く魔法に伝わらないようで、威力が安定しなかった。
「うーん、やっぱり盾職雇うしかないか……?」
スケさんからは将来的に盾職を雇うのも一手だとは言われていた。
しかし、パーティを組むとなるといつかはギフト持ちがバレるだろうし、バレないように知識にわざわざ制限をかけるとなると、せっかくの新たな人生を楽しめなくなってしまう。
まあ、この問題は
「なあ兄ちゃん、短剣とか持ってるか?」
色々と悩んでいたところに、スケさんが出しぬけに肩をたたいて
「短剣……あ、一本あるね。こんな感じのでいい?」
俺はラビットの魔法袋からお借りしようと探ってみたところ、ちょうど1本見つかった。
サバイバルナイフに似た感じで、刃の後ろが部分的にノコギリのようになっている。
まあ、包丁も各種あるんだけど、流石にそれをナイフとして戦闘用に使うのは憚られる。
もしかして【
なにその【料理人】最強すぎる。ドラゴンでも三枚おろしできそう。
さておき、スケさんはナイフを取り出させてどうするんだろう。
確かに頭には当たらないかもしれないけど、これはこれで首でも切りそうな予感がする。
「まあ、そんなもんでええか。でも、握り方が違うな。これは……」
◇◆◇
俺は、【空間収納】に片手剣をしまうと、ナイフを取り出し
うん、あの後も犬の魔物で訓練したけど、この形が一番しっくり来た。
『欲を言うなら、鍛冶屋で手にカバーつけてもらうか、ガントレットとか買った方がええな』とスケさんからアドバイスもあったが、これは街に戻ってから検討しよう。色々とお持ち帰り案件があるから、後で整理しないとな。
さて、まずはゴブ師匠にご挨拶といこう。
右手を前にガードするよう突き出しゴブ師匠に向けて、
「ギャッ!?」
背後からの衝撃に思わず後ろを振り向くゴブ師匠。もちろん誰もいない。ちなみに、スケさんは別方向の壁際で見守ってくれている。
俺はゴブ師匠が目を離した隙に距離を取って、右目の前に出した視界を確認する。
ゴブ師匠の後ろへと設定したその視界は、ゴブ師匠を観測する人工衛星のように、特定の距離でゴブ師匠を視界中央に捕捉した状態で移動させることができる。
それはすなわち、どんな方向から
「ギャッ! ギャギャッ!?」
逆にそのことで、想定外の方向から弾が飛んでくる状態でもあるのだろう。撃たれた方向に何か仕掛けがあるのかと振り返ることを繰り返している。
「流石に初見殺しすぎるか、こいつは。兄ちゃん悪いがヒント出すで。ゴブ、魔力感知や。場所と変化でタイミングを掴むんやで」
「ギャ!」
おっと、スケさんからゴブ師匠側にも助け舟が出てしまったことで、明らかにゴブ師匠の
そういえば、一定階層からは魔物も魔力感知するようになるとは言ってたな。ゴブ師匠も例外なく魔力感知持ちらしい。
そして適応力も高いようで、次第に避けたり棍棒で受けたりする回数が増えてきた。
一見してアニメでしか存在しない刀での弾切りに似た超挙動だけど、この攻撃は門の方向さえ分かれば視点が向けている身体の中央……腹の辺りへの直線方向さえ防御すれば高確率で受けられるし、発射時の魔力を感知できればタイミングで避けることも可能なわけだ。
まだこの攻撃手法に慣れてないのもあって、視界の範囲内の上を狙うだとか下を狙うだとかの撃ち分けなんて芸当は出来ないのだ。
しかし、避けたり防御されたりと対処されたならされたで、やりようがある。
撃つ方向をある程度偏らせたり、逆方向に切り替えたり、門を2つだして両方から発射したりしながら、意識をそちらに向けさせることで……
「隙ありッ!」
「ギャー!」
自分の身体が死角となるような方向からの連続攻撃で作ったチャンスに、ゴブ師匠の棍棒へと本体となる自分自身で近づいて、逆手のナイフを体当たり気味にぶち当てることで、俺は念願の初・『一本!』を奪取することに成功した。
◇◆◇
「ほんなら、今日はこれぐらいにしとこか」
「……ギャギャ!」
「ハァ、ハァ……おつかれさま、でした」
身体強化でも疲労感が出るぐらいになったところで、本日は打ち止めとなった。
あの後、ゴブ師匠の意識が本体である僕に向いたことで、避けながら近付かれるようになったり、それじゃと本体からの射撃も混ぜて避けるタイミングを外したり……と、ゴブ師匠との手合わせは、やったりやられたりを繰り返した。
本体に特攻されたり、そのカウンターで
「それじゃ、また来るでゴブ」
「ギャギャ! マタ、テア、ワセ、ギャ!!」
「はい、ありがとうございました。また今度お願いします、ゴブ師匠!」
円形のフロア全体にばら撒かれた弾丸をさっと掃除して、ゴブ師匠への別れの挨拶を済ませると、フロアの奥にある通路から
通路の先には階段があり、11層へと繋がっているようだ。
「続きはまた今度やな。予定が立ったら今日会ったとこにでも伝言残しておいてくれや。普段はダンジョン中をあちこち回っとるんやけど、2日にいっぺんは見に行くつもりや。当日来るとかでもない限りは予定に合わせるで。ああ、もちろん1層の
「うん、ありがとう。ホント、ゴブ師匠への紹介含めて感謝しかないよ」
いや本当に、スケさんには会ったばかりなのに、初めてのダンジョンでおもいっきりお世話になってしまった。
「そういえば、スケさんって自分のステータスは確認できるの?」
「ああ、ステータスオープンか。なんか一応最初の項目は出るんやけど、
え? なにそのバグ挙動。今の所、そんなの起きたことないけど。
「こんな身体になったから、何やエラーでも起こっとるのかもしれんけどな。まあ、簡易表示されるレベルはもうLv.99でカンストして久しいし、しばらく開いとらんなぁ」
エラー……なんだろう、このステータスオープンは世界の神様が組んでくれたシステムなんだろうか。
ああそうそう、こんなことを訊いたのは1つ気になったことがあったからだ。
「スケさんのステータス画面にも時計機能あるのかなって。こんなダンジョンだと太陽も昇らないから」
そう、日の差さないダンジョン内では今の時間も分からないんじゃないかと思って。
体内時計にしても、たしか24時間より20分程度長いらしいので、時計がない空間だと少しずつズレるとは思うんだよな。
「何やて? そないな便利なもんワイのステータス画面には無いで」
俺のには左上にあるので、同じものであればと思ったのだけど、やはり無いらしい。
ちなみに、他人のステータス画面は見えない仕様のようで、スケさんからもこちらの画面は見えないようだった。
さらに余談だけど、こっちの住人にはステータスオープンは使えないらしい。プライバシーだから人前で出さない可能性も考えたけど、そうではないようだ。
さておき、スケさんと自分の機能が違うのは、与えてくれた神様あるいは管理者が違うからとかなのだろうか。スマホの機種が違うとか、そんな感じの。
でもそうなると、待ち合わせとか難しくなりそうだよな……うーん。
「まあ、20層以降は外と同じ空がある特殊な層やし、そういった層は外と同期しとるから時間はわかるんやけどな」
「え、あるの? そういう層。ずっとあの坑道だと思ってた」
「大体のダンジョンはそうやで? 早いと5層や10層で切り替わることもあるけどな」
へー、ダンジョン
いや、それよりもだ。おおよその時間が分かるなら、待ち合わせの時間はあまり気にしなくても大丈夫か。半日とかズレてると、やっぱり迷惑になりそうだしな。
「それに、連絡あったら予定の日はゴブのとこにおるようにしとくから、来たら10層に降りてくりゃええで」
なるほど、それならすれ違ったりもなさそうだ。
「それじゃ、次の予定とか連絡することがあったら、この明かりの魔道具の下にでもメモを置いておくよ」
特に何もなければ、また時間が1日空きそうな1週間後ぐらいに来ることも伝えておく。
「わかった。ほんなら、またな」
「うん、今日は本当にありがとう。また来るよ」
俺はスケさんにそう別れの挨拶をして、
◇◆◇
バッキバキになった身体をなんとか動かして、風呂場で湯を浴びて食事を摂り、階段を登るのもダルく『
全身の疲労感を感じながら、泊まっていた宿屋より大分品質のいい柔らかなベッドに横たわる。
「あ、薬草回収忘れてたな……やっておくか」
なんか、実況者が惰性的な感じにスマホゲーのデイリークエストをこなす姿を思い出した。決して面白くはないが、勿体無いという理由でやってると言っていた。
俺は課金したくないという理由もあって全然やらなかったなー。スマホゲー。
趣味はブラウザだけで見れる小説サイトと動画サイトだけだった。
そもそも、金を使いたくないから貰った旧式のスマホ使ってて、大半のアプリが対応してないもんだから、『名誉ガラケー』なんて店長に呼ばれてたからな。
門の移動速度が上がって、ますます時短された薬草回収を終えて、うとうとし始める。
いやあ、今日も色々あったなぁ……まさかスケさんと出会って、ダンジョンに潜ることになるなんてなぁ。
ダンジョン、かぁ……。
…………。
………………ん?
「……ちょっと待った!」
俺は思わず跳ね起きた。
いや、ダンジョンだ。ダンジョンなんだよ。
俺が、ここ数日真面目に講習会に出てるのも、今さっきやった薬草集めで納品することでギルドランクを
全ては
もう行けちゃうんだよ、というか既に潜ってきちゃったよ!
…………あれ、そうなると、だ。
「もしかして……急いで
多少のリスクはあるけれど、それはあくまで人間関係の範囲に収まるから、社会的な評判まで影響することに比べれば、どうということはない。もしや圧倒的なメリットしかないのでは?
これは……大幅な計画の見直しが必要になりそうだ。
上手いこと
でも、他の人に知られるリスクをどう回避するかとか、スケさんのこととか、色々と…………。
しかしその辺りが体力の限界で、俺は跳ね起こした上半身を枕に預けて意識を手放した。
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