第91話 贅沢な人生
作っていたサーペントの唐揚げがひと段落したのか、ラビット氏は魔道具を止めて何かを思い出すように遠くへと視線を向けた。
「やりたくないこと、やらなきゃいけないこと……そういうことを考えずに、やりたいことを選んでやれるってのは、随分と贅沢な人生だなって思うんだよね」
その目は、もしかしてこっちに来てからのことだけではなく、もっと昔の──前世のことを思い出しているのかもしれない。
でも…………ちょっと分かる。
選びたくても、選べない人生ってのは、確かにあるんだよな。
俺の前の世界の頃。
生活費のためにバイトを掛け持ちしたのも、それで落ちた成績を取り戻すのに寝る時間を削ったのも、なんか、決められた『普通』を守るために必死だった。
そして、その『普通』に至れないと気付いた後は、逃げるように『普通』から目を背けたり、距離を置くようになっていった。
一方でこっちに来てからは、実際のところ命の価値が軽くて、治安も悪くは無いけど前世の日本に比べるべくもなくて、食事だって最初に食べたあの屋台のサンドからすると察せる程度だけど、それでも、どこか『解放』されたと感じたんだよな。
クソみたいな親と偶然にでも顔を合わせたくなくて繁華街を避けたり、高校までの知り合いと顔を合わせないために離れた場所で一人暮らしとバイトを始めたり、SNSで
そんな『普通』に
……手前部分の理由はどうあれ、異世界モノってのに皆んなが憧れて、その世界に没入したいと思うのも無理はないし、そりゃ流行ったわけだよな。
実際、こんなに気持ちが自由で、選択を妨げそうな存在もなく、その『贅沢な人生』ってやつが送れるかもしれないという希望があるだけでも、俺は随分と救われてる気がする。
……最近はずっと女神像の量産ばかりしていたけど、久々に
「僕は仕事として顔を合わせもしない相手に料理を機械的に作り続けるのも好きじゃないし、魔法袋を狙う輩に怯えながら冒険者を続けたくもなかった。最小限の頼まれごとを引き受けながら、好きなものを持ち込んで喜んでもらい、好きなものを持ち帰って思い出にする……そんな暮らしが性に合ってるってところかな」
……うん、異世界で成り上がるだけが人生じゃないってことなんだろうな。
「まあ、ワイも結局は貴族に騒がれんのが嫌で身を隠したってとこあるし、似たようなもんやな。せっかくの人生やし、好きなように生きるんはええと思うで」
ああ、スケさんは『食材』という意味では唯一無二の『資産家』だし、既に悠々自適な暮らしが約束されてるも同然ではある。
ただ……若干問題なのは、異世界モノではよくあった『価値が高すぎて売ろうとしたら名前が知られてしまう』ことだけど。
多分『食材』だけではなくて、『素材』もちょっと、ね。いや、ちょっとではないか。
あのヒュージサーペントの皮だけでも
これだけでも3回ぐらいは人生を寝て暮らせそうなのに、ここからアリゲーターだワイバーンだドラゴンだって続きますからね。ええ。
……と、そんな銭の話をつらつらと考えているうちに、スケさんとラビット氏は今後やりたいことの話に移っていたようだ。
「個人的はこう、ちまちまとスキルを上げて行くのが好きなもので、機会があっては同じものを作っちゃったりするんですよね」
……なるほど、サンドイッチとかのあの
「ある意味でスキル上げが趣味みたいな部分はあるかもしれないです。お金が自由になってからは、そっちに散財してる感じですね」
「そういや、
「ええ、僕のスキルは特に珍しいものとかを調理すると上がりやすい傾向にあるので、最近は高ランクで美味しいものとは別枠として優先してもらえるようお願いしてますね」
珍しいものか……美食家と言われる人はゲテモノに行き着いてしまう傾向があると
「魔物の肉言うても、トラとかゾウとかは美味いもんやなかったなぁ。まあスキル上げのために
「ああ、その辺は古い魔法袋に残っているものを手に入れたことがありました。あれは確かに臭み抜きとかしないと食べにくい部類でしょうかね……。だからこそ、比較的安価で売れ残ってたのかもしれませんけど」
なるほど……色々と手を出せばそれだけスキルが上がるんだろうけど、美味しいか分からない肉に挑んでいくってのはなかなか過酷だなぁ……。
「最近手に入れてもらったやつで言えば、バイパー系の魔物が美味しかったですかね」
「ほー、毒蛇やったか? しっかし、あんなんそもそも食えるんか? 全身の皮膚に毒持ってたと思うんやけど」
「美味しかったですよ、基本的に毒がある魔物って元々の種族が柔らかく美味しいから、食われやすい傾向があるっぽいんですよね。だから、種族の中でも毒のある種類だけが残ったんだろうし、そいつらも毒抜きさえすれば大当たりする可能性が高くって」
……なかなか凄い視点だな、それ。食べたことある人じゃないとなかなか言えなさそうだ。
「ほんなら、ブラックドラゴンの肉とかも美味かったかもしれんなぁ」
「え、狩ったことあったんです? いやあ残しておいて欲しかったなぁ。僕、食材限定ですけどスキルで【状態異常無効化】ってのがあって、フグでもキノコでも
え、なにそれ凄い。
「状態異常には一種の臭みも含んでくれるみたいで、それまで牛乳とかで抜いていた臭みとかも
なるほど、ブラックドラゴンは問題なくても、ドラゴンゾンビはダメかもってことか。
しかし、毒を捌くだけで無効化するというのは凄いな。
それこそ俺だとあの『状態異常耐性:特大』が付いた『
……あれ? でもそうか。
ラビット氏は毒のある魔物を解体したいわけで、恐らく
俺は早速、ウェスヘイム子爵に
◇◆◇
その日はスケさんの
しかも、スケさんは醤油チャーシュー麺、味噌バターコーン、塩タンメンのそれぞれ大盛りという無茶を言い出したのに、ラビット氏は完璧にそれに応えてきたという。
ある意味で
なお、スケさんが相当気に入ってしまったので、食事の後に茹でた麺をわんこそばの要領で大量に格納門へ投入してもらった。
スープと具も大量に作ってもらえたので、しばらくは好きな時に好きなラーメンを食べられる状態になった。
ちなみにヒュージサーペントの唐揚げと、オークバラ肉チャーシューを使ったチャーハンも、余分に作ってもらったものを貰っている。
「そういえば、あの米ってどこのやつ? かなり上等なものだったけど」
そう、食材については元々ラビット氏の袋にあったものを半ば返却する形になったのだけど、チャーハンに使った米については切らしていたので先日収穫したダンジョン産のものを提供した。
「お隣のルーデミリュにある『
「へぇー! 僕も噂に聞いたことだけあるけど、食材ダンジョンだよね。まさかお米もあったのか。いいなぁ、お隣が安定したなら行ってみたいねぇ」
それなら、今度人手を借りるつもりで一緒に行ってもらおう。まだまだ採集道具はあるからね。
「でも、何でお米って切れてたんです? 焼き魚とか味噌汁とかあったのに、おにぎりや米料理どころかお米自体も全然無かったのが不思議で」
「ああ、うん。今日の話した中に出てきたと思うんだけど、
終いには、魔力枯渇寸前まで料理酒として出せる最高品質の日本酒を【調味料】スキルで出させたりして、なかなか大変だったらしい。
「でも、こっちもサムから頼まれた荷物を急いで届けなきゃいけなくてさ。朝一で若干ながら
ああ……そうか、あの現場ってそういうことだったのか。罠だと思った頃にはもう遅かったと。
「普段だったら多少は警戒してたと思うけどね……何せ、あの森だろ?
なるほど、これで合点がいった。
俺のLv.5とLv.10の値辺りからの類推ではあるけど、ラビット氏の
むしろ、蘇生できるという目安としてのLv.20らしいので、そこそこ長い間やってきたのであれば、かなり上でもおかしくはない。
そう考えると、背中への一撃で殺されたっていう出来事が、あの野盗の中の
「野盗が出るって情報あったんなら交代要員なしでは不用心やった、いうことやろなぁ。せめて【結界】の魔道具でも持っておくんやったな」
「【結界】……ですか?」
「ん? 無いんか? ワイの外にいた頃は商人やったら必須やったけどな。使い捨てやけど確実に物理は一回弾いて
「うーん、割と魔道具は好きで見てきたつもりなんですけどね……」
……なんか、失伝したのか封印されたのかは分からないけど、なかなか興味深い話になってきたな。
確かに俺も魔力感知や【気配察知】は、自動で通知が来るようないわゆる
スケさんが当時存在していたと言うからには、恐らく現代でも再現は可能なはずだ。
【結界】なんてのを常時発動して自身を守ることが出来れば、こんなに心強いことはない。多少の
ちょっと魔道具関連の本もこれから読むことだし、課題のメモとして残しておこう。
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