第92話 凄腕の解体師
「…………都合が良すぎるな」
こちらが諸々の条件を提示した後、領主代行として面会を受けてくれたリナの兄であるワルターから発せられた言葉が、これだった。
話は簡単だ、紫の紐を巻いた魔法袋に入っている毒系の素材を【解体】させてほしい、と。
リナからは事前に、
また、数年では足りない作業量が想定され、しかも依頼する工房へと運搬することだけでも盗難に遭う
壮大な
そこで、先日解体したヒュージサーペントの皮を
「こちらへの都合が良すぎる。勇者様と親しい間柄だと知らなければ、詐欺ではないかと疑うところではあるが、
……まあ、そう言われりゃそうだ。
「まして、解体した費用は不要だから肉の部分を回収したい……だったか? そんな元から食えもしないどころか、廃棄にも困るため魔法袋で永久保管する他ないと思っていたものを、あたかも報酬かのように扱うとは正気とは思えん」
……おっしゃる通りで。
まあ、ある意味でラビット氏のスキルも大概な存在だって証明にはなってるよね、うん。
「その辺りについては、珍しい素材を解体すること自体に強い興味を持っている方だ、ということでしょうか。孤高の職人が持つ強い
「……確かに、この大きさの
横幅10mの皮を丸めた、高さが2mほどにもなるヒュージサーペントの皮を見上げながら、
「では、もう1つ提案させてください」
「……何だ?」
「そもそもこの皮は、
「この皮が不要な廃棄物だと聞こえかねない言い回しだが…………まあいい。続けてくれ」
いや、実際売れないなら魔法袋の肥やしなんだけどね。
「次の食材を探したりする費用として、販路があればこちらを売り
「……ああ、そのことは承知しているし、尊重するつもりでいる。すると何か? その貴君らの言う『副産物』を出所が出ないよう代理で売って欲しい、ということか?」
「お話が早くて非常に助かります」
実際のところ、スケさんは肉さえ食えればいいし、ラビット氏は解体して料理さえできればいい。それ以外は割とどうでもいいっていう感じの方々。
逆に、そういった食材にかかる
「正直、勇者様にしてもその凄腕の解体師にしても、道楽でやっているとしか思えないことが常ですので、こちらの理解を超えた先にあると思っていただいた方が楽かもしれません」
「しかしだな……」
「むしろ、その付き合いによって自身の損得が結果としてどうなるかで動いていただいた方がよろしいかと思うのです。解体師は新たな素材を解体できる、勇者様は売却いただいた資金で新たな食材を解体師に依頼できる、その上でこちらウェスヘイム子爵家には解体済みの素材が残る。結果だけ言えばそれだけです」
「………………。」
まあ、正直ね。下手にウェスヘイム家から流入する金があると、その流れを辿って色々と探られそうだから、そこは
表面上は、あたかも無償で手伝ったかのように見えて、実際は双方に相応の利益があり、その関係性が健全に継続する。
実は
金を払って避けられる面倒なら、これほど楽なものはないって感じだろうし。
……なんか思考回路が
「……仔細承知した。ただ、持ち込まれた素材を市場に流すにあたって、出所を明かさないための持ち込み方を検討する必要がありそうだ。勇者様の名が出ないことは保証するので、一旦持ち帰らせてほしい」
「分かりました。お任せしますので、
◇◆◇
「おう、どうやった?」
「無事交渉成立、って感じかな」
解体後の対応などを含めて細かい点を
王家にも一応は入手した素材について共有はしているものの、毒性のある素材の入った魔法袋については『中身を確認していない』ことになっているそうな。
そのため、いっそそれを逆手に取って『中身は既に解体済みの素材で危険性が低いことを勇者様が伝えてなかった』ことにしよう、という話になった。
「それじゃ、素材を解体して皮や骨といった素材だけ戻して返却する感じなんだね」
「はい、ラビットさんには【状態異常無効化】で毒性を無くしてもらえれば、市場にも流しやすいのでお互いの利益になりますし」
「うん、こっちは滅多に市場には出回らない……というか、そうそう持ち帰ろうと思わない毒性の魔物のオンパレードだからね。いやあ解体するのが楽しみだ」
さて、素材解体まわりを任されていると言う
流れとしては、検品のために
2週間という期間は、恐らく80mの素材を解体する腕と魔法袋の中身の
概算なんだろうけど、大きく外してない気がする。
少しばかり話をしただけの印象だけど、俺の中では
解体場所や貴重な素材を守る警備体制、解体後の流通経路の段取りといった細かい部分について既に検討されていて、質問に対して資料なしでポンポンと回答が来るので、話が早くて助かった。
「そういえば、【解体】って同種族であればこの前みたいに丸ごと解体とかできるんですかね?」
「そうだね、魚であれば
そうなると、そもそも経皮毒や毒ブレスなどのような特別な毒性がある魔物というのは系統的に多いものではなかったように思う。
大体は蛙や
そうなると、紫紐の魔法袋に入ってる素材は、ラビット氏にとってそこまで種別があるものではないかもしれない。
とはいえ、各種もそこそこの大きさで量もあったので、ラビット氏なら1日2〜3種の
物によっては、ラビット氏の一気に【解体】できる大きさを超える都合で、分割する必要も出てくるだろうしね。
「解体場所はアジトダンジョンで問題ないですかね。ちょっとパーティを組んでるリナから『
「ああ、全然気にしなくていいよ。むしろ毒素材系は周りにいられると取り出した時の
それじゃ、ラビット氏もアジトダンジョンに一緒に行って、
俺は、リナに向けてまた明日から探索を再開する旨で連絡を入れた。
◇◆◇
「なるほど……これは想定外だな」
俺とリナ、クララ、スケさんが21層の探索を終えて、最初の
一応、謎の凄腕解体職人ってことになってたから、ラビット氏に貸してたんですよ、
本来であれば、丁度解体し終えた様子のラビット氏が、振り返って『おかえり』と手を振りながらこちらに近づいてきただけ、なわけです。
実際の絵面が、赤黒い返り血で染まったクマの着ぐるみが振り返り、帰ってきた俺たちに手に持ったナイフを掲げて手を振り追いかけてきた、ってだけであって。
2人は悲鳴上げて失神しちゃったし、スケさんは大爆笑してるし、ラビット氏は慌ててるし。
……魔力を通すと【
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