運び屋ロブと時を超える魔道具師

第93話 仕入れ旅の移動方法

きっかけは、ラビット氏の仕入れの話だった、と思う。


「夏ももうじき終わりだねぇ……恐らく来月には西の方で米の収穫がある時期だから、新米を仕入れに行かないと」


ウェスヘイム子爵家へ紫紐の魔法袋の解体物納品も済ませ、その後にスケさん用に残した食材系素材についても一通り解体を済ませて……そんな感じでこの世界に来て4カ月ほどが経とうとしていた。


ラビット氏はと言えば、なんだかんだで新しい家に調理場をいちから組み直すのも面倒ということと、蘇生された恩義を感じてスケさんに食事を提供し続けるためとで、拠点に滞在し続けてくれている。


家賃代わりだと言って、朝晩の食事もお任せしているけど……完全に舌が贅沢になっていて、ラビット氏の調味料を失ったら俺は栄養失調におちいるほど何も食えなくなる自信がある。


「そういえば、西の方って行ったことなかったですね。どんなところなんです?」


「うん、街道をフィファウデ方面に向かうと、そのまま西方向に向かっていくんだけど、1週間ぐらいでオベラジダ辺境伯領のナヤボフトって街に着くんだ」


ナヤボフトまでの経路は山越えを含むために結構な険しい道のようで、谷間の川に沿って出来た集落を繋いだ街道を辿っていくらしい。


ナヤボフトまで2日の距離辺りから見えてくる平野には、河川の水を使った大規模な水田があり、収穫時期になると一斉に実った稲穂で埋め尽くされるそうな。


「少し収穫時期より早めに行って、まだ刈り取られる前の風景を見るのも好きでね。山が切れて遠くに広がる一面の黄金色こがねいろが見えてくると、また今年も来たなって気分になるんだよね」


本当は米を渡し尽くしてしまった際も、またナヤボフトに行って仕入れてこなきゃと思っていたらしい。


「それじゃ、そろそろ準備でも?」


「そうだね、向こうまで1週間の護衛を雇わないといけないし、まあ可能なら往復で頼んで計3週間ほど拘束することになるからね。それに、秋にさしかかって収穫時期になる食べ物は他にもあるから、似たような感じで仕入れに行く商人が多いんだよね」


なるほど、そうなると護衛として同行してもらう冒険者が奪い合いになる可能性もあるってわけか。早めに確保しないと確かにまずそうだ。


「せっかく知り合ったし、君たちのパーティに護衛をお願いしたいところだったけど、他の領へ渡る依頼の場合はブロンズCランク以上の冒険者が必要と決められてるからね……」


ちなみに、定期的に冒険者ギルドで依頼を受けないと資格を失うということで継続的に魔力草納品を続けた結果、俺もアイアンDランクになっている。


スケさんこと冒険者名・剣士サスケもストーンEランクになっていて、もうすぐアイアンDランクだ。


先月ぐらいに薬草の開花時期ってのがあったので、それに乗じて手元にあった普通の薬草をスケさんと俺とで納品しまくったのが大きく影響しているだろうか。


2週間ほど放置された土手は、それだけでも薬草の量が倍になっていたけど、開花の効果としてさらに数割ほど増加しているようだった。


流石にそれを横取りするのは、気が引けたのでやっていない。ウッドFランストーンEランクの冒険者たちが前夜祭で心待ちにしてるのを目にしたら流石に、ね。


「どうしてもブロンズCランク以上のパーティが見つからない時は、単独ソロの冒険者とアイアンDランクのパーティで組んでもらってお願いすることもあるけど……ロブ君のところは何分秘密も多いしね」


「まあ、その場合は運び屋ポーターに徹して静かにしておくつもりなんで、気軽に頼んでもらって問題ないですよ」


「うーん……結構リナさんとクララさんもアイアンDランクにしては大概だと思うよ? 今どれぐらいだっけ、『成長レベル』って」


「この前2人がLv.20になったところですね、今はアジトダンジョンの25層辺りを回ってます」


「フィファウデで言えばだけど、3人でそれはシルバーBランク並みのパーティの強さなんだよなぁ……」


……まあ、2人はあまり貢献が多いと件の豚辺境伯令息を刺激しかねないので、ギルドへの納品とかも最小限にしているから、冒険者ランクと比較して不相応な強さを持ってる可能性があることは否定しない。


まして、2人は上昇したスキルレベルで増えた成長ポイントを各成長スキルに振ってるので、並の冒険者に上乗せした技量を持っている。


カタリーナ・ウェスヘイム Lv.20

▼片手剣 Lv.10 成長ポイント 2

・剣技 Lv.7

・剣術 Lv.5

▼火属性 Lv.7 成長ポイント 1

・火魔法 Lv.3

・火属性付与 Lv.5


クララ Lv.20

▼聖属性 Lv.9 成長ポイント 2

・聖魔法 Lv.7

・聖属性付与 Lv.3


比較対象が無いから分からないけど、リナ曰く『剣士が実用的な【火魔法】を撃てるだけで異常』らしい。


あと、スキルが無い俺ではリナに全く歯が立たないので、ゴブ師匠や最近ではスケさんに相手をしてもらっている状態だ。


……元勇者様に鍛えられた子爵令嬢が、大金かけて吊り上げパワーレベリングしたはずの豚辺境伯令息を相手に無双する様しか思い浮かばない。なんか向こうの未来を思うと可哀想になってきた。


クララもクララで、先日流石にシスター銭ゲバからちょっと【回復】の出力を抑えるよう言われたらしい。


どこかで訓練・・していることは勘づいているようだけど、まだアイアンDランクでその回復量を扱えることが知られると、下手すれば貴族とかに目をつけられかねないからと、忠告を受けたんだそうだ。


もちろん、今や貴族界で話題になっているウェスヘイム家の令嬢と付き合いがある彼女に手を出す輩はそうそういないそうだけど、侯爵や公爵あたりになると周りも口を出せなくなるとのことなので、念のためだそうだけど。


……まあ、豚辺境伯令息の件が解決したら、件の女神像ねんどろいどを各地の聖白銀教会に配る予定だから、珍しくも無くなっていくとは思いたい。


「なあロブ、ラビットをそのナヤなんとかに送っていったりでけへんのか? 格納門転移ゲートワープで」


不意に思いついた感じで、スケさんがそんなことを聞いてきた。


確かに前世におけるアシ代わりになれたら、スケさんやラビット氏の活動の役には立てそうではある。一緒に旅に連れて行ってもらうに不足しないというか。


……スケさんの戦闘能力にしても、ラビット氏の料理&解体スキルにしても、唯一無二の性能と言っていいと思う一方で、俺の【空間収納】は魔法袋で大半は代替できてしまうからね。


ただ、実際のところ移動係として実用的かというと……ねぇ。


「うーん、【空間収納】が停滞してるから、移動距離が伸ばせないんだよね……。暴走スタンピードの時に成長ポイントを一気に使いすぎたのがあだになっちゃったんだけど」


そう、15層を超えた辺りから格納門砲ゲートキャノンもパーティ戦闘で解禁されて、それなりに【空間収納】を使っているはずなんだけど、一向にスキルレベルが上がらないまま数ヶ月が経とうとしている。


……今度、女神像にでも『成長の進捗しんちょくが可視化されるようUI担当に交渉をお願いします』と祈ってみようかな。


「今の限界はフィファウデがギリギリだから、ちょうど移動距離としては1日ってところかな。1週間の距離であれば、6〜7回ほど中継地点を作れば送っていけるとは思うけど……」


「うーん、ちょっと酔いそうではあるね」


以前、忘れ物を取りに行くためラビット氏と短期間に格納門転移ゲートワープを繰り返したことがあって、その際に前世における『車酔い』のような症状が発生し、半鐘1時間以上も動けなくなってしまうことが発覚した。


馬車でそんな症状が出たことは無かったそうなので、言わば『魔力酔い』とか『転移酔い』といったところなんだろうけど、何にしても長距離を移動するには覚悟と休憩時間が必要にはなりそうだ。


「急ぎの場合、眠らせてかついで持っていく方法もあるやろうけどな、ヒャヒャヒャ!」


……ちょっと『あ、それでいいじゃん』と思ってしまったのは内緒だ。ラビット氏が苦笑いしたので飲み込んだけど。


「ほんなら、ダンジョン経由ならどうや? 向こうにある最寄りのダンジョンにでも飛んでけたら、大分ショートカットにはなるんと違う?」


うーん、まあそうなんだけど……それには大きな問題があってね。


「俺だけ先にダンジョンに行って、その場所を記憶さえ出来れば確かに着けるんだけどさ……。問題は、入退場が冒険者ギルドの履歴で残るから、探られるとマズいことなんだよねぇ…………」

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