第90話 運び屋ラビット

「僕も僕で、色々と食材を探して料理したいとか、旅に出て色んな場所を見てみたいとか思っていてね。だから、説得に失敗したフリをしながら、僕がお目付け役で一緒に行くからってことでサムの両親を納得させたんだ」


料理人シェフ】スキルがまだ低かった頃、同じ食材を扱っていても伸びにくく、新しい食材を扱っていくと加点ボーナスが入ることに気がついたそうな。


とはいえ、商家のため扱う商品は様々あるものの、それらを居候が勝手に使うわけにもいかないし、自由に使える金にも制限があったわけで。


そういったスキル的な背景もあって、ボスギルマスと冒険者として活動することを決めたらしい。


「まあ、非戦闘職の僕はしばらくついていくのがやっとだったけどね。サムだけが誘われることも増えてきた頃だったかな。偶然、あの魔法袋を手に入れる機会に恵まれたおかげで、運び屋ポーターとしてやっていけるようになったんだ」


ああ、そうそう。あの魔法袋ってほぼ【時間停止】で容量が特大という結構な高性能だと思ってたけど、どういった経緯いきさつで手に入れたのか気になっていた。


やっぱりダンジョンでの希少レア戦利品ドロップとかなんだろうか? あるいは隠し部屋発見とか。


「その日はサムが別のパーティに呼ばれてたから、僕はヨンキーファへの荷物運びを受けていたんだ」


当時は一応、『盾職』として登録してたものの、やはりスキルが無いと身を張って代わりに被弾するだけの『肉盾』ってやつにしかなれなかったそうだ。


でも怪我をしたら以降は引き返すしか出来ないため、あまり深い層には潜ることも出来ず、ポーション代を差し引くと儲けも全然出なくなってしまう。


そのため、軽い怪我の場合はポーションを使わずに冒険者ギルドで運搬の仕事を受けたり、知り合った食堂で調理場を手伝って日銭を稼ぎつつ、ボスギルマスは他のパーティに傭兵に出てそちらも稼ぎ、着実に装備品を整えていこうという話になっていたという。


「半年近くそんな感じでやってるだけで、僕とサムの『成長レベル』にも差が出てきてしまってね。しかも多少なりと『成長レベル』が上がったところで、伸びるのはDEX器用さAGI素早さLUKばかり。盾職とはミスマッチだなーとは思いながらズルズルやってた結果が半年というわけさ」


「……それじゃ、もしかして冒険者を諦めようと思ったりしたとか?」


「うん、【料理人シェフ】を活かした方が稼げることは間違いなかったからね」


同じものを作っても長くやればスキルも成長することは分かっていたから、それこそ王都にでも行って雇われるのも1つの手かもしれないと考えてたらしい。


荷物運びの行き先がちょうどヨンキーファだし、サムの実家にどこか伝手つてが無いか相談しに行こうかとも思っていたそうな。


でも、そんな時に転機が訪れた。


「ちょうどステラワルトあの森に分岐する辺りに差し掛かったところで、草むらに倒れている小柄な老人を発見したんだよ。幸いにも怪我をした様子は無かったんだけど……気がついて曰く、『腹が減った』と」


まあ、倒れるほどの大怪我をしていたとかであれば、当時はそこまで満足な金も無かったから高価な上級ポーションの持ち合わせも無かったけど、空腹であればそれはラビット氏料理人の領分。


幸い、当時まだ安かった馬鈴薯ジャガイモを保存食として常備していたので、ちょうどその頃に【調味料】スキルによって出せるようになったマヨネーズと胡椒を使って、ベーコンとポテサラのサンドを作って差し出した。


「いや、速かったね。3本作って1本は自分用に1本は夜食にでも……なんて思ってたんだけど、3本一気に持って行かれた」


いや、こっちの人にいきなりマヨはあかんでしょ。『薬も過ぎると毒』って言葉があるし。


「意識を取り戻した老人が、いきなり土下座をしだしてね。『あんな美味いものは食ったことが無かった、さぞ高級な食材だったに違いない。これで勘弁してもらえないか』と差し出されたのが、『小銭入れほどの皮袋』だった、ってわけさ」


ラビット氏としては、所詮馬鈴薯ジャガイモだし、マヨネーズや胡椒こそ珍しくても魔法でいくらでも出せるしで、小銭入れとはいえ全財産・・・を奪おうだなんて思ってなかった。


しかし、老人も一歩も引かずに『どうか納めてほしい』の一点張り。むしろステラワルトあの森の先にある村まで来てくれれば、足りない分は払えるとまで言う。


仕方なく、こちらだけで十分なので受け取らせていただくと返事するや否や、老人は感謝の言葉も言い終わるか終わらないかのうちに、森へと走り去ってしまった。


「まあいいか、と思って地面に残された小銭入れを拾ったら……何の中身の感触もない、ペラッペラの単なる皮袋。思わず叫んでしまったよね。『騙された!』って」


たまたま通りがかった商隊の護衛に見られて恥ずかしかったため、急いで背負い袋に放り込んでその場を立ち去り、忘れることにしたそうな。


その後、考えてみればボスギルマスに付き添うと言って許可を得たご両親に、どの面を下げて会いに行けるのかと思い直したラビット氏は、フィファウデから運んできた荷物を依頼先に届けた後は、男爵家に向かうことなく安宿に泊まったという。


そしてベッドで今後のことを考えつつ、腹が減ったので背負い袋を漁っていたところ、再びあの『小銭入れ』が出てきた。


「無性に腹が立ってしまってね、そいつを握りしめて床にでも叩きつけてやろうと思った時だったね、この石の部分が強く光り出したんだ」


節約のために魔石も買わず暗い室内だったので、突然明るくなった部屋にラビット氏は驚いた。


「直後、『所有者権限を登録しました』という声が聞こえてきて、それが何を意味するのかもなぜか理解できた。そうして、僕はこの魔法袋を手に入れることが出来たってわけだ」


その後、魔法袋の持つ性能が過剰すぎて結構マズいのではということに気がついたラビット氏は、ステラワルトあの森の先にあるという村に返しに行かなくてはという目的意識を持つようになり、魔法袋の性能を目一杯活かした形で冒険者活動を再開するようになったそうだ。


その1つが、知り合ったゴールドAランクの荷物持ち兼【料理人シェフ】という役回り。


ダンジョン内で保存食以外の美味い食べ物が毎食出てくる上に、全ての戦利品ドロップを諦めることなく持ち帰れるとあって、非常に好評だった。


「まあ、それもしばらくして『小判鮫』みたいに見られてしまったことで、長くは続かなかったんだけど……それでも、おかげで『成長レベル』も上がってサムと再び組めるぐらいには追いつくことができたんだよね」


その後、無事ステラワルトあの森の先で老人とも再会し、返却を申し出たものの改めて固辞され、どうしてもと言うならあの調味料を分けてくれという話になったとのこと。


確かにこの世界では手に入りにくい調味料でもあるので、それでいいならとMPが枯渇する勢いで提供したんだとか。


「実はそのお爺さん、引退した冒険者で他にも魔法袋をいくつも持っててね。僕が貰ったのは確かにその中でも普段使いで少しいいものだったみたいだけど、時間停止のものは他にもあるからと言われちゃって。だったらってことで、マヨネーズもトマトケチャップも大量に置いてきたんだ」


……確かにそんな出会いは、LUKを相当上げてないと引けなさそうだ。


なお、しばらくして老人の遣いだという人から度々【調味料】の追加を依頼されるようになったのは、また別の話。


「そんなこんなで、正式に魔法袋を手に入れたことになったわけだけど……もうその頃には全然『盾職』なんてやってなかったからさ。それを機に、冒険者ギルドの登録を変更しようと思ったんだ」


しかし、冒険者ギルドの登録の都合で、犯罪歴などが確認できなくても変更は認められていなかったそうだ。


それでも、どうしても変更したいと食い下がったところ、新規登録と同じ扱いであれば可能との言質を得た。


「実際のところ、件の『小判鮫』みたいな悪評も依然としてあったから、それもいいかなって思い直してね。それまでずっと名乗っていた『盾職のカイト海兎』から、改めて『運び屋ポーターラビット』って名前で新規登録し直したんだ」


◇◆◇


「いや〜面白かったな、前の世界なら『ご存知、運び屋ポーターラビットの一席でございました』って大漁節でも流れるところやったで」


温泉上がりに居間リビングの長椅子でコーヒー牛乳を飲みながらスケさんが言う。


確かに、高性能な魔法袋を手に入れた経緯ってのも気になっていたし、興味深い話だった。


まあ、そのステラワルトあの森の先にいるという老人の素性は少し気になるけど。


あ、そうだ。聞いておきたいことがあったんだった。


「ラビットさん、今後の予定って何かあったりするんです?」


「そうだねぇ……また3ヶ月後にでも調味料を持って行くか、それとも使いの人が取りに来るから、その辺りにはここにいるとして、しばらくはたぶんスケさんの食材を解体することになるんじゃない?」


あー、そうか。しばらくとは言うけど、どれぐらいかかるんだろうか。


まあでも、それはそれとして。


「ラビットさんって、既に十分な『成長レベル』に達してるようですし、やろうと思えば割と何でもやれるじゃないですか。だから、何か今後やりたいこととかあるのかなって思って」


例えば、普通に【料理人シェフ】の腕で貴族家を飛び回り、貴重な素材で唸らせていくような『流離さすらい料理人シェフ』みたいなことをやれば、金もコネもいくらでも手に入るだろうし。


もっと対象を中流以下に向けるなら、お好み焼きやたこ焼きなどソースとマヨが欠かせない料理を流行らせれば、右手をかざすだけで金が湧いてくるわけで。そんなの有力な商家とかが放っておくわけがない。


正直、運び屋ポーターという地味としか言いようの無い職に留まっていたのが不思議で、せめて本業の【料理人シェフ】で店でもやればいいのにとは思ってしまう。

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