第89話 1割

さて、順番に引き渡していこう。


皮と肉と骨については、そのまま切断されてない80m近い長さの素材に【解体】されたようだ。


試しに皮だけ取り出したら、見事に頭部辺りから尻尾まで全部繋がった1枚皮が出てきた。


なんか玉座の間に敷かれた扉から正面の壇上へと繋がる長い敷物カーペットみたいだよね。色味は緑色をしてるけど。


直径が3m程度だったからだろう、幅は10mぐらいある。


こういった素材って革鞄レザーバッグとか革鎧レザーアーマーとかへの加工とかが用途としては一般的だろうけど、長ければ長いほどいいとかってのはあるのだろうか。


背骨は素材としての価値があるかは分からないけど、これこのまま標本として需要ありそうな感じだ。一応取っておこうか。


そうなると頭も標本みたいにしたいけど……あ、骨だけ素材指定で切り出せそう。


80mあるサーペントの骨格標本はなかなか壮観で、きっとこっちの世界でも男子心をくすぐるに違いない。


ということで、頭骨と背骨は素材ではなく標本として売れるようにセットで残しておくことになった。


肉は恐らく長いまま使うことはないだろうけど、今すぐ使うものでもないかということで一旦保留。


内臓についてはまとめて1つになっていたので、改めて心臓と胃袋だけ切り出す。


どうやらラビット氏の【解体】は、一度解体したことがある素材を、任意の部位パーツに切り分けるかまで指定できるとのこと。


鳥類の羽根を抜いたりとか、魚を三枚おろしにしたりとか、ピーマンの種取りとか、そういった面倒な下処理を一気に済ませるのに重宝するんだとか。


今回の場合、内蔵系は腸を含むため処理を誤ると悪臭が出たり素材を腐らせる可能性があったので、取り出してから別で行うつもりだったようだ。流石はスキルを使い慣れている。


頭は頭骨ごと骨抜きになったので、キバは今回無し。目玉と毒袋だけ切り出した。


……と、そんな感じで残り2体も同様に【解体】を済ませて、本日のお試し解体ショーはお開きということになった。


俺が30本の柱と土台とを収納へと回収して後始末していると、スケさんがラビット氏に声をかけた。


「ほんならこれ、約束の1割や」


「あっ……」


まだ敷いたままだった最初の解体で使った木の板の方に、スケさんが約束の1割として10mで分割してからさばいたサーペントの肉塊・・3つ・・を転がした。


その時になってようやく、ラビット氏も何か・・に気付いたらしい。


うん、この後ワイバーンもドラゴンもあるからね……。


量産品魔法袋をそのまま借りることになったのは言うまでも無いですね。


◇◆◇


時刻はもうそろそろ7の鐘18時


元はラビット氏の建物だったというこの家が貸し出されていたため、ボスギルマスが調査を終えるまでは戻る家が無い。


そのため、2階の新しく作った寝室を使ってもらうことになった。


既に1部屋はスケさんが使ってるから、別の部屋ね。


それじゃ宿賃代わりに、と【料理人シェフ】の腕を振るってくれるそうなので、こちらも宿のサービスで秘湯へとご案内することにした。


「いやぁ、いいねえ。こっちに来て、湯を浴びるための魔道具が既に普及してるのは嬉しかったけど、バスタブや大浴場みたいな湯に浸かるまではあまり無かったんだよねー」


確かに、俺も初めにフランさんから紹介されたネット喫茶みたいな値段で泊まれる宿ですら、湯を浴びる屋内施設があることに少し感動したっけ。


宿に泊まる前の想像イメージだと、寒空の中でも井戸の冷たい水を浴びる他になくて、【生活魔法】で【清潔クリーン】ができないと詰みそうだとか、せめて水を温める魔道具の入手が急務になりそうとか、そんな感じだった気がする。


あの時点ではまだ『【生活魔法】が誰でも使えるかどうか』『後天的にスキルを入手できるか』すら検証出来てない頃だったもんなー。


結果として【生活魔法】は神託クエストの報酬として手に入れることが出来たけど。


やっぱり、リナやクララに大変好評ですよ、【清潔クリーン】は。


一方で、確かに銭湯みたいな施設は見かけたことがない。まだ全然この世界を巡ってないので、存在してないかまでは分からないけど。


「それにしても、ロブ君はこっちに来てからまだ3カ月も経ってないんだろう? 凄いよなぁ、家を持って温泉に入れるとか、既にこんないい環境を整えてるんだもの」


「まあ、その辺はこの辺りにも生えてるこいつらのおかげですよ」


そう言って、俺はまた緑から黄色に変わりつつある草むらの葉を眺めた。


「これは……魔力草かい? へぇー、群生地になってるんだ、この辺り」


「ええ、いわゆる魔力感知ってやつでこの辺の山の魔力草の穴場を探してたら、たまたま温泉まで見つけたんです」


「なるほどね。でもあるよね、薬草や魔力草が生える場所の傾向というかさ。僕もサムギルマスとDランクを目指してた頃は南の山で魔力草を探してたけど、よく通った穴場は川の源泉の近くだったりしたもの」


やっぱりそうなのか。そうなると、地中に魔力に関わる何かがあって、それが水に溶けて流れてくる、とかそんな感じだったりするのかな。


「【空間収納】は移動でも採集でもかなり利便性が高いですからね。人が行かない穴場で大量に収穫できたので、それを元手にポーション台を手に入れて、それで自前で採集から作成まで完結するから利益が大きかった感じですかねー」


まあ、中級ポーションの件は置いておいて、だけど。


「でも、こっちに来た直後は希少レアスキルではあっても戦闘系のスキルとは言えなかったんで、不安ではありましたけどね。ラビットさんはどうだったんです?」


料理人シェフ】ともなると、働き口さえ見つければ相当輝けるだろうけど、やはり非戦闘職は不安じゃなかったのだろうか。


「僕は完全に出会いが全てだったよね。転生したばかりのステラワルトあの森で幼少期からやんちゃだったサムが探検に来ていたのに出会ってね。街に案内してもらったら、実家が貴族の家で面食らったよ」


なるほど、本当にこちらに来てすぐぐらいからの長い付き合いなのか。


「サムの家は商家から貴族に取り上げられたという男爵家だったんだけど、当時は飢饉とかもあって貸し倒れが起こったりして、商売が上手くいってなかったらしくてね」


そういえば、ボスギルマス家名持ち貴族出身と言ってたっけ。商家だったのか。


「そこで、馬や豚の餌としてしか仕入れられてなかった馬鈴薯ジャガイモ玉蜀黍トウモロコシで彼らの胃袋を掴んだ、って流れだったかな」


あー、これもまた定番といえば定番の『家畜の餌』ってやつだ。


全く見向きもされてなかった食材が、調理方法によって一気に売物に変わっていく、価値転換展開。いいね、非常に異世界っぽい。


ラビット氏は、その馬鈴薯ジャガイモ玉蜀黍トウモロコシをフライドポテトやポップコーンとして塩味でもいける料理に仕立て、小麦などが不足して満足に食事できてなかった男爵家の助けになったそうだ。


その後は客人として、また料理担当の手伝いとして男爵家へと身を寄せながら【料理人シェフ】スキルを成長させていくことで、様々な調味料を取り出せるようになったり、あるいは【解体】スキルを覚えたりと、やれることを増やしていったらしい。


「サムの実家がなんとか立て直した頃だったかな、彼が家を出て冒険者になるって言い出したのは」


やはりヨンキーファの商家ともあって、フィファウデまで荷物を運ぶこともそれなりにあったため、護衛の冒険者と話したり、あるいはフィファウデの冒険者たちを目にしたりと、憧れがつのったのではないかという。


まして、ボスギルマスは商家の血筋としては珍しく、【剣術】スキルを持っていたんだとか。


祖母方に冒険者の血筋がいたそうなので、先祖返りかとも言われていたようだ。


元々恵まれた体格と剣術スキル、そして自身は三男で家業には頭のキレる長男がいて安泰ともなれば、実際のところ縛る要素は無かった。


ボスギルマスを溺愛するご両親を除いては、だったそうだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る