第22話 また忘れないうちに

早速、商業ギルドを出て西門に向かい、本日の中州巡りを済ませる。


もうこの川沿いの道も慣れたもので、どこに中州があるか覚えてしまった。


片道鐘2つ4時間の道中、河川敷に生える薬草を眺める。冒険者が摘んできた結果なのか、面積あたりの薬草は多くない。


踏み荒らされたり、薬草の摘み方が悪くて根を切って枯らせたり、みたいな感じなのだろうか。


ただ、薬草にも開花時期というのがあるそうで、年に2週間程度この河川敷が封鎖されるらしく、その後は再び薬草が辺り一面に生え揃うんだとか。


封鎖解禁後、冒険者たちはこぞって薬草摘みのために河川敷へと足を運ぶらしい。


まあ、あの中州のようなのが河川敷の面積いっぱいに広がっているとなれば、ポイント稼ぎのボーナスタイムだろうからな。単価が銅貨数枚数百円であっても、飛びつくことは想像に難くない。


そんなボーナスタイムも長くは続かないようで、1週間もすれば市街地の近いところから次第に禿げ始めて、2ヶ月経つ頃には上流から下流にかけて現状に似た状況まで戻ってしまうそうだ。


解禁してから1ヶ月ぐらいは、納品を受け付ける冒険者ギルドから収穫物を管理する商業ギルド、実際にポーションを作る薬師たちまでがフル回転するそうで、人が集まる時期ともあって街中は大いに賑わうという。


それこそ、解禁の前日には前夜祭と称して祭りが行われるらしい。


そんな話を、講習会の余談として聞いたなーということを思い出しながら、折り返した川沿いを街の近くの橋のところまで戻っていった。


宿に着く頃には日も沈みつつある夕方6時過ぎだった。今日は商業ギルドにも寄ったし、開始が遅くなったからこんなものだろう。


収穫はいつも通り、薬草だけで300本ほど。


これが簡単に売り捌けるならボロ儲けなんだけどなぁ……世の中そんなに甘くないことを知った1日だった。


◇◆◇


さて、宿に入って湯を浴びて、ラビット飯をいただいてベッドに転がる。この1週間はこのルーチンを繰り返していた。


ひと休みした後、この1週間ほどはいつも魔力消費と感謝を兼ねて、【空間切削】を使った神像インテリヤクザ彫りをしていたのだけれど、今日はちょっと違った。


そう、成長ポイントを忘れないうちに振っておかなければと思っていたんだった。


今の成長スキルの状況は、こんな感じだ。


Lv.10 成長ポイント:19

・容量拡大 Lv.3

・時間経過 Lv.3

・距離延長 Lv.3

・空間切削 Lv.3

・格納門増加 Lv.3

・格納門移動 Lv.1


ナイスガイの監視と並行して別の野盗を捕まえるために、視点を増やしたのが最後だった。


そういえは、その【格納門増加】もLv.3になってたから、副次効果があったはずだよなと思ったら、確かにあった。


それは、【通過指定】というもので、格納門ごとに通過できるものが指定できるようになる機能だそうだ。


あれ、そうなると、薬草だけとか毒消し草とかを限定して収穫できてたのって、【連続体削り出し】とかじゃなくて、こっちの機能だったのか?


まあ、結果として上手いこと収穫できてるから、区別する必要はないのだけれど。


しかし、よくよく意識して確認してみると、この【通過指定】は【連続体削り出し】と組み合わせることで、非常に使い勝手が良さそうな成長スキルのようだ。


【連続体削り出し】が指定できるのは本来単体だけのようで、中州の草であれば1本1本を収納する必要があったところ、【通過指定】によって草だけを指定することができたので、本来の成長スキル【空間切削】だけで事足りたというわけだ。


画像加工ソフトの『フィルタリング』とか『レイヤー分け』とか、なんかそういった機能に近い気がする。


そう考えると、要らない雑草とかは残したまま収穫することも出来そうだな……。


さて、話を戻してだ。ポイントを振るなら、まずはここだろう。


Lv.10 成長ポイント:14

・格納門移動 Lv.3


【格納門移動】は移動速度が上がった。後で測ってみたところ時速60km程度で、車ぐらいの速度ということになるだろうか。


お待ちかねの副次効果だが、【視野外開門】だそうだ。要は『視界の外でも格納門を出せる』ようになった。


『視界の外』とは言っているが……要は『遮蔽物しゃへいぶつがあっても格納門を出せる』ということ。


だから、部屋の外だろうと上空だろうと、どこにでも自由に出せるというわけだ。


ただし、これは便利である反面、【空間収納】における制限も見えてきた。


それは、『見たことがある場所であればどこにでも出せる』一方で、『見たことがない場所に突然出すことは出来ない』ということだ。


当たり前のことのようだが、要は『壁の中の部屋を突然透視するようなことはできない』ということになる。


野盗のねぐらは廃坑跡だったから扉もなく奥まで潜入できたが、完全な密室や結界が張られた場所には格納門を出すことはできない、ということのようだ。


格納門を出せる場所の制限はあるのかといえば、こちらは【距離延長】のLvに依存する。現在は500メートルほどだ。


試しに外に門を出して眼前に出した門とつなげると、確かに宿屋の外の景色が映った。


そのまま高度を上げていくと、ヨンキーファの夜景が一望できた。


もっとも、地球のそれと比べて明かりは少ない。冒険者ギルドには明かりがともっているようだが、あとは大通りと酒場ぐらいだろうか。


西の庶民の住宅地は既に明かりは少なく、東の貴族街の方はまだ煌々としている。


視線を門から外して、ステータス画面を確認する。こうなると、必要になるのはやはりこれだろう。


Lv.10 成長ポイント:5

・距離延長 Lv.5


いいね、今までの拡大法則からすると、距離は20m→100m→500m、と5倍ずつになってきたので、2段階上がって12.5kmということになりそうだ。


大体、俺の徒歩が時速3kmだから、4時間ちょっとの移動範囲をカバーできる。


4時間といえば……ちょうど中州巡りと同じ範囲だ。さっき思いついたこともあるし、このまま夜空のドライブと洒落込んでみようか。


少し高度を下げて、月明かりの暗い道を西へと飛ばしてみると、3分ほどで最近毎日通って見慣れつつある橋が見えてくる。


そこから、今日の昼間に採集に向かったのとは逆の北側に向けて飛ばしてみる。


川の流れに沿って車の速度で走るというのは、なかなか爽快感があっていいな。


いつも見慣れているはずの中州も、河川敷で横から眺めるのとは違って、上空から眺める視点で面白い。レースゲームとかの感覚だろうか。プレイ動画を見たことぐらいしかないけど。


中州の上まで来たところで、先ほど思いついたことをやってみることにした。


上薬草や上毒消し草など、最高品質のみ採集できるかということと、翌日以降の生育に影響するのか、だ。


◇◆◇


「なんか……こう、今までの作業は何だったんだってなっちゃうなコレ」


30分。


ほんの30分4半鐘で、片道分が終わってしまった。


まあ、そりゃそうだ。時速が20倍になったんだから、固定の作業時間を差し引いたら一気に短くなるのも道理なんだけどさ。


しかも、知っている場所なら距離の範囲内でどこでも出せるから、下流の最後の中州が終わったら、門を閉じて石橋のところまですぐに戻ることが出来る。


つまるところ、上流をすぐに開始することも出来るということになる。歩いて戻ってきていた時間がゼロになる寸法だ。


最高品質のみの採集はといえば、何ら手間もかからず出来てしまった。結果、むしろ雑草を散らす一手間すら省かれることになりそうだ。


これで、寝る前にでも1時間かければ、上流から下流までの採集が済んでしまうことになる。


本当、この1週間歩き続けた時間は何だったのかと思えてしまう。


……スキルチートの宿命ってやつなんだとは思うんだけどさ。常人の苦労が、相対的に価値を失う瞬間を目の当たりにするっていう。


まあ、薬草採取に関しては目処が立ってよかったということにしよう。次の目標として、『魔力草を探す』というのもあるしな。


いい感じにMPも消耗したので、夜景散歩は終わりにして格納門を閉じ、眠りにつくことにした。


明日は何しようかね……。

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