第55話 スケさんのアプデ

「聞いた感じだと……まあ、密輸だとか窃盗には悪用されるかもしれないけど、そこまで狙われるってほどのスキルかしら?」


まあ、そうかもしれない。この辺りまでは。


「狙われるとすれば、例えば……これとか?」


そう言って、今日も使ったどこにでもあるドアを取り出して床に置いた。


「ダンジョンに入れる魔道具……これが何?」


「うん、そう紹介したんだけど……これも実は俺の能力を使っているんだよね」


ドアを開いたまま格納門を出現させて、2人の後ろに行き先を指定する。ドアの先が自分たち2人の背中であると気付いて、急いで振り返るリナとクララ。


恐らくそちらでも、自分たちが後ろを向いている姿が見えることだろう。


「これは、【空間収納】が取り出し口……格納門って言うんだけど、その門を2つ以上作れることを利用してる。その2つの取り出し口を繋げると、実質的な空間転移門となるんだ」


本当、これを発見した時は勝ち確だと思った反面で、チートすぎてマズいとも思ったんだよな。


実際、希少レアスキルがあちこちから狙われがちな話を聞いて、改めてマズいことも認識したけど。


「成長スキルで伸ばした距離の範囲で、どこにでも作れるから、冒険者ギルドでも商業ギルドでも、果ては領主館でも王宮・・あっても・・・・繋げることが出来てしまう」


「……それは……転覆クーデターが捗りそうね」


暗殺、占領、脅迫……いわゆる【転移】スキルに準じた使い方が出来る以上、重要監視対象になるのは確実だろう。


「でもこれはまだマシかもしれなくて」


「…………マシ?」


まあ、一番個人的にまずいと思うのは、やはりノーリスクでの潜入ができてしまうことだろう。


2人には、とある場所の様子を見てもらうことにした。


「これは……今日入ってきた部屋?」


そう、2人の前に出したのは、スケさんと顔合わせした最初の安全地帯セーフエリアだ。


「うん、数時間の距離がある場所でも、ここから見ることが出来てしまうんだよね」


潜入の例を先に挙げたからか、2人はすぐにピンときたようだ。


人的被害を出すことなく、安全ノーリスクに敵情視察が出来てしまう。諜報ちょうほう活動にはもってこいだ。


場合によっては、機密情報を手に入れることも難しくない。


「これを軍議などの場に仕込めば敵軍の方針が筒抜けになるし、疑惑こそ出ても捕まるまでの危険リスクはない。この門の大きさも可変だから、気付かれないように小さくして覗き穴にすることもできる。……悪用しようと思えば、いくらでも悪用できるだろうね」


覗き穴、という単語に反応したのか、リナがわずかににらんでくる。


「…………貴方、やってないんでしょうね? 湯浴みを覗くのが趣味の犯罪者がパーティにいるとか絶対に嫌なんだけど?」


……やらねえって、そんなの。


単なる裸体を見るだけなら、前世でエロ動画サイトで見飽きるほど見てきたっての。SNSですら、そんなアカウントが山程あったってのに。


「正直覗きは興味ないし、そんなつまらないことで捕まりたくないからね」


どうせならこっちを意識して見せてくれるような方が興奮……ゲフンゲフン。何でもない。


「まあ、こんな感じで悪用できるスキルだから、使うにしても大っぴらにはできないことは分かってもらったとは思う」


「……そうね」


クララも頷いていて、同意は取れたようだ。


ひとまず、今後も建前上はドアを使い続けることで、何かの拍子にバレた時の備えとすることになった。


そうだ、格納門砲についてもこれで解禁になったから、後で戦闘に戻ったらお披露目しよう。


さて、スケさんの更新アプデはまだかな?


「ファッ!?」


スケさんの方を見た瞬間……なんか着ぐるみが異様に膨らんでることに気がついた。


すげーボコボコしてるんだけど。中に歪に綿を突っ込んだようなぬいぐるみっぽい見た目になってしまっている。


さなぎみたいに背中が割れて羽化した何かが出てくる予兆?


そんな異形のクマを眺めていると、少し前屈みになっていた頭が起き上がり動き出した。


「……あー、あー、どや? 声おかしない?」


……いや、おかしい。明らかにおかしい。


凄まじく、イケボになっている。


さっきまでの漫才師のツッコミ役みたいな高めの声から、2オクターブぐらい下がってる。


ボスギルマスと組んだら国も滅ぼせる感じの強者つわものさを感じる声だ。


「いや、声から着ぐるみから色々とおかしい」


「着ぐるみ? ……ホンマや! なんやこれ【体型調整シェイプチェンジ】効いとらんな。もっかいかけとこ」


そう言った途端、クマの着ぐるみはシュッとした。しかし、声の方は変わらずのようだ。


「スケさん、更新アプデは終わったの?」


「ああ、終わった終わった、色々アップデートしてもろうたわ。あちこちバグっとったらしいしな」


そう言うと、スケさんは被り物の頭に手をかけ、持ち上げた。


「は? えっ、スケさん! それ取っちゃヤバい……」


「大丈夫や、ロブ。…………どや?」


…………誰や。


そこには、今朝も見かけた頭蓋骨ではなく……イケボに釣り合った、イケメンの頭が入っていた。


目はキレ長の彫りが深くイタリア感ある顔。長髪には艶があり、僅かに見える素肌の肩にかかる様が色っぽくも見える。


「……アップデートされた?」


「せや。体力判定のバグで不死者状態だったお詫びに、【受肉】スキルもろうてん」


どうやらスケさんの体力判定にバグがあったようで、【暴食】スキル未使用時に空腹になると、HP減少の下限判定を抜けて負の値になってしまい、以降のダメージでも死亡判定が入らなかった、そうだ。


また、100年単位で空腹ダメージを受け続けた結果、負の下限を突破して体力が正の上限に転じたことで、今度は時間回復量が空腹ダメージを超えてしまい、今度は正の上限を突破。


その結果、どうやっても死にようがない、常に負の下限と正の上限を遷移せんいしてる状態だった、らしい。


以上は、スケさんのステータスオープンにも搭載された神託メールに、長文のバグ報告書として届いたものを、興味があったので後に読み上げてもらって知った話だ。


元がぶっ壊れスキルだけに調整も大変なんだろうけど、スケさんも不死バグとかなかなか面白いものを踏んだもんだ、とそれを聞いて思った。


「それで、【受肉】スキルって?」


「ああ、元の身体はもう朽ちてもうてるから、天使とかの顕現けんげん能力を流用したそうやで」


……運営女神様だから、やりたい放題だなオイ。


「ただ、空腹スタミナとMPでその肉を維持するから、スキルランクを上げて効率上がるまでは飯を食い続けて、やって」


空腹とMPが尽きると肉体が失われ、MPポーションで再度スキルを使わないと今度こそ空腹ダメージで死亡処理に入るそうだ。


飯を食ったり戦ったりすることで肉体が安定するため、それで受肉スキルは上がるので、しばらくは頑張って生き続けてほしい、とのことだそうだ。


「……それで、スケさんはなんで着ぐるみ脱いでんの?」


頭を取っただけではない、裸のままの上半身を晒そうとしていた。


「いや、流石に上半身までや。下は穿いとらんし。手がコレやと流石にモノを持ちにくいからな。ほんで、ロブ。なんか食い物くれへん?」


◇◆◇


とりあえず上半身とはいえ裸を女性の前に晒しておくのも悪いので、魔法袋の方に残っていた大人用の木綿っぽい半袖を着てもらった。


「レベルは上限やったから、数値は変わっとらんかったな。懐かしいわー、細かい数値は覚えとらんかったけど、確かにこんなんやった」


ハムとチーズと葉野菜をピリ辛マヨソースで挟んだパリジャンサンド(カットなし一本仕様)の2本目をスケさんに渡しつつ、更新アプデ内容などを聞いている。


ステータスの各数値も表示されるようになり、時刻表示も無事追加されたそうだ。


「…………あ、あの」


おっと、完全に2人を放置してしまっていた。リナがおずおずと声をかけてきた。


まあ、中身がイケメンだったことを知って戸惑ってるのかと思いきや…………なんか妙に緊張してる雰囲気がある。

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