第56話 ウェスヘイム家

「どないしたんや? リナ」


もっしゃもっしゃとパリジャンサンド一本食いしながら、複製コピーのマグカップに注いだワインをグビグビと飲み干すスケさん。


久々にワインが飲みたいと、スケさんから要望リクエストがあったので、簡素シンプル包装ラベルの安っぽそうなボトルを取り出して、栓を開けたところだ。


リスのように頬張っても様になるから、イケメンってやつは得だよな。


「もしかして……初代勇者、カスタス様、ご本人…………?」


「んー、勇者が初代かどうかは知らんけど、ワイは『暴食の勇者』と呼ばれたカサニタス本人やで。サインしたろか?」


声こそイケボになりこそすれ、変わらぬ調子の返しに、リナとクララは2人で目を見合わせている。


あれ。リナとクララはスケさんの姿でなんか勇者だって推測したっぽいけど、もしかしてスケさんって見ただけでわかるほど有名人だったりするのかな。


「私、カス……カサニタス様のお屋敷で執事をしていたハターモタ・ウェスヘイムの子孫で、カタリーナ・ウェスヘイムって言うんです!」


「おお、旗本はたもとのおっちゃんか! 懐かしいなぁ。元気に……はしとらんわな。しかし苗字付きで家が続いとるってことは、ワイがいなくなった後も上手いことやったようやな」


「はい、こちらでは……討伐中に消息不明となったと伝わっていましたが、まさか本当にご存命とは」


「ま、勇者やからな。そういうこともあるやろ」


いや、バグだったって報告書が来たんでしょ。


ちなみに、【受肉】スキルは見た目を任意に決められるとかで、魔王討伐前後の全盛期の、しかも痩せてた時の姿で固定したんだとか。


【暴食】スキルの関係で常にデブ体型チャージ完了だったらしいけど、やっぱり亡くなった英雄が肖像画に残されるとしたら、キレイめな姿だろうからなぁ。


2人の会話によると、リナのウェスヘイム家は、元が執事であったハターモタ氏がその後、勇者の残した遺物が分散しないよう管理する権利を得る代わりに、その地方を治める当時のキファイブン男爵(現・子爵)につかえることになったのが始まりだそうな。


キファイブン男爵は割とやり手だったそうで、地方の1男爵とは思えないあの手この手で有力な公爵や侯爵に根回しして、本来は国に取り上げられかねない勇者の遺物の大半が残るよう、尽力してくれたらしい。


その恩義に報いるべく、後に子爵となるキファイブン男爵を支え、その後も代々この地で領主に仕える忠臣として知られるそうな。


なお、勇者の遺物は今でも勇者博物館として生家を改修する形で管理され続け、ウェスヘイム家がその管理を続けているのだという。


「なあリナ、1ついいか?」


話がひと段落したところで、途中に出てきた気になる言い回しがあったので尋ねてみた。


「何かしら?」


「さっき『まさか本当にご存命とは』って言ってたけど、言い伝えか何かがあったりしたのか?『勇者が生きている』って」


そう、数百年前の人間が、仮に勇者や転移者であっても、流石に生き続けているとは考えないものだろうに、どこか確信とか可能性の示唆とかがあったかのような言い方だった。


まさか、救世主メシアの復活みたいな宗教的何かだったら狂信的すぎて怖いけど。


「ええ、実は今でも我が家では勇者様の遺物の1つとして預かっている、非公開の遺物がいくつかあって、その1つが……勇者様の権限付きの魔法袋なのよ」


あー、なるほど。ラビット氏の魔法袋の逆ってことか。


「本人が亡くならないと、他人が所有者権限を譲ることなんて出来ないもんな」


「……そんなこと、よく知ってたわね? そう、当時の高名な魔道具職人による調査で、本人が何らかの形で現世にいるから、権限移譲できないと言われたそうよ。……まあ、既に100年前から【空間魔法】使いの魔道具職人なんていないから、今更できるとなっても誰も遺品の所有者権限を剥がすなんて出来ないそうだけど」


現在、蘇生薬が高騰し、また聖魔法使いが重用されるのも、有力貴族なら持つ者が多い権限付き魔法袋の移譲目的だったりするとか。国としても、大病を患った際などには早めの移譲を行うよう勧めているらしい。


まあ、当主が財産を魔法袋に溜め込んで亡くなったら、一気にそれらが失われて領地運営が回らなくなる可能性もあるだろうしなぁ。


……もっとも、その失伝してしまってるという遺品の所有者権限移譲を、俺は出来るわけなんだけど。


これまた、下手に貴族に知られると面倒に巻き込まれそうだな。


……でも、この件ってボスギルマスに話してしまってたような気もする。まあ、ボスギルマスなら悪いようにはしないだろうと思うけど。思いたいだけかもしれないけど。


「だから、今となっては権限移譲の可否では確認できないけど、勇者様が生きている証拠として、私の家には魔法袋が残されているの。……万が一、勇者様の魂とかが現代に転生した時に、必ずお渡しすることこそ我々の使命だと伝えられてきたわ」


「ま、生きとったわけやけどな。しっかし、数百年もの間ずっと残してきたとか、旗本はたもとのおっちゃんもその子孫も律儀やなー。普段から何かときっちりしとったから、当時はくちうるさいと思っとったけどな……」


魔王討伐後、英雄には相応しい見た目があると戒め、常に体型を維持して不要に容姿を崩さないよう、食事量などにも何かと口を出していたのだそうだ。


長年の【暴食】が癖になっている勇者様スケさんは終始変わることもなかったようだけど。


恐らく、謀殺のことを踏まえると、他家から後ろ指をさされないよう、見た目ぐらいは評判よくしてほしいという、執事からの願いだったのだろうか。


「もしよろしければ、残っている遺物についてはお返ししたいのですが、お時間ある時にお越しいただけますか?」


「んー、まあ確認ぐらいはしとこか。了解や」


◇◆◇


話がひと段落したので、とりあえず今日は5層の転移水晶へと触れて、転移部屋ショートカットに戻る話となった。


昼休憩のつもりだったけど、更新アプデやら勇者様復活やらで鐘1つ2時間以上もいたから、既に時刻は6の鐘16時を回ろうとしていたからだ。


成長レベリングできることは確認したし、フィファウデダンジョン街に行かなくてもよくなったから、くだんの豚辺境伯令息も油断してくれることを祈って、焦らずに進めていけばいいだろう。


「せっかく1週間かけて味覚とか嗅覚とか喉越しまで再現しといて、無駄になってもうたなぁ……でも、生身にはまだ追いついてなかったかもわからんな」


ベーコンエピをちぎって食いながら、スケさんが言う。


現在は菓子パンのターンということで、ラビット魔法袋シリーズからあれこれ取り出して渡している。


食べた分は、クララの成長レベリングに貢献してもらって、早くラビット氏の蘇生を実現しないとな。


あ、そうなると冒険者登録してもらって、パーティ編成もした方がいいかもしれない。


魔王を倒したと言う最強の戦闘力で、本物の釣り上げパワーレベリングってやつが見れそうだ。


まあ、その辺りは【受肉】スキルってやつを成長させて、本調子になったらって話かな。


ちなみに現在は、時間短縮のために俺が格納門砲で魔物を間引きながら、5層から6層に向かう途中の安全地帯セーフエリアに向かっている。


戦闘さえサクサクとこなせるなら、1層あたり30〜45分ほどで通過できてしまう。既に3層は階段近くまで来ているようだ。


成長レベリング』については、3人分の経験値を稼ぐ必要がある都合上、どうしても時間がかかる。


低ランクで安全にいくか、多少の危険リスクは織り込んで少し上の層で戦うかになるだろう。


やっぱり時間かけても効率悪いし、後者の方が望ましいかな。


その辺りは、また2人の意見を聞きながら方針を決めていけばいいか。スキルレベルと『成長レベル』の優先度というのもあるだろうし。

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