第214話 説得完了?

「……1つ、テアがさっき汚れた時にかけてもらった【清潔クリーン】が、いつでも受けられること」


……突然何を語り出したんだ、リナ? それが説得材料?


まあ、言われれば別にかけるけど。今更そんな【生活魔法】の消耗MP程度は、秒で自然回復するし。


「2つ、いざ危機的な状況に陥ったとしても、よほどのことが無い限りは安全な場所に転移して戻ってこれること」


んー、それもMPさえ枯渇してなければ皆を逃すことぐらいはできるし、最悪でも遺体さえあれば蘇生できるところまでは持ち帰ることができるかな。


「3つ、今朝食べたような料理や、この前の個室で食べたような料理が、毎食提供されること」


そういや、お疲れ様会の時にも『パーティを離れないだけの理由』として挙げていたな。


別にそれも、ラビット氏から大量に提供してもらってるし、自由に使ってと言われているから、全然問題ないんだけど。


…………んで、なんでブートとテアはそんな真剣な表情をしているの?


「秘密を漏らすってことは、これらを放棄することを意味しているわ。ブートもテアも、地元のダンジョンで下手すれば泊まり込みで探索して、お湯も浴びられなかった覚えがあるんじゃないかしら」


え? もしかして、そんなことで説得されようとしてるの? この2人。


「あとは、さっき見せたような転移で戻って来れることは、ダンジョンにおいて大きな価値があるでしょうね。突然の暴走スタンピードが発生したとしても、安全地帯セーフエリアにでも逃げ込めれば、無事に地上まで戻ってこれるわ」


この辺は、フィファウデのことを知っているかどうかで差がありそうだけど……2人が頷いているところを見る限り、割と大きな出来事として知られているようだ。


……でも、実際に悪意ある魔道具によって暴走スタンピードを任意に起こした例があるとなると、確かに緊急退避手段が欲しいのは確かだろう。


たしか、ダンジョンから入手できる戦利品ドロップに、任意に入口まで帰還できる巻物スクロールってやつがあるんだったか?


「そして、ロブの【空間収納】スキルは時間経過が無いそうよ。だから、ダンジョンの中でも温かい料理は温かいままに食べられるし、冷たい飲み物は冷たいままに飲める。ダンジョンに潜ったことがあれば、その意味が分かるでしょう?」


ウォルウォレンとフィファウデに潜った時も、ベルトたちが口々に言っていたっけ。お前らの食事はズルいと。


まあ、チート級の【料理人シェフ】の各種料理が、出来立てそのままに【空間収納】へ突っ込んであるから、いつでも美味しく食べられて非常に助かっている。


ああ、『絶対に他パーティの前で食うなよ、恨まれるかたかられるぞ』とも言ってたな。


普段の食事で出てくる硬めのパンに加えて、保存食の塩漬け肉をかじる……といった状況に比べると、相当恵まれた状況なんだとは思う。


「あとは……そうね、貴女たちがまだ食べてない甘味スイーツが山ほどある、ってことも伝えておくわ」


うーん、確かにこれは殺し文句かもわからんね。


女子勢の甘味スイーツ好きは、確かに目の色を変えるぐらいには別格の評価基準なんだろうと思う。


別にこの世界は砂糖が手に入らないわけではないけど、それでも高級品には違いないし、ましてラビット氏は粉砂糖から和三盆糖まで何でも出せて、甘味スイーツの材料に最適なものを使っているので、他で出されるそれとは数段違うものになるのだろう。


「もし秘密が漏れた場合、国や学園にしがらみの無いロブは、即日で姿を消すでしょうね。私たちも、関連してあれこれ問われる前に身を隠すかもしれない。それはつまり……分かるわね?」


……なんか、真剣な表情で頷くブートとテアがちょっと面白いんだけど、ここは我慢しないとだよな。


「ヌールも、ロブのスキルが下手に知れ渡ると、活動できなくなったり一緒にいられなくなる可能性も出てくるから、漏らさないよう気をつけてね?」


「うん、わかった! 一緒にいられなくなるのは困るもん」


「まあ、冒険者は仲間以外にあまりスキルのことを漏らさないって不文律もあるからな。もちろん俺のだけじゃなくて、みんなのも口外するつもりはないから、互いに気をつけておいてほしい」


一応、俺のスキルが対外的には【土魔法】としていることと、親の形見で高性能な魔法袋を持っている設定であることを補足して、その部屋を後にした。


◇◆◇


「……そういえば、ここの転移部屋ショートカットってどこにあるのかしら?」


長椅子などを片付けて、いざ出発しようかという時に、リナがふと思いついた疑問を口にした。


あれ、そういえばそうだった。


階段を降りたらすぐにこの階層フロアだったから、ぬるっと探索を開始してしまったけど……階段上にも安全地帯セーフエリアみたいな部屋って無かったよな?


「ちょっと見てみるから、待っててもらっていいか?」


俺は、格納門を1層目の入口付近に繋いで、そこから階段を遡ってみることにした。


階段を降りた辺りには小部屋なんて見当たらないし、転移の仕組みがある以上はある程度の安全で封鎖された場所が必要になると思うんだよな。


普通に階層フロアのど真ん中にでも置かれてたら、飛んできた人と衝突したり、飛んだ先で衝突したりしそうだし、深い階層から1層に凶暴な魔物が飛んでこないとも限らないし。


今まで使ったことがある場所は安全地帯セーフエリアに接続してたわけだけど……今回は違うのだろうか?


そう考えている間に階段の上に着いた、と思いきや……階段側から見ると、なんか通路が2本あるな?


右側は、通路の先に魔道具の明かりが見える冒険者ギルドへ繋がった通路のようだけど、それじゃ左側は…………うん、あったね。


見覚えのある、転移部屋ショートカットの扉の前に置かれた台座が。


「あったあった、上から階段を降りる手前に、死角になるように分岐道があって、その先に転移部屋ショートカットがあったみたいだ」


そう言って皆の方を振り返ったところ、ブートとテアの2人が頭の上に『?』を浮かべていた。


「今のは……何を?」


「【空間収納】の応用だとかで、距離のある別の場所へと穴を繋いで、移動せずに遠くを覗くことが出来てしまうのよ。覗き魔が聞いたら、よだれを垂らして欲しがりそうなスキルじゃないかしら」


誰が覗き魔スキルだよ。人聞きの悪い。


「……便利ですね、ロブさん」


テアの言葉に、ブートが深く頷いた。


……いっそのこと、『便利屋ロブ』にでも改称するか?


◇◆◇


「一旦、休憩にしましょうか」


鐘2つ4時間かけて5層までやってきた俺たちは、階段に通じる通路の手前にある小部屋で、昼ごはん休憩をとることにした。


学園ダンジョンはどうやら、安全地帯セーフエリアから転移部屋ショートカットにつながっているフィファウデやアジトのそれとは違って、通路の先にそのまま階段がある方式のようだ。


また、この先の6層に繋がる階段の手前で通路が2分岐しており、その分岐された通路の先に転移部屋ショートカットが置かれているようだ。


……ちょっと開通を忘れちゃいそうだよね、通路の死角にこうして置かれちゃうと。


さて、昼食の時間ということで、再び長椅子を取り出して配置しつつ、みんなに【清潔クリーン】をかけて、土埃などを落とした。


昼食は、試しにおにぎりを出してみることにした。リナに渡した袋には、まだ米は早いかなと思って入れてなかったんだよな。


おにぎりの具は、ヴァル氏がラビット氏に渡した魚の魔物を油煮コンフィにしたものにマヨネーズを和えた、『ツナマヨ風おにぎり』だ。


胡椒も効いているが、魚臭さや生臭さを感じない出来になっているので、文句なしに美味い。


ヴァル氏も、ツナ風サラダとして初めて出された時に、味と食感の良さに唸っていたっけ。


一応、米が苦手な人向けにサンドイッチも出そうかと思っていたけど、思ったよりも好評なようだ。


よしよし……この分なら、オムライスとかカレーピラフ辺りから入れば、すんなり米食も受け入れてもらえるんじゃないだろうか。

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