第170話 ルクレール侯爵邸へ
クロエもローブを脱いで、部屋着っぽいものに着替えている。
ハーフパンツっぽい膝丈の下履きに、オーバーサイズのシャツといった見た目。正式名称は知らないけど、なんか部屋着っぽさはある。
というか、いつもローブ姿だったから、脱いだ姿というのは温泉を除いて初めて見たかもしれない。こんな感じなのか。
……なんだろ、彼女の部屋に入った感じというか、日常に入り込んだ感じがあって、少し胸が高鳴る部分はあるよね。
俺もお面を取って、少し汗ばんだ感じのあった顔に【
……んー、まあ、味は普通かな。
でも、陽が差しているとはいえ寒い中をしばらく歩いてきたので、落ち着く感じはする。
「そういえば、クロエのお父さん……ルクレール侯爵と面会のする時の格好って、どうすればいい?」
ウェスヘイム子爵の場合は、冒険者や商人として会っていたのもあって、正直気にしたことがなかったけど、今回は招待を受けていることもあって、その辺りの作法ってものが気になった。
基本的に、この世界における貴族の男性は、前世における
たしか、
さておき、こちらの世界における冒険者の正装事情ってどうなっているんだろう? やはり仕立服の1つでも持っておくべきなのか?
……あんまりベルトとかが持ってるのは想像がつかないけど。
「普通に冒険者なら鎧姿とかで問題ない。一部の偉業を成した
なるほど、まあそれなら気にする必要は無いか。
まあ、上等な服という意味で言えば、ベヒーモス一式の方が、下手な魔物素材の仕立服よりも値段も防御性能も高いだろうし。
……そういえば、現代の鍛治職人や皮革職人は、『物理・魔法耐性:極大』みたいな性能を付与できる人っているのだろうか。
リナの兄で領主代理をやったりしていたワルター氏が、スケさんの素材を解体してくれる職人が見つからないと嘆いていたっけ。
実際のところ、今時は素材がダンジョン頼みがゆえに、スキル上げもままならない可能性はありそうだ。
今後は
ちなみに、一部の冒険者が成して爵位を与えられたという偉業は、最深層のボス部屋討伐達成とか、ドラゴンスレイヤーとか、あるいはエリクサーのような伝説級のポーションを王家に献上するとか、そういった類の貢献を指すものだそうな。
なお、ダンジョンは最下層のコアを失うと崩壊すると言われているので、踏破してもダンジョンコアの破壊はNGとされているとのこと。
もっとも、かつては一部の危険なダンジョンをスケさんが潰しに行く羽目になったとか言ってたので、破壊できること自体は事実なんだとは思うけど。
「……正直、
いや、本当にそういうのは大丈夫なんで。うん。
貴族になるとか、スケさんと同じ謀殺の道を辿りそうだもの。
自分で言うのも何だけど……
まあ、逃げる分にはいくらでも逃げられるし、ある程度の傷はポーションあるし、まして蘇生薬まで手に入れてしまって残機×1を残してるから、その辺りは結構何とかはなりそうではある。
毒とか呪いとかだよね、怖いのは。あと、魔法阻害の手錠とかそういった類。ヴァル氏が解錠してたのと同型であれば、解けそうだけど。
……と、そんなことを頭に巡らせつつ、クロエと話をしていたら、入口の扉を軽く叩く音と共に、声が聞こえてきた。
「返事をお持ちしました」
おっと、ルクレール侯爵家に出した連絡の返信が来たようだ。
クロエが出て、小柄な執事から丸められた獣皮紙を受け取り戻ってきた。
……流石は貴族家からの書面ということなのか、いわゆる
「……この後、すぐに来てくれていいって。既に下に馬車は待たせているみたいだけど、どうする?」
どうするって……そこまで万端なのに待たせるわけにはいかないでしょ。ご家族、どんだけ心待ちにしていたのかって話だし。
◇◆◇
「すみません、すぐに出てしまうことになってしまうようで」
小柄な執事さんが見送りに来てくれていたので、すぐの
返信には、侯爵邸の方に受け入れの準備は整っているので、宿の方は引き払ってもらって問題ない旨が書かれていたらしい。
「いえいえ。また機会がございましたら、どうぞご贔屓に」
執事さんは深く頭を下げて、俺たちが馬車へ乗って去るまでそのまま見送ってくれた。
「……しかし、侯爵ともなると馬車も凄いね」
「ん……私も初めて乗った」
まあ、そりゃそうか。10年前のルクレール家といえば、まだ伯爵だったんだろうから。
家紋の方こそ変わってないそうだけど、馬車はその身分を他に示すという意味もあって、大きさは元より装飾が凝られていて、さながら神輿か何かのような豪奢な見た目になっていた。
……子供の頃に見たことがあった、ご遺体を火葬場に運ぶあの車とは思ったけど、流石に不謹慎だから言ってはいけない。言ったところで伝わらないだろうけど。
二頭立ての馬車は、わずかな傾斜のある坂道も難なく登っていき、正面に王宮の門が見えてきた辺りで右へと曲がっていった。
どうやら、この辺りが侯爵家や公爵家の家が並ぶ通りのようで、大邸宅と呼ぶに相応しい館が鉄柵に囲まれているのが見えた。
もっとも、この箱馬車はヴァル氏の魔改造した代物ではないので、ガラス窓なんて付いてないから、格納門を馬車の上に出して眺めてるんだけど。
というか、木枠の窓は間違えても開かないでいただきたい。もし少しでも開けたら、馬車の速度で吹き込む風で、たちまちのうちに凍えてしまいそうだ。
……ヴァル氏の魔改造した馬車という、なぜか前世における文明と程近い、贅沢な生活に慣れ親しんでしまったがゆえの弊害かもしれない。
【空間拡張】に【隠蔽】に【結界】、あとは魔法なのか何なのかわからないけど『空調』とか『
本来であれば、尻に直接感じるこの石畳の振動こそが、こちらの標準的な馬車であることを噛み締めつつ、俺は目的地に早く到着することを願わずにはいられなかった。
その願いが通じたのか、間も無くして馬車の速度が少し落ち始めるのと同時に、少し先にある鉄扉の前にいた門兵たちが慌ただしく動き出した。
門の中にいた兵の1人が、屋敷の方に向けて手振りをしているのも見える。
ややあって、馬車が門の前へと到達するのと同時に鉄扉は開かれ、中へと入っていく。
視界の正面にある、中学校か何かを思わせるような規模の巨大な屋敷の前には、きちんと職人の手入れがされていると見える広大な庭園が広がっていて、屋敷の手前にある噴水と思われる
──そして、その向こう側に正面玄関へと続く階段があり、その上に4人の人影が見えた。
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