第169話 王都モンスインペリ

「……どう? 10年ぶりの故郷は」


「うん……懐かしい」


路地から石畳の広がる大通りへと出たところで、クロエへと感想を求めてみたところ、深く被ったローブの下で、口端が嬉しそうに弧を描いていた


──誰もいないことを確認した路地に格納門を繋げて、俺はクロエと共にルーデミリュの王都であるモンスインペリへと移動した。


ちなみに、ここはトレフェンフィーハの王都オストシュタットよりも近く、ヨンキーファやフィファウデから3日程で着いてしまう距離の場所にある。


王都モンスインペリは、なだらかな山の上に王宮を構える大都市で、東西に走っている大通りの坂の下から上に沿って、庶民街から富裕街、貴族街と階級が上がるような構造をしているらしい。


今いるのは城壁から入ってすぐの庶民街で、大通りと垂直に交わる南北のそこそこ広い道幅の通りでは、露天で市場が開かれていて賑わいを見せている。


「……でも、私がいた時とは変わった」


「え、そうなの?」


「あの頃はあちこちで暴走スタンピードが起こった情報が流れてて、物が高騰してたから。雰囲気がもっと暗く沈んでた。今はみんな笑顔」


そういえば、食糧庫とも言える『収穫祭ハーベスト』や、魚介系の素材が獲れる『水族館アクアリウム』なんかも狙われていたようだから、実際に買い占めなんかも起こっていたのかもしれない。


街行く人々の顔は確かに明るく、市場は活気にあふれているように見える。


各地のダンジョンの暴走スタンピードが解消されたことで、流通網も徐々に元に戻りつつあり、経済的にも回るようになってきているということだろうか。


さて、賑やかな街を眺めるのはこのぐらいにして、だ。


「どこか良さそうな宿の場所ってある?」


一応、この辺りにも宿らしきものはあるんだけど、流石にクロエの実家から使いが来るとなると、少し考える必要があるだろう。


シルバーBランク以上が泊まる宿がいくつかある。どこか空いてるといいけど」


どうやら少し坂を登って一段上に、貴族街寄りの富裕街にそこそこ格式のある宿をいくつか知っているという。


ここは、クロエにお任せして案内してもらうことにしよう。


坂の始まりとなる辺りからが富裕層の区画だそうで、通りに建つ店もどこか格式を感じさせるものとなっている。


ヨンキーファでもそうだけど、富裕街は貴族を相手にできる商家を中心として、一部の元ゴールドAランク冒険者とかが住んでいたりすることが多いようだ。


庶民街と比べて人通りは減るものの、着ている服が仕立てられたものと思しきシュッとしたものとなっていくのは、これまたヨンキーファと似ている。


時折、明らかに冒険者らしいローブ姿のクロエに、場違いだと言わんばかりの視線を向けてくる人もいるが、相手をするものでもないので特に反応はしない。


そして……やはり、狐の仮面による【認識阻害】の効果はそこそこ高いようで、革鎧姿ベヒーモス一式でクロエの後ろをついていっているのにも関わらず、全然こちらに視線を向けられることは無かった。


◇◆◇


「見えてきた」


そう言って指差す先には、一際高い建物が見えてきた。


ああ、なるほど。


通りに面した重厚な見た目に、豪奢な飾りを伴った【灯火】の魔道具が複数設置されていて、一見して分かる高級宿ホテルといった佇まいだ。


その先は坂がひと段落しており、貴族街の区画となっているとのこと。


恐らくこの貴族街にほど近いところに建てられていることで、王都に向かうに当たって貴族に雇われた冒険者たちが泊まるのに都合がいい、近場の宿だったりするのだろう。


お値段も相応にしそうではあるけど、その辺りは今回ご招待ということで、クロエのご実家が持ってくれるそうだ。


それじゃ早速、中へとお邪魔しましょうかね……


「失礼、ご予約はおありでしょうか?」


……と思ったら、入口の扉の前にいた玄関番ドアマンに呼び止められた。


表情はにこやかではあるんだけど……なんか目が笑ってないというか、そこはかとなく見下されているような雰囲気を感じるのは、気のせいではないだろう。


「無い。予約が必要?」


「ええ、こちらにお泊まりのお客様は相応の階級をお持ちの方々になります」


ああ、そういう感じの高級宿ホテルか……。


「ですので、どなたでもお泊まりできるというわけでは──」


それならそれで、とっとと別のところに……と思ったその時。


スッと音もなく扉が引かれて、中から小柄な執事が現れた。


「アレクシ、そのままお通しを」


「えっ、しかし……」


「どうぞお客様、中へ」


アレクシと呼ばれた玄関番ドアマンの抗議を無視し、執事はクロエを中へと招き入れてくれた。


んー? これは玄関番ドアマン評価狙いスタンドプレイってやつか? やらなくても良かったことをやってしまったとかそういう。


でも、高級宿ってのはある程度の入店拒否ぐらいのものはあってもおかしくない印象イメージあるから、あの行動があながち間違っているとも思わないんだけど。


執事は窓口へと入って、宿泊手続チェックインを進めてくれている。


「……お久しゅうございます、ルクレール様。長らくお見かけしませんでしたが、お元気なようで安心しました」


ルクレール──クロエの実家である、現在のルクレール侯爵家となった家名だ。


なるほど、クロエと面識があったということか。


しかし、今は目深にローブを被っていて口元しか見えないのに、よく分かったもんだ。


……てかそもそも、さっきは扉が閉まっているところに中から出てきた気がするけど、どこで見ていたんだろうか?


「10年ぶりに、こちらに戻ってこれました。よく覚えておられましたね」


いつも朴訥ぼくとつとした口調のクロエが、流暢な貴族語丁寧語を話しているのを聞くと、少し面白い。


……一瞬、こちらをちらっと見てきたのは、黙っておけということなのか、照れ隠しなのか。


「客商売ですから、何年経とうともお客様のことを覚えているのが務めでございますので。ところで、お連れの方は部屋を分けた方がよろしいでしょうか?」


あれっ、名乗ってないのにバレた?


【認識阻害】は、少なくともさっきの玄関番ドアマンには効いてるっぽくて、入る時に全く見向きもされてなかったと思うんだけど。


「護衛でもあるので、一緒の部屋で問題ありません。一部屋をお借りできれば」


え? そこは流石に……


「…………かしこまりました。では、こちらの鍵を」


いや、かしこまらないでよ、執事さん。なんかこちらをチラリと見て、なんか色々察したみたいな感じ出してるけど。


流石にクロエ、ベルトたちとのパーティ旅に慣れ過ぎてない? 男はオオカミなのよ?


……まあ、別に格納門ひとつで拠点の寝室に戻れるから、問題はないんだけど。


ちなみに、差し出された鍵と呼んでいるものは、拠点のそれと同様にカード管理になっているらしく、どこかハイテク感を覚えてしまった。


入ってすぐの壁に差し込んだら、部屋の明かりが点いたりするのかな。


「滞在は何日のご予定でしょう?」


「1週間の予定です。そう、ルクレール家に使いをお願いしてもいいかしら?」


そうだった。着いたら宿から連絡するよう言ってたっけ。


「かしこまりました。滞在している旨をお伝えすれば?」


「ええ。ルクレール家の他には面会の予定は無いので、もし来ても取り合わないでいただければ」


「お申し付けの通りに。では、ごゆっくりとおくつろぎ下さいませ」


うん、親父さん宛てに伝言もお願いできたから、あとはしばらく部屋で待っていればいいのかな。


◇◆◇


…………うーん。


どう反応するべきだろう。


3階にある、窓の外に坂の下を一望できる素敵な部屋を借りることができたようで、ひとしきり眺めた後に風呂やトイレなんかを確認していたんだけどさ。


寝室と思われる扉を開いたところ、ベッドが2つくっついて置かれていましてね。新婚向けの旅館かよ。


まあ、キングサイズが1つじゃなかっただけ良かったと見るべきか。


……でも少なくとも、あの執事には『ゆうべはおたのしみでしたね』とでも言われそうだ。

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