第50話 ゲスト登場

「お待たせしました」


俺は2階のポーション台に仕込みを終えて、リビングにいる2人へと声をかけた。


いやー、ここまで忙しかった。


待ち合わせは3の鐘10時にしてたんだけど、寝てる間に仕込んだポーションを確認したり、朝一でスケさんに会って段取りを説明したり、着ぐるみでの案内を頼んだり、そして風呂で軽く汗を流してから最後に出かける前のポーションの仕込みをして、今に至っている。


風呂上がりのタイミングで2人が来てしまったので、ポーション台の仕込みをする間に、フレンチトーストとコーヒー牛乳を出して、少し待ってもらっていた。大変申し訳ない。


ちなみに、中級HPポーションの自動作成については、無事動作してくれた。


初級と上級の中間程度の魔石のサイズに合わせて、抽出時間を同じく初級と上級の真ん中辺りにセットし、何度か試運転をしてみたところ、問題なく中級HPポーションが出来上がることを確認できた。


10本分をワンセット10分で作成できて、半日で720本の計算だ。手作業よりも1.5倍ぐらい効率が良い。


しかも、自動作成でも結局は劣化が出なかった。


……これも、もしかして王都とかに運んでる間に発生した劣化素材が、【鑑定】の精度の問題で出荷されてしまってるとか、そういう理由なんじゃないだろうか?


昨晩から既に稼働させているから、試験動作も含めて既に300本。予約量の最大が6時間分の360セットになっていて、今朝の時点でテストの分も合わせると400本が出来上がっている。


最短であと1日かからずに預かっている分は作りきれる計算だ。


いいのか? こんな簡単に稼げてしまって。ほぼ機材を買っただけなんだけど。


もっとも、本体稼働と素材とで魔石を使うので、運用費ランニングコストはそこそこかかる。長期的には魔道具職人に依頼してのメンテナンスとかもだろうか。


魔石は備え付けのものがまだ全然あるからいいし、ダンジョンでも補充できそうだから問題はなさそうだけど。


ああ、そうそう。ガラス瓶用の素材が足りなくなりそうだったので聞いたら、商業ギルドでも取扱いがあったので買っておいた。


1袋1000本分で銀貨1枚1万円。とりあえず10袋ほど買っておいた。週明けまで空いた時間は、中級魔力ポーションでも作っておこう。


「ごちそうさまでした」


「……ごちそうさま」


2人とも立ち上がったところでササっと食器を片付けて、早速ダンジョンへ向かうことにする。


なお、2人とも朝食を食べてきたようだったので、ひとくちサイズに切って軽いおつまみ感覚で出したつもりのフレンチトーストは、戻るまで数分のうちに皿から消えていた。


甘いモノが別腹なのは、異世界共通らしい。


◇◆◇


「それじゃ、行きますよ」


拠点は原則として土足厳禁としているため、どこにでもあるドアを使う時には靴に履き替える必要があった。


そのため、リビングのテーブルを一旦避けて、絨毯カーペットを用意して履いてもらった。


ドアノブに手をかけて急いで中に入ってもらうと、そこは先日入ってもらったのと同じ、アジトダンジョンの入口だ。


「さて、改めてにはなりますが、この先に安全地帯セーフエリアがあります。そこから先が正式なダンジョンとなるわけですが、道も入り組んでいて迷う可能性があります」


今朝、準備しに来た時に魔石をすべて取り替えた灯火の魔道具が照らす坑道を、奥に向かって進みながら軽く説明に入る。


そう、本来であれば新しいダンジョンなんてのは、斥候スカウト測量士マッパーといった専門職が加わって、1つの階層を慎重に探索していくものであって、一歩間違えば帰り道を見失って命を落とす場所なわけだ。


フィファウデダンジョン街だって、元はそういった冒険者たちの努力によって情報が集積され、安定して攻略できる場所になっていったのだろうから。


少数にしか知られていないダンジョンなんてものは、本来は1日で5階も10階も進んでいいものじゃないんだよなぁ。


「というわけで、今回はこのダンジョンに詳しい助っ人ゲストをお呼びしています。スケさーん!」


安全地帯セーフエリアである、少し開けた資材置き場っぽい見た目になっている場所で立ち止まり、俺は転移部屋ショートカットのある方へと向いて声をかけた。


デデンッ


「どもども! ご紹介に預かったダンジョン案内人、ワイがカサニタスや。ロブからはスケさんて呼ばれとる。まあ好きに呼んだってや。しかしまあ、えらい別嬪ぺっぴんさんを連れてきたなぁ! やるやないの、ロブ」


「「…………。」」


もちろん、2人の前にいるのは、クマの着ぐるみの何かですよ。


打ち合わせには全く無かった、バレエのピルエットっぽい横回転をしながらの跳躍での登場をしてくれたけど。


着地でしっかり体操選手っぽいポーズをキメて。バレエなのか体操なのかはっきりしてくれ。よく頭が落ちなかったな。


当人は前から着ぐるみアクターだったかのようなキレのある動きを見せている。


…………今朝、打ち合わせのためにダンジョンに来てスケさんに着ぐるみ見せたら、嬉々として着はじめて大層気に入ってくれたんだよな。


こっちが、パーティを組んだ2人を連れてきたいんだけど、骸骨スケルトン姿だと剣を向けられたり【聖魔法】ぶっ放されたり大変なことになりそうだから……なんて説明をする必要が無くなってしまった。


どうやらスケさんの外にいた時代は、こういった娯楽に全振りしたような衣類が作られるほどは、経済も文化も発達していなかったようだ。


精々が着道楽マニアな一部の貴族の趣味の範囲であって、大衆が着るのは染められてもいない織物や毛皮ぐらいのものだったとか。


まあ、落ち着いたところで説明しておいたけど。無事、案内役を快諾してくれたので、安全地帯セーフエリアで待機していてほしいとお願いしておいたのだ。


2人を連れてくることについても、問題ないと言ってくれてよかった。


難色を示された場合は、別の層で待機をお願いする他になかったかもしれないし、完全に俺しかナビができないため、記憶を頼りに坑道の見た目であるダンジョンを進むほかにないところだった。


ここの魔物はそれなりに強い。戦闘能力も戦闘経験も足りてない俺が、咄嗟の時に補佐フォローできるか分からない……いや、無理だろうな。そんなことができる戦闘力があれば、既に俺は無双してそうだ。


何にせよ、スケさんが助っ人ゲストを引き受けてくれてよかった。


もっとも、着ぐるみでスケさんのテンションが上がりまくってしまった結果、神像によるステータスオープン更新とお礼として刀を渡すのが後回しになってしまった。


まあ、クマの着ぐるみが刀を佩くことになっていた可能性もあるので、後回しでよかった気はしなくもないけど。終わってから2人には少し待ってもらって、渡す時間でも作ろう。


さて2人はと言えば、異様に機敏なクマの着ぐるみを着た何かが現れて、警戒すら出来ずに立ち尽くしている。


何を呆然としてるんだ、ここは戦場だぞ? とでも言いたかったが、まあ安全地帯セーフエリアだしな。


「はいはい、それじゃ時間も惜しいので説明や質問は進みながらやっていきますからね。ではスケさん案内お願いします」


「おう。ついてきぃや」


「えっ? ええっ?」


「ちょ、ちょっと待っ……」


「ええからええから」


……そういえば、俺が初めてダンジョン来た時も、あんな感じでスケさんに『ええからええから』って波に攫われるような有無を言わさぬ怪力で、背中押されて入っていったんだよな。


未知のダンジョンに入るという恐怖で躊躇ためらう気持ちは非常に理解できるが、結果的には『案ずるより産むが易し』だったし、今日は最低でも5階には到達しておきたかったので、段取りとしても非常に助かるなーと思いながら、俺は3人の背中を追った。

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