運び屋ロブとダンジョン暴走

第69話 暴走

──暴走スタンピード


周期的に発生する、ダンジョンでの異常な魔物の増加を指す。


増加の規模は様々で、発見の遅れが重なるとダンジョンから外へと魔物が溢れることもあり、周辺に甚大な被害を及ぼす。


また、一度発生すると収束までに長期間に渡る討伐が必要になり、記録では10年に渡り付近が隔離されたこともあるという。


そのため、適切な間引きにより管理することが、ダンジョンを保有する領主の最も優先すべき義務とされている。


もっとも、長期的な観測結果と検証により、被害範囲と発生期間に上限があるとされており、地域を永続的に占有される危険性は低いものと考えられているため、扱いとしては火山の噴火といった自然災害に準じている。


このことから、国は住民の避難手段の確保に関する整備のみ、領主の責任および被害発生時の賠償の対象としている。


(冒険者ギルド発行、『ダンジョンの手引き』用語解説より抜粋)


◇◆◇


ヨンキーファから北へ街道に沿って向かって60kmほどの場所に、ダンジョン街フィファウデはある。


元は地下鉱山のある小規模な集落だったものが、数百年前にその地下鉱山の一部からダンジョンが発見されたのを機に人が集まるようになり、現在のような巨大な街へと発展したそうだ。


その地下鉱山はダンジョンが発見された初期の頃に暴走スタンピードによって崩落したとのことで、現在は街の中央部に直径30mほどの深い大穴が空いていて、その底にダンジョンの入口とそれを管理する冒険者ギルドが配置されている。


そんな大穴を中心に、すり鉢状に街は形成されていて、内側から波紋のような同心円で3つの石壁が存在している。


それらの石壁は暴走スタンピード対策で、有事の際には内側から順に封鎖されて流出を防ぐことになる。


本来は城壁に囲まれる目的は、徘徊する魔物や、あるいは野盗や戦争など人に対する、外に向けた対策なわけだけど、この町では真逆の方に向いているのが興味深い。


……もっとも、今回のように本当に使われることになるのは、実に100年ぶりのことらしいけど。


「今のところ……」


「…………ああ、俺が聞いたのは……」


「……そうか! 連絡がついた…………」


俺はヨンキーファの冒険者ギルドで話を聞いた数時間後には、既にフィファウデダンジョン街へと潜り込んでいた。


居ても立っても居られない、というのがまさに正確な表現だろうか。


何かを調べるにしても、ヨンキーファにいたままでは不確かな情報ぐらいしか得られるものがなかっただろうから。


元の世界のSNSであれば現地の動画やら写真やらが即時オンタイムに流れてきたかもしれないけど、こちらの世界にそんなものは当然ながら無い。


なので、情報の鮮度は物理的距離の短さこそが絶対正義というわけだ。


だからといって、考え無しにフィファウデまで来たわけでは無い。


言わずもがな、ここまでの距離は格納門を過去最高速まで飛ばして来たわけだけど、そこはそれ、フィファウデの門をくぐるような愚は犯してない。


原始的とはいえ、街の出入りの時間を照会されると明らかに異常な速度での移動が明らかになって、手段を問われてしまう可能性があるからだ。


なので、現状は城壁を越える高度から潜り込んで、路地裏から街中へと潜入している状況だ。


一応はヨンキーファから出る際に北口の門を通ってきているから、半日程度が経過した朝明けてからでも、正式な入場記録アリバイは残しておこうかとは思っているけど。


それはさておき。


現在いるのは、第2層と呼ばれているフィファウデの中でも中間層に位置する、宿屋に併設された酒場だ。


中央の穴とその周辺を含む壁に囲われた部分を第1層として、そこから外に向かって第2層、第3層、と区分されているようだ。


現在その第1層は退避勧告が出されていて、冒険者こそ出入りはするものの、その周りの消耗品や装備品などを売っているような店は軒並み閉められていて、周辺の宿も受付していないようだった。


もっとも、第2層より外側は普段通りというか、むしろ第1層から流れてきた冒険者らがいる影響もあって、もうすぐ日を跨ごうかというのに酒場は盛況だ。


なんせ、俺もこの店に来るまで数軒ほど回って満席で断られたぐらいだ。あと1軒断られていたら、格納門だけ酒場の中に残して屋根の上ででも聴いてようかとすら思っていた。


そんなこんなで、夕食のついでに情報収集のために、肉と芋が盛られた皿をつまみ水代わりの薄いワインを舐めながら、俺は周りから聞こえる声を拾っていた。


「……でもまあ、向こうの冒険者ギルドで聞いた話と大体一緒みたいだな、分かってることは」


そう、ヨンキーファのギルドで窓口のお姉さんから聞いた情報と、さほど差はなかった。


暴走スタンピードは現在4層で食い止められており、今まで発生した記録から予測される規模としては溢れ出す心配はない』


『ただし、従来のような季節性の暴走スタンピードと異なり、ギルドからの階層制限なども告知されていなかったため、中層以降に多くの冒険者が取り残されている』


『帰還できた冒険者のうち、最も深い階層から帰還したのは13層。それより下の階層からの冒険者の生存は確認できていない』


『規模から予測される収束までの期間は最大で半年』


『フィファウデダンジョンは転移部屋ショートカットを持たないため、発生した階層以下からの帰還は希少な巻物スクロールを入手できた場合を除いて困難を極める』


安全地帯セーフエリアに逃げ込めれば魔物は侵入できないが、攻撃によって防護効果が限界に至った場合は突破されることがあるため、暴走スタンピードの進路にある安全地帯セーフエリアは避けるべきである』


……と、そんなところか。


あと、ヨンキーファのギルドで聞いていた話として……


ウォルウォレンリーダーたちの最大到達階層は27層とシルバーBランク帯では標準程度、今回は階層更新を目的としていると申請があった』


……という情報があったか。


このダンジョンでは常に500パーティ・2000人前後が潜っているので、特定の誰かの情報が流れてくるとは限らないとは思っていたけど……やっぱり、彼らの情報が得られるわけは無かった。


多少なりと期待してしまっていただけに、うん、言っては何だけど、もどかしい。


せめて……どこで見かけたとかの情報ぐらいあれば、希望も持てたとは思う。それすら無いという、ままならない今の状況が、実にもどかしい。


いっそ、このままダンジョンに突入してしまえば、とは何度か思った。


でもそれは、リーダーベルトたちやボスギルマスの配慮を無にする行為だと、思いとどまっている。


しかし……それにつけても、情報が欲しい。


このダンジョンにも安全地帯セーフエリアは存在するので、そこにさえ逃げ込んでいれば少なくとも現時点・・・で生き残っている可能性はある。


具体的な各階層の安全地帯セーフエリアについても情報が欲しいところだけど……その辺りは明日にでも冒険者ギルドで地図を買うのが妥当だろうか。


ちなみに、ギルドで販売されている公式の地図の他に『草地図』と呼ばれる、冒険者たちが現場で得た生の情報が書き込まれた手書きの地図もあったりする。


採集や成長レベリング、あるいは攻略といった目的別で特化した内容の『草地図』は、言わば『白地図』のような公式地図とは違って、利便性が高いようだ。


言わば、学校で配られた地図帳よりもコンビニやファストフードが記載されたネット上の地図サービスの方が、具体的な目印も記載されていて使いやすい、みたいなものか。


ただ、『草地図』は割と玉石混淆ぎょくせきこんこう博打ギャンブルに近い代物しろものらしいので、自己責任での利用をお願いします、といったところのようだけど。


書き込みが本人の単なる思い込みや認知偏向バイアスだったり、単なる偶発的な現象をあたかも再現性あるかのように書いていたりと、必ずしも信用できるとは限らないようだから。


それだけに、出回っている『草地図』には『あの◯◯ギルド御用達!』だとか『△△氏も愛用!』だとか、書店で見かけた張り紙のような売り文句が添えられているそうだけど。


「…………はぁ」


俺はため息をついて、1つ伸びをしながら周りを見回す。


現地で得られそうな情報はこの辺りが限界だろうか。


店内には酔い潰れた冒険者たちもあちらこちらに転がっていて、併設された宿の部屋へと引き上げていく様子もちらほらある。


俺は皿に残っていた芋を口に放り込んで木製のジョッキを空にすると席を立った。


そして、帰り際にトイレを借りる風を装って個室のドアの先をそのまま拠点に繋いだ。

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