第6話 組長

もう、なんだろ、本当に組長ボスだこれ。


白髪ではあるがオールバックにしていて、眼光鋭く、左頬から喉元にかけて爪でやられたと思われる平行2線の傷跡。うっすら額から目頭を通り右頬にかけた斜めにも切り傷がある気がする。


うわー、胸板厚いわー。雄っぱい豊乳。肩にはジープ乗っけてて、半袖白シャツがバルカン半島かといわんばかりの火薬庫状態。いつ弾け飛ぶかわからん。


「どうした」


「あ、いいえ、失礼します」


なんとか腹に力を入れて、体が動くタイミングを作って膝を動かして、しゃがみ込むように座る


あれ、えーとなんだっけ。


なんでこの部屋にいるんだっけな……。


ああ、そうそう。


「あの、サミュエルさんという人を探していたんですが……」


「ああ、私がギルドマスターのサミュエル・キーファだ」


なるほど、偶然なのかなんなのか、ギルドマスターがサミュエル氏だったと。


まだあの羊皮紙を書いた本人かは分からない。しかし、窓口の方がすぐに繋いだことを考えると、恐らくはラビット氏にも心当たりがある、のだろうか……?


「ラビットさんという方には心当たりはありますか?」


「……ああ、数日前に仕事を依頼した。早ければ今日の昼には戻ってくる予定だったが、まだ着いたという報告は上がってないようだな」


あー、恐らくあの位置からなら馬車であれば数時間てところだろうか。これは、ほぼ確定だと思っていいかな。


どうしようか。とりあえずサミュエル氏にはくだんの羊皮紙にあった輸送品の受け渡しと、ラビット氏の身元について確認したいんだったな。


まあ、まずはあの羊皮紙を見せて、輸送品についての話でも進めようか。


あのメモのような羊皮紙自体は、見せても詳細を記載してないから問題ないだろう。


「この依頼書に見覚えは……」


【空間収納】に入れていた羊皮紙を、尻ポケットから取り出したように見せかけつつ、ボスの前に差し出す。


依頼書を手に取った直後、握り潰さんかのように力がこもり、すぐに力を抜いて机へと投げた。


「そうか……。ラビットは死んだのか」


いや、気が早すぎだろ……と思わなくもなかったが、事実として亡くなっているし、そう解釈されるということは、あの魔法袋からよっぽどのことがなければ他人に渡るはずがないもの、ということなのだろう。


「実は、亡くなったのがその依頼書の持ち主だったのかを含めて伺いたくて、サミュエルさんを探そうと思っていました」


「……ああ、そうだな、これを持っていたのが本人とは限らないか。それで遺体があった場所は?」


「街道を右にそれた森に入って、私の足で鐘1つ半3時間てところですかね」


現場はそう、あそこから森の出口までが歩いて3時間ちょいだった。まだ血の跡は残ってるとは思う。


というか、時間まで単位の自動変換とかほんと親切だな。鐘ひとつで2時間という計算か。


「冒険者ギルドに依頼して明日にでも回収させるか……」


あっ、そうか、持ってきたのはこの羊皮紙ぐらいって思うよな。


「あの……」


「何だ」


「あー、いや、えっと……」


『実は馬車ごと持ってきてるんですよ〜』なんて言おうとして、ふと思いとどまる。


大丈夫か? 【空間収納】についてバラしても。


個人情報保護やプライバシーみたいなのは、ある程度ガバなのが異世界あるあるだが、守秘義務とかぐらいは商人同士でも信用問題だから最低限守ってくれるよな?


最悪のケースとしては、ギフト持ちは国に差し出さないといけない、とかで拘束される可能性はありそうだけど……まあ、大丈夫だろう。きっと。


「あの……持ってきてるんです、ラビットさん」


「……何?」


「ヒッ」


いや、ドス効かせないでよボス、下から上から漏れちゃうから。マジで。【威圧】スキルがパッシブたれ流しよ。


なんか、ストレスフルな時のひょうきんモードに精神が緊急退避するのを感じつつ、なんとか話を続ける。


「え、ええと……ここだと出せないですが、どこか人が来ないような広い場所とかありますかね」


「……ついて来てくれ」


その少しの溜めすら何もかもが怖い。精神がガリガリ削られていく。


立ち上がりながら、こっそり下着が湿ってないか確認しつつ、ボスの後を追った。


◇◆◇


「部屋を使うぞ」


「へい」


納品や買取を行う地下にやってくると、荷物・倉庫の担当と思われるギルドの担当者に声をかけて、通路奥に進んでいく。


床材は石のようで、硬質な足音が通路に響く。


「ここだ、入ってくれ」


魔法扉だろうか、カードか何かをかざして鍵を開け、ボスが片手でドアを引きながら、中へと手を向ける。


前世で、首からカードを吊るしてる人の仕草で見たやつに似ていて、なかなかテクノロジー感ある文化水準だなと思った。


部屋は4トントラックが余裕で入るガレージぐらいの広さで、外向きに大きめの両開きドアがある。


荷下ろし用の車庫、といったところだろうか。


「ここであれば誰も来ない。何を出しても問題はないだろう」


密室……! 何も起こらないはずが──


とまたフザけが頭に流れそうになるが、これから出すものを考えると、今はやめておけと切り替える。


「そ、そうですか……であれば、ええと」


馬車……はまだいいか。あれには特に証拠になりそうなものはなかったし、似たものは街中でいくつか見かけた。


魔法袋の中身……も、まだ依頼の内容とかも確認してないから、それからでもいいか。正直、全て回収されてしまうと今晩宿に泊まる金もなくなるので、お借りできるものはキープしておきたい。


若干、再び目にするのは避けたい気持ちはあるのだけれど、出さないわけにはいかないだろう。


ラビット氏の遺体だ。


実は、【空間収納】や魔法袋に入れたものは、簡易鑑定というか、一覧のように名称が並ぶために、あれがラビット氏本人であることは確認済みではあった。


その時に見えた、気になる情報もあったりはしたのだけれど……まあそれは今はいいか。ボスに伝える必要はないとは思う。


そのまま遺体を出すと床を汚してしまいそうだったので、世紀末たちにフタをするのに使ったのと同様の板材を取り出して、その上に遺体を置いた。


「……検分をお願いします」


遺体を森の轍道で発見してから6時間過ぎ。【時間経過】スキルLv.2により収納内では時間の進みが1/100になっていた遺体は10分経ってないだろうから、まだ腐敗などは進んでいないはずだ。


実際に亡くなってから俺が発見するまでにどれぐらい経っていたのかはわからないが、発見した時点では獣などに食い荒らされた様子もなかったから、一晩は経ってないだろう。


改めて遺体を見ながらそんなことを考えていたのだが、ボスが一向に動かないことに気がつく。


「あの……?」


声をかけてみたものの、ボスは動かない。顔を見上げると、若干ながら目を見開いているようにも見えた。


しばらく経って、こっちが見ていることに気がついたのか、ボスが口を開いた。


「少年……、君はギフト持ちかね?」


「ええ、まあ」


「森から歩いてきた、のだな?」


「そう……です」


……今の問いかけには何の意味があったのだろうか?


正直、俺のことはどうでもいいから、この遺体がラビット氏かどうかの方を確認してくれよと思ったが、目の前で先ほどより数倍の殺気をぶつけてくる獣に迂闊うかつに手を出すような馬鹿をする度胸はなかった。


「これは先に言っておくが……こちらとしては君を拘束するつもりもなければ、敵対するつもりもない」


んん……?


何が言いたいんだ、ボスは。デレ期か?


まあ、敵対されないことは非常に助かるというか、むしろこちらが武装解除するから敵対しないでくれと頼む立場だろう。


一連の質問の意図が掴めず、言葉の先を待っていたが、ようやくボスが話を続けるようだ。


「君は…………チキュウという言葉に聞き覚えがあるな?」


……………………何ですって?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る