第5話 商業ギルド

さて、商業ギルドと冒険者ギルド、どちらに行こうか……なんて考えるより先に、門から大通りに入ってすぐ左手に、明らかに戦闘に関わるお仕事をされてる集団が入っていく施設を発見していた。


いわゆる西部劇っぽいドアと、施設前で談笑しながら待機する集団。身軽そうな獣人系の斥候職に、チラッと長く尖ったエルフ耳を覗かせたローブ姿の魔法使い。あれが『冒険者ギルド』ってやつだろう、確実に。


おのぼりさんでキョロキョロしていて、横を通りすぎた陽キャらしい冒険者パーティにプークスクスされたことで、ようやく周りを見て気づいたんだけれど。


まあ、魔物や獣の討伐や採集依頼、商隊の護衛、あるいは昇級試験といった理由で、街の出入り口に作った方が何かと都合がよさそうではあるよな。


先に見つけたし行っておくかー、となるかといえば、時間帯的にもこのまま絡まれテンプレにでも向かうのが怖すぎるという尻込みチキンムーブで、結局商業ギルド側に向かうことにした。なんか夕方の作業報告ラッシュで混んでそうだったしな。


屋台でパンに肉が挟まっただけのサンドイッチ風を買いながら、売り子のガタイがいいおっさんに商業ギルドの場所を聞くと、この先にある3階建ての高いやつがそうだと教えてもらった。


「おう坊主、お使いでバザーでもやるんならきちんとギルド登録して場所を守れよ? ここのトップは冒険者上がりのやべえ奴だからな、場所ショバ代も払わず儲けよシノゴうもんなら、素っ首掴まれて壁の外までぶん投げられんぞ」


なにその蛮族こえーな。


まあ、そんな取り締まりが出るぐらい、周りの集落から子供が潜り込んで、毛皮やら農作物やら売ろうとするのは珍しくないってことなんだろうか。


てか、ショバだシノギだって、こっちの下町言葉をヤクザ用語にでも変換してくれてるのかな。自動翻訳で。


英語ネイティブだったら、FXXKとかSXXTとかに変換されてたんだろうか。


おっさんにありがとうと言って、教えてもらった商業ギルドに向かって歩く。


買ったサンドイッチ風は……肉の味は塩味ながら悪くなかったけど、パンがこれまた定番の発酵してない硬めで、半分も食わないうちに腹一杯になった。後で蒸したら何とか食えるだろうか。


◇◆◇


商業ギルドは、良く言えば質実剛健、率直に言えば地味、な感じの建物だった。


もっとこう、商人からのマージンで儲けてて、大理石とかいかにも高級そうな建材に細かい装飾がされている、みたいなイメージがあったんだけど。


目の前にあるのは、こう、『ザ・役所』っていう感じ。多少の柱への装飾は見られるが、年季の入ったホテルかなといった程度のもの。


とはいえ、施設自体はとにかくデカくて、大商人って感じのお供を連れたふくよかな婦人から、最近店を持ったって感じのまだ服に着られている青年、丁稚でっちって感じの少年まで、様々な人が出入りしてる。


建物のすぐ横からは馬車などが入っていく様子もあるので、通りの邪魔にならないよう裏で荷物を運び込んだり、馬車や荷車を停めておく場所があったりするのかもしれない。


さて……では蛮族の根城商業ギルドに突入してみますか。


扉は軽い音を立てて開いた。奥にいくつかのカウンターがあり、それなりに並んでいる様子だ。


カウンターより手前は吹き抜けになっており、右手の壁際に二階へ上がる階段が据えられている。


また、階段は下に降りるものも並行してあるようだ。壁には施設案内の看板があって、2階は商談室、3階はギルドマスターの部屋があるんだそうな。


とりあえずギルドカードの発行と、サミュエル氏に関する情報、あと宿泊施設などについても聞いておきたいところか。


ご丁寧に、窓口にも看板で『依頼受付・報告』『登録・契約』『納品・買取は地下へ』と書かれていた。


ギルドカードは『登録』か? ちょうど前の人が終わって空いたため、カウンターに声をかけてみた。


「すみませんが……」


◇◆◇


「では、こちらが行商・運送に関するギルドカードになります。行商品は単価が銀貨10枚10万を超えない範囲であれば自由に商売いただいて問題ありません」


そう言われながら、受付のお姉さんから商業ギルド会員のカードを受け取った。名目はやはり空間収納がメインになりそうなので、『行商・運送』としておいた。


ちなみに税についてだが、運送の報酬自体については特に手数料的な規定はなく、売買を行った際にのみ税などの規定があるという。


売買にかかる税は一律1割。ただし魔道具や宝飾品など10万を超えるものは、トラブル防止も含めて各ギルドを通しての売買が必要になり、その際の手数料込みで徴収される。


また、カード発行時に銀貨1枚1万円取られたが、路上販売での無料回数が10回チャージされる。


年会費は同じく銀貨1枚。儲けが金貨10枚1000万を超える場合は、ギルドランクが上がる(ただし年会費も上がる)そうなので、更新時に申請が必要になる。


「また、路上販売については場所が定められていますので、そちらでの販売をお願いします。販売は各地区への申請ブースでお手続きください。何か他にご質問などはございますか?」


マニュアル通りなのかもしれないが、丁寧な対応で非常に好感をもった。


直接対話する窓口にしっかりした人材を配置しているのは、ギルド内の教育が行き届いていてスペックが高い印象を受ける。


もしかして、領内でも重要な拠点だったりするのだろうか。あるいは、噂の蛮族が相当な曲者なのか。


ああ、そうそう。サミュエル氏と宿泊施設のことを聞いておかないとだ。


「ギルド登録については大丈夫です、ありがとうございます。別件なんですが、商人をされてる方で人を探していまして……ええと、サミュエルさんという方をご存知ないでしょうか?」


「サミュエル……ですか」


「はい、ラビットという方から荷物の件で伝言がありまして」


「…………少々お待ちください」


なんだろう、今の間は。警戒レベルが上がったって感じの。


もしかしてサミュエル氏か、あるいはラビット氏がお尋ね者の可能性があるとか……?


そういや、あのメモ自体に具体的な場所や品物の名前が書かれてなかったよな……もしかして運び屋というのは一種のコードネームだったとかで──


「お待たせしました、2階の商談室でお話を伺ってもよろしいでしょうか」


「えっと、はい」


あー、これは何やら踏んでしまった予感がするな。最悪、消されるかもしれん。


あの魔法袋の中身を拝借すれば、まだ数日は安全に野営できる方法を思いついていただけに、急いで町へと着いてしまったのが悔やまれる。


ゲームビルドでは帰路もわからず日が暮れるなんて日常茶飯事で、洞窟を掘るどころか地面を掘って朝を待つ、なんてのをよくやってたもんな。【空間収納】スキルはなかなか便利ですよ。


その数日で【空間収納】スキルを習熟してれば、もしかして生き残れたかもしれない。あまりに手札が少なすぎる。


短い転生人生だったか……。


なんてことを考えてる間に2階の一室のドア前まで通されて、中に入るよう促される。


「では、こちらでお待ちください。只今、ギルドマスターをお呼びしてきますので」


ギルドマスター案件。やったね、転生初日にして既に2度目の『俺やっちゃいました』来ちゃったよ。


でも、せっかくやらかすなら、巻き込まれ事件じゃなくて、こう、スキルチートとか知識チートとかでさ……。


商談室といって通された部屋には革張りのソファがあり、低めのテーブルを挟んで1人席が2つと、反対側に横長の席といった配置になっている。


ひとまず横長の席へと座る。多少の綿らしきものは入ってそうだが、木製に革を張ったって感じだ。


あのインテリヤクザとご対面してた事務所で座った時の沈み込むような感触は、当然のように無い。


部屋の中は静かで、恐らく商談が漏れないよう防音とかも対策されてるのだと思う。


窓はあるが、魔法世界ならではの防犯対策ぐらいされてる可能性を考えると、迂闊うかつに触れる気にはならない。


いっそ大人しく捕まって、監禁されてるうちにでも【空間収納】スキルのレベルを上げて何か脱出する策を……いや、スキル妨害の手錠ぐらいありそうだよな。


い、今のうちにドアから出てトンズラするのが一番いいのでは……?


コンコンッ。


腰を浮かそうとしたその瞬間、ドアが鳴らされて急いで腰をソファに落とし、思わず足を閉じて手を膝に揃えてしまった。


や、やだなぁ、逃げようだなんて思ってませんぜダンナ。ヘヘッ。


そんな三下セリフを浮かべながら、盗み見るようにガチャリという音と共に入ってきた人影を伺うと、まだ腰から下しか見れてないのにスラックス的なパンツの下に感じる筋肉圧にくあつが既にヤバい。


「失礼する」


やべえ、声が完全にラスボス。低めに唸りが入った感じの、ビリビリくるやつ。あまり声優に興味なかったから名前出せないけど、大魔王とかマフィアの親玉とかそういう役どころの。


あ、こう言う時は立たないとマズいか、とかつてチラ見した就活本のことを思い出して、直立不動のそれをイメージして立ち上がる。


「ああ、いいぞ、座ってくれ」


「は……」


ああ、ダメだ。これは。


イメージした姿勢に合わせて思わず顔を上げてしまったが、顔を見るべきではなかった魔物だ。属性耐性が無いから、麻痺や石化が入るタイプのやつだ。

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