運び屋ロブ

maimai_jp

運び屋ロブと怪しい破落戸たち

第1話 等価交換の返済転生

「【空間収納】……ストレージってやつかぁ。まあ当たりの部類なんだろうなぁ」


異世界転生、ステータスオープン、パラメータ確認、若年齢化。


典型的パターンで12才となった俺は、これまた転生してきた異世界人のテンプレに則って現在状況を確認していた。


HP体力STR筋力は誰かと比較しないと高いか低いかわからないな……。でもMP精神力だけは中でも少しだけ高い数値なのか?」


比較対象はHPではあるが、5倍近くある。


確かに、読んだことのある転生モノでも空間魔法と呼ばれていたものは、大抵が高位スキルに位置されていて、MP消費が半端じゃない設定だったか。それに合わせて、少し高めのMP設定がされてるんだと思う。


空間魔法といえば、ルーラやテレポなどゲームの世界だと割と低コストで街へのワープなんかで飛べるようになってたけれど、あれは移動でダレるのを防止するためのご都合ってやつなんだろう。


SF的な物質転送にせよ何にせよ、火をつける・水を出すよりコストが低いほうがおかしいってもんだよな。


「MP高めなら、せっかくだから攻撃魔法が撃てたらよかったな……まあ無い物ねだりか」


恐らく魔法や剣術が使えたら収納を羨んだだろうし、他にもマッピングやら索敵やら鑑定やらと隣の芝は様々なブルーで彩り鮮やかなのが世の常だ。


「……んで、ここはどこなんだ?」


俺は周りに茂る木々や草を見回しつつ、早速ながらマッピング能力と探知能力を羨みはじめた。


◇◆◇


「では返済のご相談ですね」


アルバイト先の先輩が一発当てて辞めることになったのを聞き、25才で初めて手を出した仮想通貨のFXが、とある取引所の破産・閉鎖に伴う暴落を起こし、顔面が一気に溶けた翌週のこと。


精算の請求が来て、まさか8桁とか冗談のような数値が紛れもない事実だったことが確定して。


怖いお兄さん方に連行された事務所で、ソファに座らされて払えるものはあるのか問われ、高卒でネグレクト親から逃げ出してきた俺には頼れる親戚もない現在の経済事情を洗いざらい話し終わった時に、笑顔が素敵なお兄さんインテリヤクザから受けた死刑宣告が、それだった。


タコ部屋、漁船、臓器売買、労災……様々な文字列が走馬灯のように頭を巡る。このタイミングで入れる保険なんてものは存在せず、誰に聞いても『人生は終わったも同然』と答えるだろう。


仮に法律が日本におけるそういった回収方法を認めず、いかに違法行為だと処罰の定義を作り込もうとも、似た構造で回収できるよう作り出してしまうのが目の前の方々なのだ。


渡部わたべさまの金額ですと……こちらのコースが只今オススメとなっておりますが、いかがでしょう?」


そう言って、妙に楽しげにお兄さんから提示されたチラシにあったのは、よく見る汎用イラスト配布サイトの絵柄で魔法使いと剣士のアイコンと共に、ゲーミング極太明朝体ワードアートで描かれた、『異世界転生コース』の文字列だった。


◇◆◇


「お客さまラッキーですね! こちら弊社の新商品でして、異世界からの物質と引き換えにお客様を転送できるシステムなんです! 基本的に身元がキレイな方には限定されるんですが、お客さまにはピッタリの条件で……というわけで行ってらっしゃい!」


ほとんど説明も無いまま有無も言わさず紙にサインを行わされ、苗字が書き終わるやいなや紙と襟首を掴まれ、明かりも点いてない真っ暗な奥の部屋へと放り込まれた。


そして、指を鳴らした途端に一瞬で周りにあった燭台に火が灯ると、床にあった魔法陣が光りだして、気がついたらこの森の中って寸法なわけだ。


……絶対あのカシラとか呼ばれてたインテリヤクザ、悪魔に乗っ取られてたよな。


あんな黒魔術じみたシノギに手を出した組を放置してて大丈夫なのか、日本は。まあ、もはや知らんけどではあるが。


何せ、チラッとしか見せてもらえなかった注釈の下の方に、「なお元の世界に戻れるかは保証しかねますのであらかじめご了承下さい」って書いてあったからな。


自力脱出は期待できないのだろう。戻れない世界のことを気にしても仕方ない。


そう、今一番気にするべきなのは、いかに生き延びるか、だ。


そもそも俺の前世・・のスキルセットなんてのは皆無と言っていい。


知識なんてのも、学校の成績は中の中、お稽古やら塾なんてのは言わずもがな一切ナシ。


『異世界転移の履歴書』に書き込めそうなものといえば、毒親が放置してた古いタブレットで見ていた動画配信サイト閲覧と、小説投稿サイトでのラノベ閲覧ぐらいなもんだ。


あとはまあ、高校以降に食費すら出なくなって始めたバイトで糊口を凌ぐべく始めた料理ぐらいだろうか。


とは言っても、おつとめ品で肉野菜炒めだとかカレーだとかの程度だったけど。


「うん、まずは森を抜けなきゃだよな」


ひとまず近くにあった一際高そうな木によじ登り、行く方向を決定。


山を背にして左は森が続き谷間に伸びていて、正面と右は森が切れて平野になっているように見えた。


いや、よじ登りとか簡単に言っても、前世のネグレクトで形成された貧弱な体力では考えられなかった驚異的な身体能力だった。


もしかして、一桁だと侮っていたあのSTR筋力DEX器用さなどのステータスは、とんでもないポテンシャルを秘めてるのかもしれない。少なくともこの12歳としては、だけど。


話を戻すと、だ。森といえば、夜になると獣や魔物が活発になり襲われるというのが定番だ。とにかく早いところ抜けるに限る。


山の方向が背になるよう確認しつつ木から降りると、早速正面に向かって歩き出した。


願わくば、先程見た太陽が既に沈みゆくものではなかったことを祈りながら。


◇◆◇


「でも、やっぱり火と水が無いのはこの先考えると辛いものがあるよなぁ……ビルドゲームで作業台も無しにサバイバルするのと変わらないし」


1時間ほど歩いても当然ながら森を抜けることはなく、次第に長期戦という文字が散らついて、不安が喉を真綿で締めていくような気持ちになっていく。


ビルドというのは、動画などを見ていたタブレットに唯一入っていた、ボクセルタイプの建設サバイバルゲーム『ビルドアンドクラフト』のことだ。


俺がやったことのある唯一のゲームと言ってもいいかもしれない。


土や岩、鉱物、木などが立方体ボクセルで採取することができて、それらを自由に組み立てることでレゴのように建物を建てたりすることができる。


また、ゲーム中では作業台を通して、武器や防具、道具といったものが作れる。


その道具を使って料理や水分補給もするので、作業台なしの縛りプレイは無駄にハードモードとなってしまう。出来なくはなかったけど。


生肉を食らい生水を啜り、確率で毒になりつつ生き延びるのは、あれはあれで面白かったけれど現実でやりたいもんではない。何より味覚が耐えられなさそうだ。


そうそう、歩きはじめて1時間というのが分かったのは、実はステータスボードに時計機能が備わっていることに気づいたためだ。これは地味に助かる。(あまりに普段使っていたタブレットと似た表示だったので、初見では見落とした)


時計はまだ9時を回ったところ。地球と似た自転周期で、日本と似た緯度の土地だとするなら、あと8時間ぐらいは日没までありそうだ。


2分で100m、時速3km/hで移動するとして、およそ20km程度で森を脱出できたら勝ち、といったところだろうか。


「……ん? これはもしかして」


草むらをかき分けた先が急に開け、左右方向に獣道のそれとは違う、文明の匂いを感じさせるわだちがあった。


「道だ!」


道。つまり、この左右方向にはいずれ集落があるということ……!


少なくとも、異世界テンプレの最悪ケースである『人も来ない魔境に放り出されて生き延びた最強異世界人』ルートは回避できたと言っていいのではないか。絶対あれ生存バイアスだよな。九分九厘死んでる。


木に登って調べた限りでは左が谷に続いていたから、右方向にこの道を辿っていけば平野へと出られる。きっと集落もあるに違いない。


「…………ん??」


さあ行くぞと歩き出した矢先、遠くの方へ何か幌馬車らしきものが止まっているのを見つけた。


◆◇◆


「うわぁ……これは」


第一村人発見が『ご遺体』という、なんとも幸先の悪い展開だ。


背中の皮鎧がバッサリやられ致命傷となったのだろう、少しガタイのいい男性が事切れていた。


見つけた幌馬車は襲われていて、中は漁られた後といった感じに足跡と木箱の残骸とで荒らされている。


行商人だったのだろう、この森の奥にでも村があるとすれば、穀物などの食料を持ち込んで鉱物や工芸品などを仕入れて戻るようなことはありえそうだ。あの森の谷の奥にエルフやドワーフの村があったりしてな。


「馬は無し、か。でも馬車自体は全然使えそう」


この馬車を襲ったのが盗賊なのかゴブリンみたいな魔物なのかは分からないが、幌馬車自体は割と綺麗なままだった。


前方向には手綱らしきものが落ちているが、襲った何者かが馬を持っていったのだろうか。


売るのか食うのか。辺りに血はないから、持っていった方かな。


なんか一見して薄汚れた使い古しの幌馬車に見えるが、すごく頑丈に作られている。木製なのに丈夫だ。でも自分でも押して動くぐらい軽い。


さて、どうしたもんか。


無視して先を進む、この亡くなった男の身分と入れ替わって生きる……などなど選択肢を頭の中で巡らせる。


「んー……うん、それかな」


クエストだ。


なにかはわからないけど、偶然はクエストと考えて巻き込まれていってみよう。


前世では横断歩道のおばあちゃんに手を貸すようなことはしたこともないけど、ビルドゲームの中で起こるイベントでは妙にNPCを手助けするのが習慣だった。


それは、なんだかんだでカルマといった形でリターンが見込めたというのもあるが、なんだろう、作られた世界がゆえに優しさを求めていたような気がする。


善人であろうとするロールプレイというか。そうあることで、現実を忘れられた、現実の自分を救おうとしていた、というのも過分にあったのかもしれない。


遺族に彼を届けてあげたい。ちょうど空間収納というスキルを持って転生してきたのだから、これがチュートリアルなのだろう。きっと。


もうちょっとこう、ダンジョンの荷物持ちみたいなのが良かったな、とは思ってしまったけど、これもまた高望みというやつか。


「さて……拾えるものを拾っておこう」

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