第188話 仮の姿

「…………おい」


「……どういうことなの、これ」


「……私も、ですか」


受験番号順に並べられた学級クラス分けの結果が、室内練習場1階の壁に貼り出されていた。


番号に並んで、名前と共に『A』〜『J』の記号が書かれている。


受験番号だった600番後半を追っていって発見した、俺たちの名前の横に並んでいたのは──『S』だった。


3人が、3人ともだ。


『g』の書き間違いを願ったけど、すぐ横に『G』があったので、どうやら違うらしい。


「学園長め……何かやってるだろこれ」


うん、考え得るとすれば、あの学園長が介入してきた可能性ぐらいなものだろう。


そうでもなければ、平民である俺やクララは当然ながら、子爵家でしかないリナですら、上位貴族が集められるという『S』に組み込まれるとは思えない。


軽く周りを見回すが、学園長の姿は見当たらない。


畜生、あのクソエルフ。逃しはせんぞ。


俺は【検索サーチ】でどこに行ったのか探し出そうと、ステータス画面を出そうとした──その時だ。


「見つけた! 勇者様!!」


腰の辺りに後ろから衝撃を受けたかと思うと、その腰には手が回されていた。


……そういえば、ヌールちゃんのことをすっかり忘れていた。


やっぱり、先ほどの関係者席や舞台から向けられていた目線は、俺がいることに気がついていたらしい。


「お久しぶり、勇し……」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って。こっち来てくれるかな」


リナとクララが突然の留学生襲来に呆気に取られている隙に、俺はヌールちゃんの手を取って、すぐ横にあった扉から出て屋内練習場の外へと連れ出した。


「どうしたの? 勇者様」


完全に『何か問題ありました?』とばかりに首をかしげるヌールちゃん、すげー可愛いところ申し訳ないんだけど、その反応をされるのは大問題なんだ。


「えーと……初めまして、だよね?」


「んん?? 去年の終わりにニコレッテお姉様と一緒に来て、お話ししたの忘れちゃった?」


……初手、すっとぼけ作戦で行ってみたけど、案の定ながら通じなかった。


「いや、うーん、多分会ったことがないはずなんだ。うん。俺の名前はロブって言うんだけど」


「ええっ、勇者様の名前はビンス様じゃなかったんですか??」


うん、完全に狐の仮面が無かったことになっている。そんなに顔の造作に特徴ある方じゃない方だとは思うんだけど。こっちの世界の基準では。


可能性としては、スキルとかで【看破】持ちだったりとかなんだけど……そういえば、ヌールちゃんのスキルとか全然把握してなかったな…………。


「ちなみに、何で俺のことを『勇者様』だって思ったの?」


「何でって……勇者様は、勇者様じゃないの?」


……そもそもが、俺は勇者様スケさんではないんだけどさ。


まあ、そういった意味で言えば、【鑑定】持ちってわけではなさそうだろうか。


「いや、なんだろ、顔が似てたとか、背格好とか、そういうので勘違いしたのかなって……」


「勘違いとかじゃないよ? だってほら、勇者様の魔力って、色んな色が混ざってて、すごく大きいんだもん」


魔力の色……? なにそれ、『共感覚』とかそういうやつ?


……と思ったんだけど、当然ながら前世における脳神経学的な話ではないらしい。


軽く訊いてみたところ、どうやら『色』や『大きさ』といった表現は、ヌールちゃんの持つスキルに関係しているようだった。


彼女は、魔力の量と質のようなものを視覚的に捉えることができるっぽくて、ルクレール侯爵家に訪問した『狐面ビンス』と『ロブ』が同一人物であると認識できてしまったらしい。


うーん、色々と訊いてみたいところなんだけど……急に連れ出してしまっている状況だし、このあと教室に向かわないといけないしで、時間がない。


ここは1つ、なんとか誤魔化すしかないだろうか。


「ヌールちゃん、俺はちょっと事情があって、ルーデミリュでの活動が知られることを避けているんだ。だから、向こうにいた人物と俺はあくまでも別人なの。いいね?」


「……あ、わかった!『ヨーシノブ・カリノスガタ』ってやつだ!」


……後で聞いたところ、勇者様が以前に言っていた語録の中に、『正体を隠して活動する』際に使う用語として残っているらしい。何してんのスケさん。


「ああ、うん。たぶんそんな感じ。だから、ここで呼ぶ時には『ロブ』でお願いね」


「うん、わかった! ロブ様!」


ロブ様……まあいいか、いや、あんまよくないけど、平民貴族関係なく様付けしてるとすれば無くはないし、とにかく時間がない。


室内練習場へと戻ると、先ほどより人が減ってきていた。みんな既に各教室へと向かっているのだろう。


「ゴメンゴメン、ちょっと確認したいことがあってさ。とりあえず教室の方に向かおっか」


時間がなくなってしまったし、学園長への問い詰めについては後回しにしよう。


ひとまずリナたちと合流して、何事もなかったかのように教室へと向かうことにした。


が、当然のように肩を掴んで引き止められた。


「……そっちは逆方向よ」


……近くに順路と教室の位置が書かれた地図が貼ってあり、確認していてくれたようだ。


「さ、行くわよ」


リナとクララは、学級クラス分けの貼り出された横にある扉から、その奥にある渡り廊下へと歩いていく。


あれ、さっきの件は聞いてこないの? とは思いつつ、2人の後を追うことにする。


「あ、勇……ロブ様もSクラスなんですね! よかった!」


ヌールちゃんも同じSクラスとのことなので、同行することになった。なんか先ほど皆の前でご挨拶されていた留学生と距離が近いとなると、なんとなく気まずいんですけど。


「……今は急いでるから聞かないけど、後で説明してもらうわよ。今度は何をやらかしたのかしら」


……既に、やらかしたことは決定事項ですか。まあ、間違ってはないんだけど。


◇◆◇


──Sクラス。


基本的に『王族』および『公爵』『侯爵』『辺境伯』といった上位貴族らが集められる、特別な教室。


学園内には『学内では身分に関係なく平等、何人なんぴとたりとも身分を笠に着て他者に命令や催促などを行うことを禁ずる』と明文化された規則がある。


しかし、それでも学外での親類への扱いや、卒業後の進路などへの影響から、特定の貴族に対する配慮や忖度そんたくが発生することは否めない。


そのため、庶民との距離が大きい上位貴族については、定員400人分の10クラスとは別に専用の学級を用意し、授業も貴族対応が可能で家柄のよい教員を宛てがうようになったのが、Sクラスの始まりとされる。


ただし、ごくたまに希少なスキルや加護を持つ場合など、特別待遇となる生徒を学級に含めることがある。


これは、実力で圧倒できる特別待遇生を置くことで序列を崩し、学級内の競争を活発化させる効果が見込めると言われているが、上位貴族の息抜き先・・・・なのではという批判もある。


(王立学園・文芸部発行、『王立学園用語の基礎知識』より抜粋)


◇◆◇


指定されたSクラスの教室に到着したが、教壇には教員の姿がなかったので、どうやら間に合ったらしい。


しかし、その場にいた大半の目が『なぜここにこいつらが?』といった感じにこちらへ向けられた。


驚きや好奇を含んだ目線と、若干の侮蔑感のある目線の比が、2:1といったところだろうか。


まあ、場違いといった点においては俺たちも同意だ。リナは話題になっている子爵家とはいえ新参の下位貴族だし、まして俺やクララは平民なわけで。


ヌールちゃんについては、国が同格扱いなのかは知らないものの、留学生で侯爵家ともあれば妥当なんだろうけど。


彼女と俺たちが連れ立って教室に来た事についても、あの目線は疑問を投げかけているのかもしれない。


「後ろが空いているわ、行きましょう」


周りを見回し、空いた席を発見したリナを先頭として、教室の後方へと移動する。


まあ、仮に振り分けの表記が間違っていたか、あるいは俺たちの集団見間違えなら、いわゆる担任的な教員か、あるいは説明会の担当者に指摘されることだろう。

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