第39話 読書
ポーション本と魔法陣本を手に入れたということで、その日は冒険者ギルドの講座の時間以外を読書に費やした。
前の世界でも学校の授業自体はそこまで苦でもなかったし、読書も無料小説投稿サイトなんかを巡回していたので、本を読むことに苦手意識というものは無かった。割と好きと言ってもいい。
ただ、前の世界ではマックやサイゼなんかで読むことが多かったので、近いものを探したのだけれど、本が読めそうな場所というのは見当たらなかった
この世界においてファストフードやファミレスといった文化は根付いてないようだ。
まあ、向こうの世界では流通や保存といった高度な
魔法世界なんだから、スゴイ魔法袋とかスゴイ魔道具とかで、なんとかできてもいいんじゃねえか、という思いはありつつ。
ちなみに、ご飯を食べる場所としては食堂専業の店の他に、宿屋に併設された食堂、あるいは冒険者ギルド併設の食堂がある。
ただし、アルコール提供が当然になっていて、どちらかといえば酒場といった風情がある店ばかり。本をゆっくり読む場所ではない。
他にも食事に限って言えば、この街に入ってきた直後に利用した肉サンドのような屋台で提供する店がほとんどのようだ。
レストランといったものも見かけないが、街の東にある貴族街にほど近い通りには、そういった高級店ぐらいならあるのかもしれない。まあ、同じく本を読む雰囲気ではなさそうだけど。
結局、まだ全然使ってない拠点で読めばいいかということで、一旦戻ってリビングで読むことにした。
◇◆◇
「これ……やってんなぁ…………」
1階のリビングに置かれたソファで、ざっと一冊を読み終えた俺は、少し冷めた紅茶を飲みながらつぶやいた。
それが今なのか過去なのか、過去にしても数年なのか数百年なのかは分からない。でも、確実に『科学』の匂いがする手法が組み込まれた、ポーション研究。それが、教科書を読んだ感想だ。
何せ、そこかしこに統計学的な手法が取られていたり、失敗時および成功時の再現性について記録を取る重要性を説いていたり、果ては新薬研究での臨床試験について書かれていたりと、全くもってファンタジーしていなかったのだから。
もっとこう、材料と器具が大雑把に書かれていて、魔力をここで入れるとか量や質の概念を用いずに伝えられていて、結果として製作者の腕に大きな差がある、みたいなイメージでしょ? ファンタジーにおける職人ってのは。
経験豊富な老齢の【錬金術】職人だけが作れる少量ながら最高級品、みたいなそういう感じの。
もう完全に魔力を用いた再現性を理論化していて、そこに必要なのは厳密な素材管理と魔力量、それに加えて道具操作と魔力操作だと結論付けている。攻略本と言っても過言じゃない、そんな雰囲気のポーション教科書だった。
なるほど、これは学園で学んだ職人のポーションが最も品質がいいと言われるわけだ。
「なんか専門学校っぽさもあるよな、商売目線も入ってるし」
教科書にはコスト管理についての項目もあり、安定した魔力操作を身につけても5〜10%の劣化品は避けられない、と記述されていた。
そして、自身の規格外品の割合を記録した上で、素材の仕入れは上乗せして行うよう、注意書きもあった。
ガチの職人育成マニュアルって感じで、なんか執筆者の本気度が伺える。
恐らく、実際の授業では教職員によって各段階の解説が行われたり、実習として素材や道具が準備された環境で製作演習が行われたりするのだろう。
異世界における学園……と言うとあまり良い印象は無いが、いざ何か手に職を付けたいとか知りたいものが出来ると、それを手取り足取り教えてくれたり一問一答できる環境というのは、非常に羨ましいように思える。
まあ、それでもこの教科書が手に入っただけでも十分に幸運と言うべきだろう。
「というか、想定外のところで有益情報もあったな。やっぱり情報を溜め込んである本は異世界だとアドしかない」
そうそう、このポーションの教科書を読んでいて一番の収穫は、その中でも『臨床試験』の項目だった。
ラビット氏蘇生計画という当初のメインクエストにおいて、本来の
具体的に言ってしまえば、格納門関連だ。
アジトに向かう前にも、この拠点で格納門経由の移動を試してみた経緯はあった。
それに関連して、今回も必要なのでは、と読んでいて思い出したわけだ。
まして、他人様の命がかかるとあっては、粗相があっては申し訳ないし、ね。
つまるところ、前回は『自分を格納門経由で移動可能か?』を済ませたので、今回は『他の生物を格納門経由で移動可能か?』という実験がしたいわけだ。
本によると、この世界では前世における
この世界の野うさぎは薬草の生える山や森で見かけるので、食用や毛皮取りなどの目的で狩られる。冒険者ギルドでも、
ちなみに、この世界は
熊とか猪とか、害獣になるとランクも少し上がり、また
まあ、ダンジョンに行って
何せ、スキルによる基礎値の上昇とは別に、『成長』によって
単純計算で50kgぐらいの握力が150kgになるとなると、リンゴを握りつぶすのは朝飯前で、コイン曲げやトランプちぎりみたいな世界だろう。日常生活が大変そうだ。
話を戻すと、今回は『野うさぎ』を生け捕りにして、臨床試験をしてみようといった段取りで進めていこうと考えている。
そこが問題ないことが確認され次第、ラビット氏蘇生クエを進めていくつもりだ。
「そうだ、せっかくだしポーションの方も進めるか」
ちょうど読んだポーション本には、初等の
今までの採集場所である川から範囲を拡大させて、森へと伸びる川を上流に向かって辿りながら、魔力草の採集場所を探してみるのもいいかもしれない。
ちょうど明日は青曜日で、冒険者ギルドで開講される採集講座は一番最初に受講済みのため、一日空いている。
結局のところ、大量の高品質薬草は金になるものの、どうしても流通に乗せるとなると売り捌く
やはり、【空間収納】という希少なスキル、しかも
結局、望んで出向かなければ滅多に遭遇しない
魔物は倒してしまえばいいけど、人間相手ではそうもいかないからな。
だから、可能な限りは目立たないように……まあ最低でも言い訳はできる程度に、食い
そのため、HP回復とMP回復、あとは状態異常回復、毒薬、麻痺薬といったポーションの自給自足と、銭投げ職としてのサブヒーラー兼デバッファーといったパーティ内の立ち位置を確立させたい、というのを中期的な目標として据えたいと考えた。
単なる
商人としてポーションを売り歩く、という方向でも金を稼ぐにはいいけど、結局は強くならないとスキルを秘匿し続けざるをえない状況は改善しないだろう。
とにかく、ダンジョンに潜る機会を増やす必要がある。潜ってさえしまえば、こっそり
あくまで『容量大きめの
……まあ、アジトダンジョンでとことん強くなるって方法もあるとは思うのよ、うん。ちょっとした必殺技は手に入ったし、今後の拡張性も見えてきたし。
でも、絶対怪しいじゃない? ダンジョンに潜れないはずの
だから、多少の
まあ、最悪は『他国出身でギルドカードを作り直すことになったけど、元の国ではダンジョン潜ってたんだ』とでも言えば何とかなるかもしれないけどね。正直、この世界は戸籍なんて自己申告でガバガバもいいとこだし。
でもやっぱり、ね。可能な限りは真っ当な成長を
『お前自身が強くなるか、あるいは、信用がおけるパーティでも組んで〝いつ何時でも守れる〟ようにならない限りは、その所持を他人に公表することは避けるんだな』だったか、
とにかく、現状の生活基盤の維持とダンジョンでの成長を両立させる。そのための基礎収入としてポーションの自給自足を確立していかなくては。
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