第149話 反響

「あらあら、こんなに早くお出でいただけるなんて思ってませんでしたの。それで、本日のご用件は?」


……まあ、あの時のことは『内部を知る人間を把握できた機会』とでも考えることとして、その『内部の状況』ってやつを伺いたいなと思いまして、ね。


俺は、結局2日ばかりで888カ所を配り終えてしまった。


まあ【地図マッピング】なんてお誂え向きなスキルをいただいたら、そりゃ前世の新聞配達よりも簡単な作業ってやつでね。


そんなわけで、後は俺に出来ることも無いので待つだけではあったんだけど……せっかく伝手・・が出来たなら、冒険者向けに女神像フィギュアを公開するまでの方針ってのを聞いておきたいと思いまして。


今の状況・・・・を見る限り、隠蔽するという方針は無事避けられた様子ではあるんだけど。


ちなみに、ヨンキーファでは既に数日前から女神像フィギュアの話題で持ちきりになっているらしい。


治験・・を受けた冒険者たちを中心に酒場から情報が広がり、今や教会の周りは先日あった『勇者様&聖女様』騒動が霞むほどの盛況っぷりだ。


物売りもいたもんな、いつもは街の入り口付近でパンを売っているようなおっちゃんとかも。


◇◆◇


ちょうど配り終えた翌朝──教会からすれば届いた2日目にして、フィファウデ・ワムワサフロス・ヨンキーファの教会から冒険者ギルド宛に依頼が入ったのが発端だそうだ。


教会から出された依頼は2つ・・


1つは、『教会の治療の検証・・』。報酬こそ低い額ではあるものの、実質的に無料・・で治療を受けられるというもの。怪我の程度は問わず、重傷でも問題ないとすら書かれていた。


もう1つは、そのまんま『女神像の加護の検証』。詳しい内容は依頼先の教会で説明するとあって詳細は明かされていないものの、解約キャンセル料は取らないという記載がされていたという。


冒険者というのは高いランクになればなるほど慎重になるというか、美味すぎる話には手を出さない傾向にある。


今回の依頼書もそう映ったのだろう。1の鐘6時には貼り出されていたが、当然ながら不人気というか、誰も手を出さなかった。


また、薬草が多く産出されるヨンキーファだけに、【回復ヒール】でもそれなりの金がかかる教会は、あまり利用されない傾向にある。


炊き出しの時に貧困者向けには無料で【回復】を施すことはあるようだけど、少なくとも一般の認識はそういったものだそうだ。


薬草や毒消し草とかを煎じた民間治療法とかも広く知られているようだし、それこそ骨折みたいな大怪我でも無い限りはお世話になる機会がない。


そのため、教会で【回復ヒール】をわざわざ受けることに、無料であってもそこまで魅力的には映らなかったのかもしれない。


また、そんな馴染みのない教会が出したもう1つの依頼も、どうしても胡散臭いというか怪しげなものに見えてしまい、相乗効果のようにいずれも近寄り難いものとなっていた。


流れが変わったきっかけは、仲間の1人が足を骨折してしまったアイアンDランクパーティだったらしい。


その1人が長期離脱となるのと、フィファウデのダンジョン封鎖であぶれた冒険者により宿も取れなくなっていた都合もあって、パーティ全員でヨンキーファに戻ってきていたそうなんだけど。


怪我をしたのとは別の仲間の1人が、昼過ぎに暇になって冒険者ギルドに来たところ、件の教会の依頼書を発見し、面白半分で受注していったんだそうな。


──そして半鐘1時間後。


冒険者ギルドに駆け込んできたのは、足を骨折していたはずの男だったそうだ。


「お前らッ! 教会の依頼、凄えぞ! 早く行けッ!!」


その男と面識のある冒険者が、怪我はどうしたとか落ち着けとか言っている間に、数名の冒険者たちが動いていた。


何があったのかは分からないが、何かが・・・あった・・・ことは間違いない。そう感じ取った。


そこから鐘2つ4時間、一旦7の鐘18時までで締め切られたものの、その間に50人ほどが更新アプデを行ったことで完全に風向きが変わった。


冒険者ギルド併設の酒場では、更新アプデの効果を見せつけるように酒を賭けた腕相撲での勝負が夜通し繰り返され、また四六時中解放されている練習場で魔法の試し撃ちが行われていたらしい。


……と、そんな流れで『女神像の加護』の評判というのが一気に広がったんだそうな。


もっとも、俺がその話を聞いたのは、夜通し各地に女神像フィギュアBOXをお届けし終わって爆睡してしまい、ここ数日の疲れもあってそのまま家でダラダラし終わった翌々日……ちょうど今朝のことなんだけど。


ラビット氏が食材の取引先で聞いてきたという話で、既にそんな事態になっていることに驚きつつ、念のためリナ経由で子爵に面会の予約アポをお願いしている間に来たのが、現在のこの教会というわけだ。


「本当、最初に来ていただいた方が、良い広告塔になったようですわね。【高回復ハイヒール】が使えるようになったシスターの経験になればと思ったのですが。加えて、もう1つの『加護の検証』の方にも付き合っていただいて、おかげで随分と盛況ですわね」


……ちなみに、ヨンキーファでは2日ほどでギルドでの募集は終了させたようだ。


2日で約200人ってところか。ヨンキーファはウッドFランからアイアンDランクを中心に約5000人ぐらい冒険者がいるらしいから、少なくとも残り96%の顧客が見込めるわけだ。


以降は喜捨として大銅貨1枚1000円を目安に拝観料・・・を取るようにしたようで、それらはシスターたちが受付や案内といった業務を優先するための人件費と、残りは女神像を配置する専用施設の費用とするそうな。


冒険者以外にも、貴族や領兵、平民でもスキル持ちなら恩恵は大きいだろうし、まだまだ需要はある。


そういえば、並んでいる後ろの方の冒険者に向けて、巡礼帳を売っているシスターもいたな。


なんとお値段、銀貨1枚1万円ポッキリと良心的。大銀貨10万円じゃないのか。


あ、そうだ。


「領主様、ウェスヘイム子爵から教会の方に何か話ってありましたでしょうか?」


うん、冒険者が急に強くなるともなると、それを抑える役割の領兵が力負けしては治安が維持できなくなる。


多少は優先して領兵の更新アプデを優先してもらうなどの検討があったのかが気になった。


そういった話って軽くはしていた気はするけど、その時は教会側に全く話を入れてなかったんだよな。


「ええ、女神像の募集を出したその日のうちに子爵様からご連絡いただきましたの。既に行列になっているのを確認して、子爵様の方は周囲の教会に派兵され、そちらで加護を受けることにするそうですのよ」


あー、上手いな。


なるほど、まだ初期のうちは周囲の教会には冒険者も到達してないだろうから、多めに領兵を送って更新アプデさせて戻らせれば色々と都合いいわけか。


ついでに、利用客増加を見込んで食料とか生活用品とかを運んでもいいだろうしね。


「でも、市井の噂にこれほど早い対応をされるとは、なかなか素敵な情報元・・・をお持ちと見ましたわ」


……反応せん、反応せんぞ。


「左様でしたか。いえ、カタリーナ様と面識を持ったのもあって、少し気掛かりだったものですから。杞憂だったようで安心しました」


「うふふ、子爵や街の心配をされるだなんて、ロブ様は大きな視点をお持ちですのね。まるで勇者様や救世主様のようですの」


……クッ、やばい、仮面のように張っていた頬が痙攣しかけているッ……!


「やはり世間が安定していないと商売は難しいですから。これからダンジョンの探索もより進むでしょうし、戦利品ドロップや使用される薬品など流通に関わる予見には、情勢の見極めもまた必要不可欠ですからね」


……なんか自分で言ってて話が通ってるんだかどうだか分からなくはなっているけど。


「ところで、女神像について方針などは決まっているのでしょうか? 噂によれば・・・・・受けられる加護は相当強いもので、影響などを懸念されるものかと思ったのですが……」


「そうですわね……引き上げられた能力に加えて、使えるようになったスキル、その他の見えるようになった情報の恩恵は計り知れないと同時に危惧もありました。しかし、全ては女神様の思し召しとあれば」


うーん、まあ、そういうものか。別に隠蔽しようとかしないでくれたらそれで良いんだけど。


というか、あの日・・・の会議でどこまで情報が出て、どこまで話し合われたのかは分からないけど、元・枢機卿が呼ばれたりと各地から・・・・要人が呼ばれたと思われる会議で意思統一がされたのであれば、あまり心配は要らないだろうか。

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