第8話 生き延びた初日

ギルドを出る前に、窓口にいたあのお姉さんに声をかけて、ボスギルマスへの取り次ぎに感謝しつつ、泊まれそうな宿を紹介してもらった。


もちろん今度はタメ口だ。気をつけていかないと。


そうして、素泊まりであれば穴場とも言える宿を紹介してもらった。少し通りを歩いたが、そこまで街の中心から外れた場所ではない辺りだ。


宿代は銅貨15枚1500円。ネット喫茶のナイトパック料金ぐらいだろうか。


「……毎度あり。部屋は2階の一番奥だ」


「ありがとう」


入口すぐのカウンターでは、中肉中背のおじさんが無愛想ながら子供だからって誰何すいかすることなく受付してくれた。


部屋は個室で、そこまで広くはないが十分な大きさのあるベッドがあった。


荷物を置いて、俺は風呂場を借りた。


そう、この宿には簡易的ながら風呂場というか、シャワールーム的なものがあった。


なるほど、定期的に異世界人がやってくるとしたら、こういった施設が整う確率も上がるってものか。


風呂場には魔石を使うとお湯張りされる中華鍋のような魔道具が置かれ、そこから手桶ですくってお湯を浴びる仕組みになっていた。


魔石は基本的に個人で買って任意の量を出す方式のようだ。


そうだ、【空間収納】があるから、このスペースならドラム缶風呂みたいな箱を作れば一人分で浸かれるかもしれない。


横には、黒くなった魔石が投げ込まれた籠があった。魔石は残量が色でわかるようで、最初は白いものが使われるに従って黒くなるらしい。使い捨ての電池か?


床には排水溝らしき穴があり流れこむようになっている。これは下水道が完備されているのか個別処理されるのかは少し気になったが、まあいいか。


魔法袋にあった石鹸を使わせてもらい、さっぱりとする。シャンプーとかは無かったので、髪はキュッキュとしていた。


うん、完全に至れり尽くせりではない程度の便利さ。こういうのでいいんだよ、こういうので。


手ぬぐいのような布で水気をとって風呂場を出ると、ドライヤーのような魔道具を発見する。


こいつも魔石をセットして動かすようだ。なんか魔石が電子マネーのカードに思えてきた。


「……ん? あれ、故障?」


ドライヤー風の魔道具を起動して温風が出てくるのを待っていたが、出てこない。


故障かなと思って腕にあててみると、手ぬぐいで吸いきれなかった水分がみるみるうちに乾いていく。


「ああ、なーるほどね」


なんと、熱と風で乾かすのではなく、頭髪の水分を吸い取ってくれる方式のようで、一通り撫でるようにしたら終わった。実に早かった。


なんか、こういった独自の発想で進化した機器を見ると、少し嬉しくなった。


◇◆◇


部屋に戻ると、窓から差す月明かりでうっすら見えるぐらいに暗くなっていたので、灯りの魔道具に魔石を置く。


灯りの魔道具用には、クズ魔石や使い古しの魔法石で用足りるようで、部屋に籠で備えられていた。トイレに置かれたペーパーロールをセルフサービスで交換してたのを思い出す。


屋台のおっさんのパンの残りを取り出して食べる。部屋には調理施設なんてのは無く、蒸したりはできなさそうなので、水でも飲みながら食うしかないか……。


あ、そうだ。ラビット氏は料理人シェフだったという話だから、何かスープ的なもののストックが……あった! コンソメスープ!


……なんか「ミノタウロス肉とコカトリスがらの」とついてるのは気にしないでおこうか。


これまた魔法袋にあった陶器のマグカップに、寸胴で作られていたスープを注いで、一口飲んでみる。


……………………。


ヤバい、これ飲んじゃだめだったかもしれない。


舌が贅沢になりそうな予感しかしない。


口の中が香りと旨みで幸せすぎる。


罪悪感を覚えながら、恐る恐るパンをスープに浸して口にする。


──その後の記憶がぷっつりと途切れていた。気づいたら手にあったパンもスープも消えている。


幸せな気分のままベッドに横になり、天井を眺めていた。


ヤバいな、スープひとつでこれだ。


実は、ラビット氏は魔法袋の容量に挑戦するかのように、山のような作り置きを残していた。


恐らく白パンで作られているサンドイッチ系だけでも、イチゴやマーマレードなど各種ジャムを挟んだものや、タマゴサンド、BLT、オークハムカツ、てりやきコカトリス……とズラリと並んでいた。グロス12ダース単位で数百セットずつ。どこのケータリングだ。


これも明日、改めてボスに相談しておいた方がいい案件になりそうだ。


ラビット氏、存分にやらかしてたんだなぁ……楽しかっただろうな。


◇◆◇


しばらく満腹のまま呆けているうち、眠気に誘われそうになったところで、ふと思い出して身体を起こした。


寝る前に魔法世界モノの定番をやっておかないと。


魔法袋のインゴットなどを取り出して、【空間収納】へと投げ込んでいく。


一定量を超えた辺りでめりめり減っていくMPを確認しつつ、また【空間収納】から魔法袋に戻す。


推測の範囲だけど、スキル経験値は容量圧迫と出し入れ回数辺りが影響してると思う。少なくともLv.2〜4はそれで上がった。


寝て起きたらMPは回復してそうだし、どの程度回復するかは確認しないとね。


あとスキル経験値も得られそうだし、使わないのは勿体無い。


あれ、そういや森で出し入れしてた時にあったっきりで、ランクアップの通知がずっと来てないな……。


と思って確認してみると、既に【空間収納】ランクがLv.4からLv.7に上がっていた。


知らない間に通知切ってた! 確かになんかチェックボックスあった気はするけど!!


スキルを上昇させる要因を考えてみたところ、やはりガッツリMPを削られた【空間切削】での穴掘り辺りが稼ぎポイントだったんだろうか。


あとは、道中に引き続き手持ち無沙汰でモノを出し入れしたり、路上で見かけた岩や木など重量のあるものを格納していったのも、手頃な負荷になっていた気はする。


【距離延長】の訓練で上の門から落としたものをそのまま下に門を開いてキャッチする、みたいなことをやっていたのもあるかな。


既に15ポイント貯まっていたので、またポイントを割り振る。


空間収納 Lv.7

成長ポイント:0

・容量拡大 Lv.3

・時間経過 Lv.3

・距離延長 Lv.2

・空間切削 Lv.3


【時間経過】だけは真っ先に伸ばそうかと思ったが、Lv.3の時点で【時間停止】となったので、そこで止めておいた。


【容量拡大】は、アパート1つ分だったものがLv.2で4つ並んだ感じで体積4倍になったが、Lv.3では同じ容量が上に積まれた感じになった。


その代わりというか、Lv.3の副次効果なのか、【仕分け】というフォルダ的なカテゴリ分けが出来るようになった。これはなかなかはかどるな。


ビルドゲームの時も、倉庫にした施設に宝箱を並べて素材を整理するのが地味に好きだったんだよな。


【距離延長】は、ざっくり100mぐらいになった。てか、そんなに遠くに門を開く意味がわからない。遠くのものを取るとかはできそうだけども。


上手く使えば攻撃に使えなくはないけど……まあ、しばらくはLv.2で止めておいてよさそうだ。


【空間切削】は8m×8mまで削ることができるようになったが、これまたLv.3の副次効果で指定した素材の【連続体削り出し】が可能になった。


これはなかなか面白いな。要は『木を根っこごと収納』とかができてしまうし、『壁に埋まった鉱石以外の岩』を切削することで、その場に鉱石だけ取り出すこともできるようになったわけだ。


ついでに、形状の制限がなくなったことで、イメージした形の削り出しってのも可能になった。


試しに、厚めの板をサイン波みたいなギザギザに刻んでみたり、皿を削り出してみたり、木刀や孫の手を作ってみたりした。


あー、フィギュアとか趣味の人だったら、これだけで無双できてそうだな。オタク趣味の貴族とかに売り込んで商会とか立ち上げたりして。うーん、なんか勿体ない。


なお、まだ【格納門増加】と【格納門移動】は解放されていない。【距離延長】【空間切削】と同様に、レベルによって解放されそうではあるけれど。


そうそう、スキルレベルアップ通知は再びオンにしておいた。


オープンステータスの右上に歯車マークがあって、そこから通知一覧からチェックが外れてるものを探したら見つけた。


このUIユーザインターフェース、一体誰が作ってるんだ……?


さて、改めて寝る前のMP消費だ。ここで、【容量拡大】にポイントを振ったことで、容量が一気に増えて容量圧迫によるMP減少がなくなったことに気がついた。


まあ、デカいものには割とMPを食っていたから、馬車の出し入れでもすれば消費できそうだけど、流石に部屋の中では無理がある。


とはいえ、【空間収納】に入っている量の割合によってMPは消費しているようで、自動回復が遅くなることは確認しているため、魔法袋に入っていた大量にある素材を【空間収納】側に移して多少の負荷をかける。


また、部屋の中で出来ることを探しているうち、森から回収していた木材を【空間切削】で加工すると割といい消費になることを見つけて、こいつを量産してみた。


【空間収納】の容量圧迫で負荷用になるかと思って、数十本ほど採ってきてよかった。


割と硬くてよさそうな素材だけに、いい金になったりするといいなとか思ったりしている。


ホームセンターにあった素材をイメージしながら次々に加工してるうち、MPが残り2割を切ったところで少し気持ち悪さが出てきた。やはり魔力枯渇症状はあるようだ。


そのタイミングで、久々に現れるオープンステータスのウィンドウ。


『空間収納レベルが上昇しました』


『成長ポイントを割り振ってください』


早くもLv.8だ。


空間収納 Lv.8

成長ポイント:4

・容量拡大 Lv.3

・時間経過 Lv.3

・距離延長 Lv.3

・空間切削 Lv.3


ここで、どれかしらLv.4にしようかとも思ったが、これで負荷効果が下がっても微妙だし、一旦キープしておくことにした。


ただ、他の成長と同様にLv.3で何か副次効果があるかも? と思って、【距離延長】にポイントを振ってみた。


【距離延長】は500mぐらいになった。期待した副次効果は【方向ベクトル指定】らしい。


字面からするとよく分からなかったが、門から排出する際に向きが指定できるようになる上に、そこに一定の力を加えて飛ばすことが可能になったようだ。


……まあ、微妙ではあるけど、確かに門にモノを入れた際の方向ってずっと保存されるっぽくて、南南西を向けて置いたものはデフォだとそのまま南南西を向いて排出されるんだよな。


だから、取り出す際にうまく引っ張る必要はあったりしていたので、【方向指定】は便利なのだろう。


あと、若干の加速をして出せるのであれば、遠隔のゲリラ攻撃みたいなことも可能になるのかもしれない。


攻撃方法が落とし穴のような罠しか有効なものがなかったので、これは助かる。色々と準備は必要になりそうだけど。


さて、ぼちぼち終わろうと、加工したものを収納に戻して改めてベッドへ横になった。


体力的にはそこまで限界だった、という疲労感はなかったものの、目を閉じて脱力した直後に意識を手放していた。

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