第176話 勇者様ファン

「ねえ、ロ……ビンス様」


ナディーヌさんの街案内から戻った翌日の朝、朝食へと向かう廊下でクロエが話しかけてきた。なんか、その言い間違いは危うい気がする。


「お姉様に、何かした?」


え、何だろう。


まさか、やっぱり一晩考えて減量をだなんて言い出したり……


「昨日の夕食の時、あんなに嬉しそうに食事するお姉様は、久々に見たから」


あれ? そうなのか。


そもそも間近で意識して見たのが、昨日のお茶の時が初めてってぐらいで、その時も美味しそうに食べるなー、って感想しかなかったんだけど。


「部屋に戻る時もずっと笑顔だったから、街案内で何かいいことあったのか訊いてみたら『さあ、どうかしら。うふふっ』って嬉しそうに誤魔化された」


うん、少なくともあのクソ野郎の件は気にしてないようで、安心した。


まあ、俺の言ったことがどこまで影響したのかは分からないけど、不要な劣等感コンプレックスが少しでも和らいだとするなら、お面を外してまで言った甲斐があったかもな。


「……もし、お姉様とロブがくっ・・つく・・なら、それはそれでお祝いするけど、お義兄様と呼ぶのだけは、ちょっと抵抗あるかも」


そう言って、クロエは笑みを浮かべて朝食の待つ食堂へと言ってしまった。てかロブって言ってるし。


うーん……でも、そう・・なって・・・しま・・った・・ってことだよなぁ、昨日の件は。


ナディーヌさんが、あの体型を自分自身で認めてあげてほしいと思ったのは本心なんだけど、その言葉が泣かれるほどに刺さってしまったわけで。


その責任を取れと言われたら、そんなの全然『こちらこそ喜んで!』って感じではあるんだけど……。


「……まあ、その辺りは俺の結婚適齢期まではお預けだろうし」


やっぱり、冒険者生活に未練というかなんというか、ね。


一応、この世界の成人は学園を3年で卒業した15歳〜16歳とされているらしいので、その辺りまではある意味で猶予期間ということになるだろうか。


いざとなれば、冒険者じゃなくても、いつでもダンジョンには潜れるだろうしね。


そうなったらそうなったで、シマコーみたいに頭を爵位にでも付け替えていけばいいさ。男爵ロブとか、辺境伯ロブとか。


◇◆◇


今日は、クロエの年の離れた妹である、ヌールちゃんと館の中で過ごすことになっている。


ヌールちゃんはエルフの特徴である長く尖った耳の特徴が強く出ている、金に近い白髪をした女の子だ。たぶん。


……ヴァル氏の例があるから、ハイエルフの先祖返りだったりした場合、無性別に近い感じの体質で契約による性徴の可能性はあるから、あくまで『たぶん』である。


流石に聞くわけにも確かめるわけにもいかないから、現状は服装からして女子してるので『ちゃん』だけど、その辺りは情報公開の状況により変化する可能性があることを、あらかじめご了承下さい。


「どう? すごいでしょう!」


「これは……確かに凄いね」


侯爵に許可をいただいて、大量の蔵書が集められた書庫を見せてもらっている。


2階まで吹き抜けになった部屋に、はしごに登らないと届かないような見上げるほどの棚が並ぶ様は、壮観の一言だ。


その棚が、何部屋か繋げられたような広さの中で、奥の壁まで何列も左右に向かって伸びている。これは前世においても、図書室というより、図書館ぐらいの規模だろう。


以前、リナの家にある書庫もチラッと見せてもらったけど、それだって小中学校にある図書室程度は広さがあった。なお、蔵書はウェスヘイム家だけあって、勇者様関連と冒険者関連が主だとのこと。


ルクレール侯爵家の蔵書は、大半が伯爵時に収蔵していたものを持ち込んだものではあるものの、現在もまだ買い足しているところなのだという。


確かに上の方を見上げると、大人でも手の届かない高さより上ぐらいは空きになっていた。


何でも、ルーデミリュの貴族の間では蔵書が爵位の格の指標になる、なんて感じの風習めいたものがあるそうで、書庫の広さと蔵書の量が、爵位が上がるに従って増えていくんだとか。


まあ、家格が上がるに従って子息らに求められる見識も高いものとなるため、幼少の頃から高水準の教育が為されるべき……なんて言われれば、確かに環境を用意するという点では、そういった風習に意義があるのかもしれない。


とはいえ、その指標として数があればいいってもんじゃないだろう、というのが感想ではある。


書庫内をざっと眺めたところ、法学や数学、歴史といった受験でも見たような科目の他、魔法や魔法陣、薬草、片手剣術といった冒険者方面の本も多数揃えてあるようだ。


児童向けと思われる絵本も、それなりの数が棚にまとめられている。こういった本もあるのか。


なお、国防や機密に関わるものは、領主が管理する別の閉架書庫に入れてあるそうなので、書庫内にあるものであれば、自由に見ていいそうだ。


……恐らく、あのルーデミリュ内の地図辺りは、閉架書庫に属するものからの書き写しだったんだろうな。


「こっちこっち!」


ヌールちゃんの案内で書庫の中を回っていて、中でもオススメがあるらしく先導してもらっているのだけれど……なんかこう、ヌールちゃんは精神的に幼い印象がある。


年齢的には同年代であるはずのリナやクララと、ここ半年以上も関わってきたから、そう思うのかもしれないけど。


まあ、あっちの方が大人びているというか、落ち着いているという方が正しいのかな。元の世界で言えば、小6とか中1とかなんだし。


「ここ! すごいでしょ!?」


そう言ってヌールちゃんが立ち止まった棚の背表紙に並んでいたのは……『勇者様』の文字だった。


正直驚いたは驚いたんだけど……なんだろう、よく集めたなこれだけ、というよりは、こんなにあったの? という驚きに近かった。


いくつかの冒険者ギルドの資料室ぐらいしか見ていないけど、伝説的なものが書かれた本が数冊あったっきりで、一般に出回っているのはこの程度なのかと思っていたんだよね。


リナの家は『勇者博物館』を管理してたぐらいだから、現代における専門家中の専門家だと思ってたし。


勇者関連本だけの量で言えば、リナの家の棚のそれに次ぐ量はありそうだけど……こんなに出回ってるものなのか。


「ヌールちゃんは、勇者様が好きなの?」


「うん、勇者様はすごいんだよ!」


そう言うヌールちゃんの目はキラッキラに輝いている。


こいつはガチ勢だな……アクアクリルスタスタンドとか売ってたら、即買いで机の上とかに飾ってそうだ。


「みんなが困ってるところにやってきて、悪い人たちがどれだけいても、バーンッて魔法1発でやっつけちゃうし、怖い魔物がいっぱい襲ってきても、全部倒してくれるの!」


そう言えば、スケさんも出会った時に自分で『魔法使えば空一面の魔獣どもを一網打尽』なんて言ってたっけ。


王家にダンジョン潰しとか残党狩りとかこき使われてたって言ってたから、そういった逸話が残されてるんだろうなぁ。


「だから、お父様から勇者様が復活したってお話を聞いて、絶対に私、勇者様と結婚するんだって思ったの!」


…………勇者様スケさん、昔も貴族から幼い娘を結婚相手にと宛てがわれかけて辟易していたようだけど、もしや幼女に好かれる才能でもあるんじゃないだろうか。


「ね、魔法袋が開封されて、いっぱい宝物が出てきたんでしょ? どんなのが入ってたの?」


へぇ、半年ちょっと前の話とはいえ、結構詳細な話までこっちに伝わってるんだな。


国交が断絶してたって理由もあって、冒険者や商人でも行き来するのがなかなか難しかったって聞いたけど。


「そうだね、魔王を討伐した時の鎧とか、倒した魔物とか……そうそう、毒を持ったドラゴンとかも入ってたんだっけ」


「すごいすごいッ! ドラゴンとかもたおしちゃうんだ!」


……確かに凄いは凄いんだけど、スケさんにとってドラゴンは美味しい食料として確保する対象だったから、ちょっと意味合いが違ってきちゃうんだよなぁ。


現代ならドラゴンスレイヤーなんて言われて、ゴールドAランクどころかその上のプラチナSランクなんてのが作られて、確実に二つ名が付くんだろうけど。龍殺しのサスケとかそういう。


◇◆◇


ヌールちゃんとの館内デートは、そんな感じで勇者様スケさんトークをして過ごして終わることになった。


お茶の時間もずーっと勇者様の話で、現代に残る逸話に少し詳しくなってしまった。


恐らくヴァル氏が書いたと思われる歌劇の話も出てきたりして、残ってるところには残ってるもんなんだなー、と。


もうね、ヌールちゃんは終始話す時の目が輝いてて、本当に勇者様に憧れてて好きなんだろうなって様子が伺えた。


『私、大きくなったら絶対に勇者様のお嫁さんになるの!』なんて言ってたけど……確かに、相当大きくなるまで待たないと、スケさんの許容範囲ストライクゾーンに入らないんじゃないだろうか。


……いつか、こっそり会わせてあげたいけどね。スケさんさえ良ければだけど。

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