第221話 宝箱

「お、早速来たな」


11層からは、前の層までに出現していた蝙蝠や狼に加えて、ゴブリンが出現する。


そんな初めて倒したゴブリンの身体が消えると同時に、ひと抱えほどの大きさの宝箱が出現した。


ちょうど腕の内側にぴったり収まるぐらいの、引越し業者が喜びそうな寸法サイズだ。


愚痴マス曰く、10層以降の階層でポーションが出るという話だったけど、こいつは幸先がいい。


そういえば、宝箱といえば罠とかが定番だけど、あったりするのだろうか。……念のため【鑑定】でもしておくか。


「罠は……無いみたいだ」


「え、分かるんですか?」


【鑑定】で宝箱に罠の表記が無かったことを確認したところで、初めて宝箱が落ちるのを見たというテアが訊いてきた。


そういえば、いくつかのスキルについては詳しく説明してなかったかもしれない。


「ああ、うん。一応【鑑定】持ちだからね。偽装がされてなければ、【性能鑑定】で罠の詳細が見えるんだよ」


アジトダンジョンへの探索を除いて、特にやることがなかった年明けから入学までの間、ちまちまとスキル上げに勤しんでいたので、【鑑定】もLv.5に上がっている。


▼鑑定 Lv.5/13%

使用可能:

 【名称鑑定】【性能鑑定】【生物鑑定】

性能補正:

 MP消費軽減20%

 高精度鑑定10%

 看破 5%


新たに『看破』というのが性能補正に出てきたが、これはステータスを【偽装】したり【隠蔽】したりしている場合に有効らしい。


「えっ!【鑑定】持ちだなんて珍しいですね。大抵は洗礼の儀の際に見つかった時点で国から召集・・がかかるか、貴族家のお抱え・・・になると思ってました」


……何気に希少レアスキルだったのか、【鑑定】って。


どうやら【鑑定】持ちというのは、いわゆる【火魔法】や【風魔法】といった属性系の魔法使いの数に比べて相当に珍しい部類らしく、10年に1人見つかると言われるほどなんだそうな。


そのため、王族の食事や貴族からの献上品、あるいは備蓄するポーション等など、あらゆる身の回りのものを【鑑定】するのに高い需要があるため、洗礼で見つかった時点で就職先というか生涯・・が決まるようなものだとか。


「【商人】とか【盗賊シーフ】とかのスキル持ちだと【目利き】って近しいスキルがあるのは聞くけど、確かに純粋な【鑑定】持ちってのは珍しいわね。……ほら、さっさと開けて次に行くわよ。時間が無いんでしょ?」


ああ、そうだった。わざわざ早朝鐘1つ6時に出てきたんだし、リナの言う通り早いところ開けてしまおう。


「あ! 私が開けてもいいですか?」


宝箱へ手を伸ばしたところ、テアがそう申し出たので、せっかくだからやってもらうことにした。


まあ、一度は開けてみたくなる気持ちは分かる気がする。


万が一【鑑定】が【偽装】で間違っている可能性も考えて、宝箱の蝶番ちょうつがいが内側に、開く側が外に向くように持ってもらい、誰もいない方に向けて宝箱を開けてもらった。


流石にまだ浅い11層で無いだろうとは思ったけど、果たして【鑑定】の通り罠は無かった。


中に入っていたのは、普通に初級のHPポーションで、最初の戦利品ドロップとしてはこんなもんだろう。1本大銅貨千円だったか。


「次はどっちに進むの?」


「えっと……ああ、こっちだね」


地図閲覧ビューア】で方角を確認して、次の階段への最短距離となるように探索を再開する。


11層は北側に開始点スタートがあり、南東に終着点ゴールが置かれている。


「……ここ、きちんと地図を作って持っていないと、容易に現在地を見失いそうになるわね」


そう、学園ダンジョンは洞窟型ではあるものの、割と単調な見た目であり、通路内に特徴的な配置物も無いため、非常に迷いやすいのだ。


地図作成がわざわざ『探索実習』の授業に組み込まれている理由も、なんとなく分かる気がする。生徒も教員も、他のダンジョンより地図の必要性を強く感じたのだろう。


壁に囲まれた洞窟型ケイブではなく、平地を探索する解放型オープンの場合に必須とされる方位計コンパスだけど、当然ながら冒険者ギルド併設の消耗品を主に取り扱っている売店でも販売されている。


仮に十字路とかで接敵なんてしようものなら、戦闘終了後にどっちに進むか見失うなんて容易に想像できる展開だ。


まさに地図と方位針が生命線と言っても過言じゃないだろう。


まして11層から15層は、5層までに比べて面積比で4倍の広さがある。いくらでも迷う機会には事欠かなさそうだ。


「そう言う意味では、ロブの【地図】スキルは誰もがうらやむでしょうね。何かの拍子に口走らないように気をつけないと、いい道具として使われかねないわよ?」


うーん、確かに大袈裟な話とも言えないから困ったもんだな。


とりあえず各階層の地図を完成させて、『記憶力がいいもんで』とかで乗り切れないものだろうか。


◇◆◇


「結構、落ちるもんだね」


テアの【聞き耳】で魔物がいる方向に立ち寄りつつ進み、ようやく階段付近へ到達するといった辺りで、宝箱はこれで3個目だ。


「ゴブリン系から落ちると言っていいのかしら?」


「なんかそうっぽいね」


今まで倒したゴブリンは8体で、3個の宝箱が出たのはいずれもそのゴブリンからだった。


10層までも含めて、蝙蝠や狼からは魔石ぐらいしか落ちなかったんだけど。


「とりあえず、記録は付けておくよ」


早朝であるためか、あるいは普通に授業がある日だからか、接敵する機会はフィファウデに比べて多い方だと思う。


統計を取るには、記録データが多いに越したことはないから、戦闘機会が多いのは非常に助かる。ブートやテアもまだまだ余裕そうだしね。


「それじゃ、この小部屋が階段の最寄りになるようだから、ここで休憩にしようか」


11層はその広さもあって、ここに来るまでに既に地図が完成している。


冒険者ギルドの地図の方でもわかっていたけど、11層からは小部屋の数が5つに増えていた。


この小部屋は階層の南東に位置しているので、もう少し南に行くと通路の先に階段がある。


俺はいつもの長椅子と長机を出して、朝食・・の準備を進めていく。


今朝は、1の鐘早朝6時に出てきたみんなに、軽くバナナと牛乳を流し込んでもらっただけになっていたので、改めて朝食をというわけだ。


……朝食前に運動とか、相撲の稽古みたいだなとかは思ったけど、言ってはいけない。どうせ伝わらないし。


今日は、逆に普通の献立メニューで行こうかと思って、コンソメスープとパン、あとはバターとジャム各種といった感じだ。


ジャムは苺にブルーベリー、オレンジのマーマレードもある。一部、小豆のジャムこと餡子も置いているので、あんバターもできますよ。


うん、甘いジャムと塩気と出汁の効いたコンソメスープの繰り返しは、いくらでも飲めるよね。


ふと顔を上げて周りの様子を窺ってみると、リナが器用に【火魔法】でパンを炙っていたもんだから、他のみんなに頼まれて焼く羽目になっているようだ。


まあ、バターを溶かすのには確かに焼いた方がいいよね。今度、ヴァル氏にパン焼き器をお願いしてみようかな。


……いや、魔法陣学で着火とかを学んだら、自作できたりするか? 金属の箱とかは好きな形状で【空間切削】できるし。


今度、魔法陣学担当のゾフィア先生にでも、魔道具関連の話を聞いてみようかな、うん。


さて、時刻はまだ2の鐘8時にもなっていないので、割といい進度ペースで進んできている。


仮に15層でここより5割増しぐらい時間がかかっても、7の鐘18時には戻れる計算だ。


しかし、16層以降のことを考えると、面積が15層までの5割増しで、さらにオーク系が出てくるなど敵も強くなるわけで、恐らくは2日かけないと開通できない可能性が高いことも意味している。


まあ、敵を無視する……というか、俺とリナが戦闘に介入して、常に全力で階段から階段へと向かうような転移部屋ショートカット開通RTAでもすれば、たぶん1日で済ませることも可能なんだろうけど、それはちょっと趣が無いというか、せっかくの初見ダンジョン探索が台無しだ。


むしろ、遊んでないで攻略しなければいけない状況となったら、俺が視界だけを飛ばして転移部屋ショートカットに格納門を開通させるのが間違いなく最速なので、やろうと思えば今日にでも30層だろうと40層だろうと行けてしまう。


……でも、それじゃちっとも面白くないし、単なる作業になって楽しめないだろうからね。


せめて初見の時ぐらいは、焦らずに探索していくことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る