第142話 ウォルウォレン襲来

……本当、異世界に事前導入プリインストールされた遠隔通信手段が欲しい。


そうは思いませんか? ねえ。


「……おい、話聞いてんのか?」


「あ、ああ、うん。聞いてる聞いてる。それで……なんだっけ?」


「こいつは聞いてないやつでさぁね」


ベルトたちが数日前に既に出していた返信に、俺からの反応が無いのに痺れを切らして拠点まで襲来したのは、俺が返事を忘れていたことに気付いた翌朝のことだった。


昨日気づいた時、既に時刻は7の鐘18時を超えていたので、依頼報告を除いて受付は終了していた。


そのため、明日返事を出そうと思っていたんだけど、まさか扉を叩く目覚ましモーニングコールで起こされるとは思わなかった。


ただ、その音に気付いた直後は、『また来たか』と思って9割無視しようと思ってしまったんだよな。


つい先週ぐらいまで、何度か拠点まで来る不審者・・・ってのがいたもんで。


その不審者たちは何を目的にしていたのかと言えば、リナかクララ、2人のいずれかに取り次げないか相談しに来ていたようなんだけど。


アレだ、『勇者様』『聖女様』の関連で、その2人とパーティを組んでる俺について、どこからか聞き込んできたのか、拠点まで押しかけてきた様子だった。


俺の場合は、外に格納門出せば高解像度の監視映像がいつでも見られるので、面識ない輩どもについては、丁重に居留守を決め込んでやったよね。


呼び出してる間、あの世紀末たちみたいな劇画調の顔した輩どもが『俺たちにもとうとうシルバーBランクになる機会チャンスが来たぜ』……とか何とか言ってたから、大方、『俺たちの方が2人とパーティを組むのに相応しい!』『お前は抜けて俺たちのところに入るよう説得をしろ』なんて言い出すつもりだったんじゃないかと思うんだけど。


今思えば、あいつらも埋めておいた方が良かったんじゃないかとは思わなくもない。まあ、しばらくしたらどこか行ってしまったから、見逃しておいたけど。


んで、そいつらが久々に来たのかと思って、いつもよりは若干寝坊ぎみの時間に、寝ぼけた頭のまま玄関に出した格納門監視映像を覗いたら……どっかで見たことある4人組がおるな、ってなって。


まあそんなわけで、皆で朝ご飯を食べながら、話を聞いていたところだ。


「いや、うん、聞いてたよたぶん。ひとまずクロエを実家に送っていってほしいって話だよね? 俺が姿を現すかどうかは別として」


「大体あってる」


「まあ間違っちゃねえが……向こうさんにとっては、どっちかと言えばお前への礼が主題メインだと思うぞ?」


まあ『実際そうかもなー』とは、依頼内容を聞いた上で俺も思った印象だ。


クロエからの依頼内容としては、ルーデミリュの王都に彼女を送り届けてほしい、といった内容だった。


期日としてはそこまで急ぎでもないけど、冬を越して春になるとまた忙しくなるので、その手前がいいのではとのこと。


俺としても春からは学園だから、その辺りの方が都合はいいかな。直近は女神像フィギュア関連で手が埋まってるけど。


ただ、クロエを送り届けるにしても、過去に彼女をルーデミリュから逃した冒険者パーティ自体が、向こうとこちらとを問題なく行き来できている様子なので、移動自体に俺がついていく必然性が全然無いというか。


まあ、やっていいかは別としてだけど、クロエの父親に王都の屋敷の一室を借りて【ダンジョン化】でも置かせてもらえば、いつでも自由な出入りすら出来てしまう。


もちろん、門を繋ぎっぱなしにするにしても、【通過対象指定】で門をくぐれるのはクロエだけに限定するだろうけど。


なんか、刺客とか送り込まれても困るしね。


流石に断るのは悪いから付き合うつもりではあったけど、わざわざ『俺に』話を持ってきた経緯を確認したところ……


「父が、『不可視の賢者』を呼べないか訊いてみてほしいって。前に言っていた話だと思う」


俺の付き添いを要望したのは、どうやらクロエの父親らしい。


現在は伯爵から侯爵へと陞爵しょうしゃくし、宰相として忙しくしているそうな。


んで、お礼ぐらいメール一本出してくれればそれで良かったのになー、なんて頭に浮かんで、前世の携帯電話やSNSといったサービスのある世界に思いを馳せていたわけだ。


「うーん、礼と言われても、こっちの都合で動いただけではあるし……他に何か用事があるんだろうか?」


「別に、たぶん単純に礼が言いたいだけ。何なら出迎えも出すと思う」


クロエが言う通り、落ち着いた頃に訪ねてきてくれたら歓待するとか言ってたから、確かにそういった意味合いが強いんだとは思うけど。出迎えは御免被るかな。


ちなみに、父親は現在は宰相とのことなんだけど、元のギリギリ下位貴族の伯爵から上位貴族の侯爵とは、随分と出世なさったもんだ。


まあ、元から辺境伯より上の上位貴族が仕事しないもんで、伯爵はあちらこちらから便利屋のようにその仕事の大半を押し付けられがちだったらしい。何その雑用系実力者主人公。


だから、その実力を知る周囲からも侯爵位への陞爵しょうしゃくはすんなり受け入れられたし、その後の運営も元の仕事が間接的に伯爵へと回ってきた流れから、直接担当者となる侯爵に流れるようになっただけだとか。


もっとも、宰相となったクロエの父親が元のように自分で動いていては、全ての作業は回らないので、必要な仕事を貴族に適宜割り振るようになったらしい。


ただ、この半年のうち人を使うことに慣れるまでの最初2カ月ぐらいは、本当に大変だったそうだけど。


「そうだ、欲しいものがあれば言ってくれって」


欲しいもの?


「金でもいいけど、宝物や爵位、領地、あとは嫁とか」


えっと……宝物とか爵位とか、まして領地なんて得体の知れない冒険者にあげていいものなのか?


それと……


「…………嫁?」


「たぶん私」


は? クロエ?


「あるいは妹。相続権ある姉に婿入りしてくれるなら、もっと喜ぶだろうけど」


「む、婿入りッ……!?」


ウェ、ウェイ、ウェイトWaitだ、ハングHangオンonセックa secだ。


ちょっと待ってくれ。なんか急に話の角度が変わってきた。


何、学園編を前にしてハーレムもののフラグでも立とうとさせてるのか? この筋書シナリオは。


「アレだな、権力者がよく冒険者を身内に取り込むために、爵位とか持たせるってやつだろうよ。お前との繋がりを確実なものにするためのな」


……あー、なるほどね。爵位とか領地とか、そういうことか。


どうやら、ダンジョン経済において、元冒険者を身内に引き入れることは、そこまで珍しいことではないらしい。


そして、領主家に婿入りや嫁入りした元冒険者が、その後に地域の冒険者ギルドへと出向することで、サブマスター辺りに就いて経験や人脈を活かしつつ、領主との窓口役を担うこともよくあるそうな。


……下手すれば癒着とかの温床になりかねない制度ではあるんだけど、確かに冒険者稼業に明るくてすぐ相談できる領主の身内がいるってのは、ギルド職員たちにとっても安心できそうなもんだろうし。


まして、暴走スタンピードまわりの対策はギルドと領主との連携が必須なわけだろうからね。


「うーん……今のところはどこかに落ち着くよりも、冒険者を続けたいかなー」


領地経営とか街開発とかに興味が無いわけではないけど、今はまだいいかなって。こっちに来てから半年しか経ってないし、まだダンジョンにも全然潜れてないし。


「……私とじゃ、イヤ?」


あ、ちょっと待って、やめて、その伏せがちからチラリとこっち見る感じ、本当に。本気にしちゃうから。


割とクロエみたいな大人しそうで芯が強い感じの、でもさっぱりとした女の子ってへきに刺さるから。


肌着で温泉入ってきた時に、実は素数数えてたし。ちなみに1は素数じゃないので数えてはいけないらしいよ。


「ああ、もしかして先約か? パーティ組んでるリナやクララ辺りの」


いや、そっちは特に何もないから問題ない。問題って?


「そういや聞いたぜ、勇者様・・・御一行・・・の武勇伝。随分とご活躍だったらしいじゃねえか」


……本当ベルトは、そういう他人いじるの好きだよな、まったく。


もしかして、権力関係を苦手としてるのを覚えていて、話を流してくれたのかもしれないけど。


そこからしばらくは、王都までの往復とか入学試験まわりの話とかを、根掘り葉掘り聞かれた。


「ところで、暇なの? こんなとこで昼間になろうとしてる時間まで話してて」


「来週までは予定も無いんでやすよ。ギルド行ってもみんな似た状況だからか、依頼書は綺麗さっぱり」


「……どういうこと?」


話を聞くと、本来であれば今の時期は暴走スタンピードの間引きを行っている予定で、シルバーBランクである彼らには強制依頼が出されているはずだったんだとか。


しかし、今年は例の事件の影響かその兆候も見られないので、領兵による軽い調査で終わる予定なんだそうだ。


そのため、調査が終わるまで特定階層以下は探索禁止となり、来週いっぱいまでは20層以下に入れないため、ウォルウォレンの4人も休みを決めこんでいるんだそうな。


「へぇ……」


そういえば、ちょうどあの蓋の文言を読んだ人が、きちんと更新アプデを問題なくできるかどうか、実験したかったんだよな。


ちょうどここに、俺のスキルを既に知っていて暇な・・冒険者・・・たち・・ってのがいるな……うん。

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