第167話 ヴァル氏の新発明

「酸っぱい汁とか、どうかと思ったけど……これは素晴らしいね!」


ヴァル氏が、小葱を散らしたポン酢に感嘆している。


その横では、器用に箸を使うレーヴァンが、ほんのり桃色ほどという最適な色合いになった肉を鍋から引き上げ、そのポン酢の入った小皿へと盛っていく。


確かに、あんまりラビット氏の料理にポン酢って出てこなかったから、ヴァル氏にとっては初めての味付けかもしれない。


考えてみれば、肉に酸っぱい汁とか聞こえはあんまり美味しそうじゃないんだけど、この柑橘系の香りと酸味が妙に美味いんだよね。


最初こそ眉をひそめていたものの、ラビット氏に勧められるまま口にして、以降はいつもの残念エルフ状態になっている。


まあヴァル氏じゃなくても、この異世界産の魔物肉でやるしゃぶしゃぶには陥落するとは思う。


スケさんも、数枚を一度に投入する勢いでガシガシ食べている。野菜も食べようね。


ちなみに、長机テーブルへと並ぶのはオークキングやワイバーン、ブルーブル、そしてグリーンドラゴンの薄切り肉だ。たぶん市場価格なんてものは考えてはいけないやつだろう。


「こっちのタレもオススメですよ。味が濃いので、まずは少しだけつけてみてください」


ラビット氏が新しい皿に黄色がかった乳白色のタレを注いで渡す。


ああ、いけないそれは危険です、味変なんてされたら止まらなくなってしまいます。


甘く少しとろみのついたゴマだれは、ポン酢との対比で別腹のように食べれてしまう危険な液体。


「最後にシメがあるので、程々に食べてくださいねぇ」


……割と鬼畜なことをサラッと言うよね、ラビット氏は。


まあ、確かにしゃぶしゃぶは最後のシメが大事なんだけど。


◇◆◇


「あー食うたなぁ、流石に動けんわ」


肉の出汁も効いた残り汁にご飯を入れて卵をかき混ぜた雑炊は、語彙が見当たらないぐらい本当に最高だった。


「いやぁ、鍋もいいねぇ。寄せ鍋とかすき焼きとかチゲ鍋とか、今まで勿体無くてやってこなかったけど、これからの季節は最適かもしれないね」


あー、確かに、鍋といっても色々まだ食べたことがないものがありそうだ。


静かだなと思ったら、ヴァル氏は既に至っているのか、背もたれに身体を預けていた。


あれ……そういえば。


「ヴァルさんが来た時、ようやく完成したって言ってたそれって何なの?」


「…………ん? あ、ああ! そうなんだよ。ようやく実用化できたのだよ!」


再起動したヴァル氏が再び掲げた箱らしきものは、やはり魔道具らしい。


「……で、その箱が何なんや?」


「この箱に使用済の魔石や魔結晶を入れておくと、それらに魔力が蓄積されることで、再利用可能になる魔道具さ!」


へー、使い切りの電池だったものが、充電池になるってことか。


そういえば、ヴァル氏が持ち帰ったあの魔法阻害の手錠の仕組みが、放出した魔力を魔石へと吸い上げる方式だったんだっけ。


「周囲の魔力を継続的に集約することと、その集約に使用する魔法陣自体の消費を抑えることが課題だったんだけど、『ダンジョン内での使用』と『箱に収納する』という条件はあるものの、なんとか元の魔石の持つ魔力の8割から9割まで蓄積できるようになったのさ!」


【灯火】に使われるような小さな魔石とか、あるいはポーション作成に使われるような魔石だったら、山のように産出されるから微妙だけど、スケさんの魔法袋から出てきたような魔物の魔結晶とかであれば、大容量蓄電池バッテリーとして結構需要があるんじゃないだろうか。


それこそ、ポーション台に使われる魔石を差し替えれば、費用コストを削減できそうではある。


……尤も、ポーション作成ですら使いきれてない魔石が大量にアジトダンジョンの探索で産出されているから、現状では貯まるばかりなんだけど。


なんか捨てるのは惜しいから、大量に消費できるポーション系の作成法レシピが欲しいところなんだよね。


この貧乏性MOTTAINAIのおかげで、ビルドゲームでも大量に土とかザコ敵の素材とかを溜め込んでたんだよなぁ……。


「……あの当時に思いついとったら、結界も再起動できたんかもわからんなぁ」


「まったくだよ……あの頃はまだ若すぎて、見識が狭すぎていたと恥いるばかりだ」


あの頃というのは、どうやら王都に結界があった当時のことを指しているようで、新たに古龍エンシェントを討伐して、巨大な魔結晶を手に入れる以外にに方法は無いと思われていたそうだ。


確かに、魔結晶用に魔道具を作って再利用できていれば、色々と状況は違っていたのかもしれない。


それこそ、スケさんが強かったから魔王を倒せただけで、実際は王都の城壁は崩されて攻め込まれていたそうだし、一歩違えば人類は滅亡してたか支配されてたかのどちらかだったんだとは思う。


「その王都の結界って、今でも残ってるの?」


「さてね。王城の地下にあるから、王家がよほどの馬鹿ではない限り取り除くような真似はしてないと思うけど、無能な王家と馬鹿な貴族が数百年の間にどうしたかなんて想像もつかないね」


……まあ確かに、大抵はその『よほど』を引き起こす何者かのおかげで、物語は危機に陥りがちだからな。無いとは言えなさそうだ。


「その蓄積の魔道具やけど、【ダンジョン化】した場所でやったらどうなるんや?」


「…………魔道具の魔力を吸い尽くして、【ダンジョン化】は消滅してしまうだろうね。うーん、それは確かに対策が必要だ」


どうやら、【ダンジョン化】の魔道具は一定空間の魔力の濃さを上げる処理があるらしく、使われている魔結晶が切れたり、空間から魔力が失われたりすると、【ダンジョン化】も解除されてしまうとか。


これは他の魔法でも同じで、特定の魔法を起動しようとしている際に何らかの方法で魔力が吸収されてしまうと、魔力が足りずに発動しないそうな。


それを元から吸い出す仕組みにしてあるのが、あの手錠だったということのようだ。


「少なくともボクの魔道具であれば判定はつくからすぐに対応できるけど、ボク以外が作った【ダンジョン化】については、回避する符号でも付けてもらわないと判定は難しいだろうね」


まあ正直、ヴァル氏以外に作れる魔道具師が現代にいるとは思えないんだけどね。


…………ん?


一瞬、何か記憶が頭を過った気がするんだけど…………何だろう? 


まあいいか、思い出せない程度のことなら重要じゃないはず。たぶん。


「そもそも、この魔道具を作ったのも魔結晶の残りが心許なかったっていうのがあってね。これで【ダンジョン化】の魔道具に使う魔結晶が再利用できるようになれば、減らさずに済むってわけだ」


そういえば、確かにあれも魔道具だから何らかの魔力を使ってるわけで、消耗もしてしまうのか。


「ちなみに、【ダンジョン化】の魔道具ってどれぐらいで止まってしまうんです?」


「たった5年で切れてしまうんだ。すぐ交換を忘れてしまって、飛べなくなった場所がいくつもあるんだよ」


……ハイエルフ時間なら『すぐ』なのかもしれないけど、まあ気にするほどではなさそうだ。


というか、謎の魔道具がその辺に放置されてたりするのかな。


とりあえず、【ダンジョン化】単体では何ができるというわけでもないので、仮に発見されたところで問題ないとは思うけど。


「その蓄積の魔道具に入れて、どれぐらいで完了するんです?」


「【ダンジョン化】に使ってる程度なら、大体鐘1つ2時間もあれば十分だ。仮に古代龍エンシェント級のとなると……蓄積量に合わせて、3カ月ってところかな」


うん、思ったよりも全然短時間というか、スマホの充電に近いぐらいだ。それで5年保つというのだから、結構効率が良いんじゃないだろうか。


……まあ、交換を忘れなければ、だけど。

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