第173話 冒険者派遣事業

「ナディーヌ様から見て、ルーデミリュの様子は変わられましたか?」


貴族街から富裕街に向かう馬車の中で、俺は目の前に座るクロエのお姉さん、ナディーヌさんに訊いた。


まずは初日ということで、彼女の担当とのこと。明日は三女のヌールちゃんらしい。


なぜかその翌日はクロエことニコレッテ嬢が担当するらしいんだけど。機会は均等に、ということだろうか。何の?


さて現在向かっているのは、ルクレール家が昔から世話になっているという仕立屋だ。


しばらく滞在するし、お嬢様方とご一緒するのに冒険者姿では格好がつかないだろうということで、急遽作ってもらうことにしたのだ。


まあ、他の人からは【認識阻害】で見えないんだけど、それでも何かの折に姿を現す可能性はあるわけで、性能が良いとはいえ革鎧姿では格好がつかないだろうと思ったわけだ。


ナディーヌさんはこちらの質問に、頬に手を添えて考える仕草をしている。


「そう……ですね、やはり人々の顔が明るくなったと思います」


この街に来た時にした予想は大体合っていたようで、つい半年前まではダンジョンでの暴走スタンピードもあって各地の流通が滞り、ただでさえそんな状況なのに軍部からの徴発もあって、市場にモノが不足しがちで高騰していたそうな。


いわゆるスラムの闇市では、流れの商人がどこか・・・から・・仕入れてきた小麦などが割高ではあるものの飛ぶように売れていたそうで、貴族の使用人も姿を変えて買う姿が見られていたとか。


幸いにもルクレール家の持つ領地は領都とダンジョン街とで離れており、また近郊農業形態で農地があったため、食料事情は悪くなかったようだ。


暴走スタンピードが収まった領地の中でも、既に元の活気を取り戻しているダンジョンがある一方、冒険者に犠牲が出ていたり離れていってしまったりと、まだ立て直しに苦労されているところは少なくないようですね……」


特に領都がダンジョンを兼ねていた領地は、やはりダンジョン産業が主幹事業だったため、財源が失われたような状況だ。


冒険者を集めるにしても、建物の修復や滞在環境の整備、食料供給や、それに必要となる費用捻出など苦労しているという。


「なるほど……そうか」


そういう意味ではトレフェンフィーハからの冒険者の『派遣』があると、色々と助かるかもしれない。


トレフェンフィーハのダンジョン探索者であれば、ブロンズCランク以上は大半が既に魔法袋を持っているから、割と宿が無くても『自己完結』できてしまう。


その意味で、ダンジョン周辺の宿や冒険者ギルドの貸し出す魔法袋など、施設を前提とした活動に慣れているルーデミリュの冒険者たちに比べて、すぐに動ける利点がある。


フィファウデの冒険者辺りに、旅行がてら行ってみないかと誘ったら、案外来てくれるんじゃないだろうか。


その冒険者に話を聞いて、渡航者の実際の収益として標本サンプルを取ったり、問題点を洗い出したりといった辺りに役立てることもできると思うし。


それこそ、試しにクロエのパーティであるウォルウォレン辺りに、検証事例テストケースとして行ってもらうとかね。


「……ビンス様? どうかされました?」


あ、会話の途中で『冒険者派遣事業』の案に意識が奪われてしまっていた。


「すみません、ちょっと思いついたことがあって」


「思いついたこと、ですか?」


「ええ、まだ全然詰めてはないんですが……」


俺は、侯爵からも昨日話が出ていた『2国間における冒険者のダンジョン利用』について、『冒険者派遣事業』としてトレフェンフィーハのギルドに依頼を出してもらい、実際に冒険者が来た際の実例として参考にする案をナディーヌさんに話してみた。


「……といった感じで、互いの国の運用で明文化されていない箇所を洗い出したりもできるのではと思ってます。それこそ、こちら側の冒険者を付けることで、違反となる行為を指摘したり、トレフェンフィーハ側の冒険者の慣習との違いを探ってもらったりするのも良さそうで……す?」


…………あれ?


なんか反応が無いというか、固まっているというか。


もしかして……話がつまらなかった?


「……し、失礼しました。あの、少々驚いてしまったといいますか」


ん? 驚く?


「ビンス様はお若いながら、暴走スタンピードを終息させてしまう凄腕の冒険者とは父から聞いていましたが……その、商才もお持ちなんですね?」


……あー、うん、なるほど。若干やらかしかけてると。


「ま、まあ、あくまで思いつきなので、参考になればという話ではあるのですが」


「いえ! 素晴らしい案だと思います。依頼として報酬も事前に規定できるので、本来のダンジョンの運用のまま他国の冒険者に来ていただくことが可能ですし」


うん、戦利品ドロップは全回収である旨を伝えた上で、魔法袋の持ち込みを許容してもらえるなら、受け入れは可能なんじゃないかと思っている。


ルーデミリュ側としても、魔法袋の件を除いて規定ルールを変える必要は無いし、トレフェンフィーハ側としても魔法袋さえ使えればいつも通りなので、文句は出にくいはず。


ただ、持ち込んだ魔法袋で素材を隠して持ち出す冒険者が出てしまった場合が問題ではあるけど……


「先程仰っていた、こちらの冒険者が一緒に潜ることで、無意識ながら行ってしまった不正なども指摘できるでしょうし、そこは実運用でもしばらく規定ルールと定めてもいいかもしれません」


あー、うん。不正監視の機能として同行してもらうって方法はアリかもしれない。


「……まあ、それでも不正は発生し得るかもしれないですが」


確かに、2国の冒険者たちが共謀した場合は容易に持ち出すことが出来てしまうだろうし、それが持ち出されたものであるか証明するのは困難だろう。


ただ、恐らくそういった不正を唆す人は、今現在も既に何かしら不正をしているだろうから、冒険者資格停止辺りをチラつかせて、なんとかしてもらうしかないだろうか。


「後の問題は、素材を持ち出す際の値段とかでしょうか。この辺りは税とも関わってくるとは思いますが……」


物価の関係で、こちらで売るよりも国に持ち帰って売った方が利益が出る場合、派遣先の街に素材が卸されない可能性はありえそうだ。


一方で、冒険者に来てもらう地元としては、やはりダンジョン産業の活性化を期待するところだとは思うので、鉱物であれば武器職人とか、食料であれば加工業者とか、そういった中間業者向けに素材を卸してもらうことを期待していると思うんだよね。


そこがすれ違ってしまうと、せっかく依頼で来てもらった意味が薄れてしまいそうなので、持ち出せる量を制限したり、あるいは一定量を超える場合は手数料を引き上げるなどの方法で、残る量を調節コントロールする必要があると思う。


……と、そんな話をしていた辺りで坂を降りていた馬車の向きが変わり、平坦な道を進めはじめた。恐らくは、富裕街の仕立屋がある通りへと入ったということだろうか。


「すみません、なんかせっかくナディーヌ様と話せる時間をこんな話で潰してしまって……」


「いえ! 素晴らしい発想をお持ちだと知れて、私は嬉しかったです。間もなくお店の方に着いてしまうかと思いますので、続きはお茶の時間にでもしましょう」


そう言って、笑顔を向けてくれるナディーヌさんなんだけど……内心、すっごいその表情が凄く癖に刺さっており、顔に出さないようにするのが大変だった。


……あ、仮面かぶってるから出しても良いのか。いや、いざ外した時に危ないから気をつけてはおくべきだろう。


ていうかね、声もいいんです、この人。落ち着いたいい感じで。


……本当、エンディングC狙いもアリなんじゃないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る