第218話 残った話

「それでは、残った話はまた納品後にでもお願いします」


一点、残った話として……金属での鋳造を行った際の利用料といった権利周りがあったのだけど、そちらについては持ち帰ることにした。


どこかで切り上げてリナへのご相談ってやつをすべきだと、流石に途中で気付いたのだけど、初回の納品についてまでは、授業開始に関わるだろうと可及的速やかなるはやで決めてしまおうと思っていた。


本当は権利放棄でもしたかったけど……それはそれで面倒になりそうだったので、そちらはリナに相談して決めることにしよう。


「お疲れさまでした、お話はもう終わりですか?」


教室を出ると、クララが廊下で待っていてくれていた。なんだかんだで4半鐘30分ぐらい話をしていたので、随分と待たせてしまっただろうか。


「とりあえず、納品の話はまとまったよ。それで……リナを呼んできてもらっていい? 報告と相談があるってことで」


「あ、よかった。流石に気付いてたんですね、ちょっとやり・・すぎ・・てる・・って」


……まあ、リナには一言貰いそうって感知器センサーぐらいは持ち合わせているさ。


「場所はどうしますか?」


「あー、せっかくだし、みんなを呼んで個室で食べないか? 明後日の2回目の探索の話もしておきたいし」


うん、時間があったら明後日の緑曜日に潜る際の話をしておきたいんだよね。


やっぱり、どれぐらいで着けるかという見込みが立てにくい今の状況は不安だから、早めに出るとか撤退判断とかの話をしておきたい。


ある意味では、20層以降の探索の予行演習でもあるだろうし。


◇◆◇


……なんて話が出来る状況ではなかったかな、うん。


長机テーブルの片端では楽しそうに食事をしている一方、反対側では俺と、その場にいたということで連帯責任のようにクララが、リナから今回の件を問い詰められていた。


ちなみに、今晩の献立メニュー色々と・・・考えた結果、説明不要で食べ方が誰でも分かって、なおかつ皆で食べる場じゃないとやらなそうな、チーズフォンデュにしてみた。


定番のパンとか茹で野菜、ソーセージ、焼いた鶏肉といったものが盛ってあり、加熱用の魔道具に乗せた鍋の中でチーズがふつふつと煮立っている。


キャッキャとチーズの伸びを楽しむ岸の向こうと、氷雪舞い散るこちらでの寒暖差が、あまりに激しすぎるんだけど。いや、別に楽しく食べていただいて構わないんだけどさ。


確か、リナの扱う属性って火だった気がするんだけどな……。


「いや、さ。明らかに欲しい様子の先生に、いざ頼まれたら断るのは難しくないか?」


やましいことは何もしていないのに、あえて嘘の言い訳をするのも好ましくないし、いざ言い訳しようにも『これはロブから借りた』と言われた後では如何ともし難い。


どこの誰が作ったとか、そういった設定なんて唐突に思いつけるわけがないだろう。


……ああ、だから異世界転生した人たちは、東の国の存在を使いたがるのか。どこかにあるという謎の超文明と独特の調味料を用いた食文化を持つ理想郷ユートピア


今度から俺も使うようにしようか、東の方の国から来た商人に売ってもらったんですって。ルーデミリュにミソとショウユは無さそうだったけど。


まあ今回のような場合、追加で作れない言い訳をするにしても、仮に聖金オリハルコン製の聖剣とかなら別だけど、単なる木製の定規だからなぁ……。


まして、円さえ描ければいいなら、木材でも鉄でも作れるわけで、意匠デザインに凝ることなく無骨な円の板で角度をつけるだけだから、それなりの腕を持つ職人に依頼すれば作れてしまうわけで。


『面倒だから嫌です』ってのも意地悪を言っているような感じだし、まして『魔法陣学2』でもお世話になる先生と、あえて不仲になるような対応をすべきじゃないし。


「……最初っから『自分が作ったものや思いついたものは大した価値がない』って考えてるのが本当に厄介よね。だから、別に何でもないように貸し出すし、隠そうともしないし」


……そう言われてしまうと、完全に無自覚系主人公の定番『俺、やっちゃいました?』しか言う言葉が無いんだけど。


いやでもさ、流石に製図の道具とか売店にあれだけ揃っていたら、定規の使い方ぐらいは常識なんだろう、って思うでしょ?


まして、思いつけば誰でも作れてしまうようなものに、ちょっと把手を付けるとか補助用の線を付けるとかの工夫したぐらいのことは──


「その『誰でも出来るでしょこんなこと』って思ってそうなことが、本当に誰でも出来るんなら、金を出してまで『欲しい!』なんて言わない、って言ってんのよこっちは。何なのよ、この滑らかでちっともペンの動きを妨げない円周。こんなの、どこの工房探そうと金積もうと作れるわけないじゃない」


…………あー、うん。それは、そうかもしれない。


旋盤とかフライス盤とか言うんだっけ、ああいう前世の精密加工してくれる機械なんてのは無さそうではある。


でも、馬車ぐらいはあるから、『円』の概念が無いわけではないし、回転させるという発想アイディアがあれば、何らかの動力で轆轤ろくろを回すという技術が既に出てきててもおかしくない気がするんだけどなぁ。


ほら、前世でもあった『こけし』ってあれ、旅のお土産につくられたものだって話で、『お伊勢参り』みたいな旅行が娯楽として広まった江戸時代とかの頃にはあった、ってどこかで読んだ気がするし。


ああいった回転での加工技術は、発生しててもおかしくない気はするんだよね。別に江戸時代に発動機モーターなんて便利なものは無かったはずだから、こちらでも作れそうな何かしらの動力で作っていたんだと思う。


それこそ動力は『水車』でも問題ないから、歯車ギアを噛ませて回したものに、カンナ……は無いかもしれないけど、適当な刃物でも当てれば、普通に木材から円柱ぐらいは作れるんじゃないだろうか。


「なんか納得してないようだけど……あんたの『出来る』って考えてる基準は、どれもこれもが度を超えてるの。大規模な工場建てて作るのが定規って、どこに硬い魚を捌くために聖剣借りてくるような馬鹿がいんのよ。『技術的には可能』って言葉は『現実的じゃない』を意味してるって知ってるかしら?」


……どこの元プログラマーな迷い人異世界人が残したんだよ、そんな言葉。


まあ、水車だ何だって工場まで建ててまでやることじゃないのは、確かだけど。


「……まあいいわ、『権利関係』だけでも持ち帰ってきただけ、ほんの少しは成長したって思うしかないもの」


深いため息をついたリナが、なんか頭を振って諦めたような表情をする。


……すいませんね、うちのロブは常識ってやつの持ち合わせが無えようでしてね。


そっち権利関係については、学園向けや学内に卸す製品なら利用料は少しで問題ない代わりに、一般の魔道具開発者向けの販売品には市場と同等の額を課せばいいでしょう。どうせ多少の転売は起こると思うけど、別にそれで稼ぐつもりはないんでしょう?」


……なるほどね。それなら権利放棄するよりも角が立たず、あまり大きな収益にもならなければ商業ギルド内であまり目立つことも無さそうか。


別に転売されたところで、そもそも俺だけの発想アイディアと言っていいかも怪しいもんだし、リナの言う通り儲けるどころか貰う気もなかったから、そこまで気になる話ではないな。


この辺りがスッと出てくるのは、リナもダンジョンでの『成長レベリング』でINT知力が底上げされてるのと、根が真面目で領地運営とかを学んでいる辺りなんだろうな。流石というか。


「さ、食事してしまいましょう。せっかくの料理が勿体無いわ」


ようやく鍋奉行(?)の許可が降りたので、食事が始められそうだ。鶏肉チキン冷めちゃった。


「あ、ちょっと待って。少し煮詰まって固まってそうだから、ちょっと伸ばそう」


チーズフォンデュ、弱火にはしてあるけど、放っておくと固まるんだよね。


幸い、焦げついてはいなかったので、混ぜながら牛乳で少し伸ばしておいた。


少し温度を上げて待つ間、向こうの鍋は大丈夫か見にいったところ、既に食材が粗方片付きつつあったので、ちょっとチーズを足しつつ甘味デザート代わりの皿を追加で出しておいた。


バナナや苺、栗、変わったところでマシュマロとベビーカステラ、それと蒸した甘薯さつまいも


この世界の人、若干痩せすぎなところがありますからね。


ブート嬢も、盾役としてしっかりとした身体を作っていただかないと。


……結局、4半刻30分と経たないうちに、こちらの皿も向こうの皿も綺麗に片付いたことを報告しておこう。

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