第217話 新たな納品依頼

「これぐらい上手に『模写』ができるなら、『魔法陣学1』で教えることなんてそんなに無いんですよ。むしろ『魔法陣学2』に進んでいただいて、もっと先のことを学んだ方が宜しいでしょう」


一瞬、厄介払いでもしたいのかと思ってしまったけど、どうやらそうではなくて、これが簡単に出来るなら、もっと先を学ぶべきということだったらしい。


座学で行うような基礎的な内容は、教科書さえ読めば問題ないとのことだけど……うーん、それはそれで、正直困るというか。


クララだけ残すのも悪いし、一応は噂の『聖女様』ってやつなわけで、Sクラスから来てるってこともそのうち知られるだろうから、悪目立ちしないとも限らないし。


「あまり新たに学べることは無いかもしれませんが……貴方がそれで問題ないのでしたらかまいませんよ」


その辺りの事情をゾフィア先生へとそれとなく話したところ、話せばわかる先生だったこともあって、卒業・・からは免れた。


てか、教師判断で単位認定なんて方法もあるのか。以前からなのか、今年からの制度なのかは分からないけど。


「……あら、そもそも貴方、単位認定済みで『魔法陣学2』は黄曜日で履修予定だったのですね。それであれば、自由になさって結構ですよ。お暇でしたら、そちらの課題もお出ししますし」


単位自体は『優』で貰えるとのことだったので、改めてロブという名前を伝えたところ、黄曜日の『魔法陣学2』の担当もゾフィア先生だとのことで、俺の名前は認識していたそうな。


黄曜日の方も、上手くいけば先行して単位認定されたりするかね? まあそれはそれで、半年後からは『魔法陣学3』が履修できて、都合がいいかもしれない。


席に戻ってクララの魔法陣を確認すると、先ほどより随分と整った図に仕上がっていた。


この定規、割といいんじゃないか? ちょっと手作業で量産するのは大変そうだけど。


「まあ、随分と便利そうな道具を使ってますね、これはどこかで買ったものですか?」


「あっ、これはロブ君からお借りしたもので……」


おっと、ゾフィア先生に定規が見つかってしまったらしい。


コンパスや製図道具っぽいものは既にあったし、こういった定規もあっておかしくない気はするけど、どうなんだろう。


「あら、そうでしたか。ロブさん、これはどこのお店でお買いになったのでしょう?」


「いえ、円を描くのに便利だと思っての自作です。思いつきではあったんですが、予想以上に使い勝手が良かったですね」


任意の素材から球体は【空間切削】で作り出せるんで、木材から欲しい直径の球体を削り出して適当な薄さで刻めば、自然と外周に傾斜のついた定規の出来上がりっていうね。


あとは把手とってとか照準用の線を付けて、女神像の『取扱説明書トリセツ』でやった感じで、まとめて『連続体削り出し』で一体成形すれば出来上がり。


見た目は立体で複雑に見えて、割と手はかかってなかったりする。


木材だと削り出しが大変そうだけど、鉄であれば鋳型さえ出来れば何とかなるんじゃないだろうか。若干重そうだけど。


「……これ、もうひと組作って売ってもらえないでしょうか? 製図が苦手な子も、これがあるだけで随分違いそうですし、手慣れた人も書き損じが減らせそうです。なかなかの手間がかかっていそうですし、もし可能であれば、なのですが……」


うーん……なんかこれ、需要が発生している感じ? 微妙にやらかしてる案件の予感?


女神像と同じ流れを感じるんだけど、その予感からすると、延々と作らされる流れになりかねない気がする。


まあ、複写コピーしてしまえばいくらでも量産可能だから手間はかからないし、皿一枚ぐらいの体積なのでそこまで材料確保もMPも必要ないんだけど……流石に検品とかを考えると、ちょっとね。


「あの……授業で使う想定だとしても、流石に全生徒分を作るのとかは無理ですよ?」


「ああ、まあ、そうでしょうね……」


先に釘を刺しておかないと、ね。


実際のところ、全生徒1000人分ぐらいであれば、今となっては1日あれば行ける気がするけど、そんな工場並みの出荷が出来るなんて、明らかに何かしらのスキル持ちだろうと疑われてしまうだろうし。


「もし授業で使うのでしたら、紙に円だけを描いて配るとか、貸し出しで一定個数を使い回すとかで運用し、鋳造か何かで量産できるまで保たせていただく、といった対策を考えていただきたいですね」


「なるほど、確かにご迷惑はかけられませんものね……ただ、魔法陣は全てを1人が描く必要がありますから、円だけを描いて配ることは出来ないんです」


これは教科書に書いてある内容とのことだけど、魔法陣を描くのに使う筆墨インクに魔石が使われている都合で、描いている製作者の魔力・・が乗ることが原因らしい。


円とその他をそれぞれ別の人物が担当した場合、2つの作業箇所の接触部分に負荷がかかりやすくなり、熱を持って焼き切れてしまったり、書き込んだ素材に負荷をかけて煙や火が出たりするそうな。


……案外、書き込んだものが【灯火】であっても、爆発してしまう危険性リスクがあるってことだよな、これ。


筆墨インクかすれたりして修理が必要になった時は、担当者は魔法陣全体を均一になぞることで、偏りを減らす効果が期待出来るんだとか。


「それじゃ、やるとすれば貸し出しの方になるでしょうか。恐らく来週頭までいただければ、100組ぐらいは納品できるかと思いますが、そちらで足りるでしょうか?」


「100、ですか!? い、いえ、全然十分なので助かるんですが、流石にお手間では……」


まあ実際は、既に出来上がっていても、納期をすこし先にして、大変な作業感を出しているだけに過ぎないんだけど。


「大丈夫です、私はパーティの仲間たちとダンジョンに潜るために、単位認定試験で時間を空けてますので、それなりに時間は空いているんです」


むしろ、赤曜日や黄曜日に1つしか授業を入れてないので、残りが空き時間になっており困っているぐらいだ。


「……それでしたら、お願いできますか? 納期と納品数については、お任せしますので」


……と、そんな話でまとまったところで、終了を告げる鐘の音が鳴ってしまった。


ゾフィア先生は若干あわてた様子で、皆からそれぞれが一番良く描けていると思った魔法陣を提出させ、回収して回っていった。


◇◆◇


「それではロブさん、よろしくお願いしますね」


『魔法陣学』が5〜6限だったこともあってその後の授業は無かったため、ゾフィア先生の片付けを待って契約周りの話をした。


本来は学園側から一定量の発注となるため、個人に対する契約となると、税やら何やらと面倒な話が発生する。


しかし、幸いにも俺は商業ギルドへの登録者だったため、その辺りは商業ギルド宛ての『指名依頼』としてもらうことで解決できた。


ちょっと納品先が王都の商業ギルドまで出ないといけないのが面倒だけど、黄曜日か白曜日辺りで結構な空き時間があるので、問題ないだろう。


まあ、証拠のために商業ギルドカードを見せたところ、『銀級シルバー……ですか?』と驚かれたりはしたけど、その辺は適当に流した。


納期と個数は既に決まっていたので、残るは価格・・だったけど……これが若干困った。


原価は、拾ってきた木材で出来るから無料同然だし、前世のプラスチック製なんて文具屋や下手すれば百均で売っていたぐらいなものだったので、高々銅貨数枚数百円といった感覚だ。


それで、ちょっとだけ利益を乗っけたつもりで大銅貨千円と提案したんだけど、ゾフィア先生からは『安すぎる!』と苦情がすぐに飛んできた。


加工代だけでも職人の1日仕事と考えると銀貨数枚数万円だろうと力説されたものの、流石にそれは貰いすぎだ。


──そんな綱引きをしばらくした後、折衷案でひとまず銀貨1枚1万円で決着した。

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