第131話 入学試験後の噂

「他の4街道については現在も騎士団総出で捜査中だそうよ。……今の所、良い情報は出てきていないようだけど」


うーん、まあ確かにあの誘拐犯たちも、結構奥まったところにあった廃村をねぐらにしていたぐらいだもんな……。


捜索するにしても、一筋縄ではいかない気がする。なんか隠れ家の用意も含めて、その背後にいる組織とやらが手を回して、舞台を整えたようにも思える。


「……何にせよ、今回の誘拐騒ぎについて、魔法袋の件が遠因だとか貴女たちが気を病む必要は無いわ。結局はこんな事件を起こした犯人たちが悪いのだから」


……そう言われても、未だ行方が分かっていない受験生がいるわけだし、それこそ助け出せたブート嬢も同行者である2人を亡くしている。


助けられた他の子供たちも同様だと考えると、容易に割り切れるものではないだろう。


「……学園長! こちらにいらしたのですか。待機している受験生の件でお話が」


男性の係員が、こちらのことをちらりと見ながら学園長へと近づいてきた。


内容からするに、今日の受験について以降の日程スケジュールに関する件だろう。


「問題ないわ。事前の打ち合わせ通りの日程で再試験を行うことと、必要であれば滞在に関する相談を受け付けることを知らせて、解散してもらっていいわ」


「……御意の通りに」


男性はひとつ頭を下げて了承の意を示したあと、やはりこちらが気になるかのように俺たちをチラリと一瞥しつつ、去っていった。


「……事前の打ち合わせ通り、ですか」


「予想よりは随分と大人しかったぐらいよ。もっと大規模に襲撃があって、受験生や生徒が誘拐されることも想定していたもの。その場合は、再試験を来月までずらしたり二次試験という形で再募集する想定だったわ。それに比べれば、係員や受験生が1人や2人暴れた程度のことは、日常の範疇はんちゅうね」


いや、うーん……まあ、可能性としては無くはないのか?


そもそも相手の目的が見えていない以上は、最悪を想定しておくのは悪いことではないんだけど。


てか、テロみたいな事態に備えていたとなると、どんな対応策が検討されていたのかは少し気になる。まさかの無策ってわけではないだろうし。


まあ、下手につつくと藪蛇になりそうだからやめておくけど。


……しかし、えらいぶっちゃけるよね、この人。いや、エルフか。


「それにしても……良かったんですか? こんな入学前の受験生に、先ほどまでのような内情をぶちまけてしまって」


学園の本来の目的だとか、不正の容認だとか。あんまり広く知られていい話ではないと思うんだけど。


「ウフフ、いいのよ。この程度は聞かれれば誰にでも言ってきたことだし。それに、仮に責任だ何だってクビにしようにも、学園の責任者だなんて面倒な職に就きたいような酔狂なのは、エルフどころか人間にすら他にいないもの。私だってハイエルフだからって押し付けられて、後継が現れずにもう人間の王が何代交代したかしら」


……確かにヴァル氏が、面倒な役職は大体が長く務められるエルフに押し付けられがちだ、とは言っていたけど。


「こんな話をされた受験生が、学園に入りたくなると思ってます?」


少なくとも俺は、入るつもりが失せつつあるよね。


そんな不正で入った奴らがそこいらにいる授業なんて、治安は目に見えているというか。


リナとクララはどうなんだろう。貴族にせよ聖白銀教会にせよ、どうしてもと言われれば我慢するかも分からないけど、それでも精々1年ではないのだろうか。


「そうね、本当は貴女たち3人のような受験生こそ学園で保護したいところだけど……無理にとは言わないわ」


あれ、あっさり? まあそれならそれで構わないんだけど。


でも……なんか気になる言い方ではあるよな。


「この3人、ですか?」


うーん、【聖属性】は確かに需要あるとは思いつつ、聖白銀教会に所属するシスターを考えれば相当いそうだから珍しくはなさそうだし、ましてリナの【火魔法】もそうだろう。


リナの場合は加えて【片手剣】もある魔法剣士タイプではあるけど、魔法陣による武器への付与とか、あるいはダンジョンで得られるスキルがあるという話も踏まえると、必ずしも珍しくはなさそうだし。


「そうよ。カタリーナさんとクララさんの2人は、素晴らしいほどスキルを磨いている上に、『女神の恩寵』があるもの。ロビンソン君はその上……随分と珍しい【土魔法】を使えるみたいだから」


……俺のスキルに関する評はスルーすることにして、だ。


『女神の恩寵』って何のことだ?


「ちなみにだけど、『女神の恩寵』は本当に珍しい事例なのよ? 今までだと、それこそ大勇者カスタスと一緒に旅した英雄たちや、その後もほんの一部の冒険者たちにしか確認出来てないの。本来のスキルの持つ成長に加えて、特別な魔法が使えるようになったり、効果が上昇したりするのよ」


……もしかして、成長レベル、ってこと?


ちょっとリナ、クララ、こっちみんなし。


「クララさんが教会に勤めているからなのかしらね、カタリーナさんも『女神の恩寵』を受けているのは。教会に通うことが多かったんじゃないかしら」


……いえ、今後女神像フィギュアに触れると、誰でも受けられるようになるんです。


「本来のスキルよりも、確実に強い技量があるように見えるわ。かつて女神様の像へ一心に祈ることで恩寵が得られた、という聖女の伝承もあったけど……近年に行われた実験では、それで成果が上がった例は報告されなかったようね」


えーと……多分、近いうちに珍しいものでは無くなると思いますよ?


その大層な名前がついている『女神の恩寵』ってやつは。


「それと……ロビンソン君の【土魔法】は少し特別みたいだから、もっと『スキルの声』ってのを聴いてみた方がいいわ。きっと、真の能力ってのが隠されているはずだから」


……『スキルの声』、ね。


確かに、手探りで【空間収納】を使っていた時は、あの『いつの間にかある記憶』を辿ることで、新たな利用方法を発見していたけど。


そんな使い方を探す過程プロセスを、誰かしらがその『スキルの声』なんて洒落た呼び方をしたのだろうか。


「もし、貴方のスキルの真の名前が分かった時が来たら……後年の記録のためにも、教えてもらえると助かるわ」


……うん、やっぱりこの人【鑑定】スキル持ちだろうし、今のところ【空間収納】というスキル名が読めてないことも間違いなさそうだな。


怖いから絶対に教えないけど。


「でも……この後のことを考えると、少なくともカタリーナさんとクララさんは、学園へと通うことになると思うわ。願わくば、ロビンソン君も今後が気になるから、是非とも入学してほしいところなんだけど」


◇◆◇


「……まさか、こんな事態になるなんて思ってなかったわ」


王都からの帰路を経て、ヨンキーファへと戻ってきた翌日のこと。


逃げ込むように、リナとクララが拠点へとやってきて、ぐったりとしていた。


「おう、どないしたんや、『』と『』は。ヒャヒャヒャ!」


「……本当に勘弁していただきたいです、勇者様」


……まあ、ここ約1カ月ほどの出来事を並べると、だ。


・シュナムベインに向かう途中に現れた野盗17人を撃退

・野盗のねぐらを発見して誘拐犯たち13人を捕える

・8人の子供たちを救出

・後衛の実技試験で強力な火魔法を披露

・前衛の実技試験で対戦相手の罠を物ともせず武器を奪って勝利

・不正に加担した試験官を責任者の前に引き摺り出す

・救護室で100人近い傷病者を1人で受け持ち回復させる


……ああ、なるほどこれは『勇者様』だわ。バレバレですわ。


まして『聖女様』を伴って現れたともなれば、もう確定演出ですわ。虹色の後光が差してますもの。


◇◆◇


──その話を最初に聞いたのは、それこそ温泉町でもあるシュナムベインだっただろうか。


試験の結果は後日、商業ギルド経由で各受験生まで届けられるそうなので、俺たちは帰路についていた。


「あの温泉良かったなぁ、帰りにまた寄っていかへん?」


と、スケさんが言い出して、皆で合意したんだったかな。


せっかくだし、また一日泊まってゆっくりしてもいいかもしれない。


そんな軽い気持ちで再び立ち寄ることになったんだけど、そういえば誘拐犯たちを差し出したり救出した8人を届けた報酬とかについて、王都にいた間も冒険者ギルドに確認へ行かなかったことを思い出して、色々都合がいいとなったんだよね。


それで、温泉宿の空室をラビット氏が確認している間に、俺が冒険者ギルドで話を聞いてくることになって。


時間は昼下りで、ぼちぼち仕事上がりの冒険者たちが報告のために集まる時間へと差しかかっていたので、少し伸び始めていた列に並ぶことにしたんだけど。


「……王都の学園の入学試験に勇者様が現れた? なんだよその話」


入学試験?


前の方から聴こえてきたそんな話に、アレ関連以外にも何かあったのかと思って、俺は耳をそばだててみた。


「何でも、子供ながら伝説通りに魔法の腕も金級、剣の腕も抜群、両方が既に実践で戦えるって話なんだよ」


へー。リナも大概だったけど、他にもそういう受験生がいたのかな。


「……なんだか胡散臭い話だな、本当かよ?」


「本当、本当。ほら、この前に盗賊のねぐらになってた廃村の大規模な調査依頼あっただろ? あそこを一網打尽にして全員引っ張ってきたのが、その勇者様なんだとよ」


…………ん? 廃村?


「何て言ったっけな……なんか北の方の貴族の娘なんだってよ」


「オイオイオイ、しかも女ってか。それ絶対に伝わる途中で話盛ってる奴いるだろ」


「いや、なんか取り調べしてたヤツが酒の席で酔って言ってたんだけどよ、どうも姿が見えないぐらいの移動で右に左にと飛び回り、仲間が次々に倒れていったんだってよ。そんな剣技を持っているとしたら、伝説の勇者様ぐらいだろ?」


「……夢でも見せられてたんじゃねえの? そいつ」


「それが、捕らえた賊に似たようなこと言ってるヤツが何人かいたらしくて……」


マズい。


なんか色々混ざってはいるけど、なんか今この街に滞在するのは確実にマズい気がした。


俺は即座に列を離れると、宿まで戻ってきて既に部屋に入っていた皆に言った。


「すぐに出よう」


まだ温泉に入ってなくて良かった。


あれこれ文句を言われるのは覚悟しつつ、宿の返金も辞退して、皆の背中を押しながら馬車へと乗り込んでもらう。


さっきまでのゆっくりする気分からの急転直下、気分は夜逃げのそれだった。


スヴァヌルには少し早めに街を離れてもらうように伝えて、俺は不満を口々に言う皆に向かって話を切り出した。


「実は──」

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