第87話 感動の再会?

「そういえば、なんだけど」


一旦、拠点に戻ってきて一息ついたところで、ラビット氏が口を開いた。


「この家って、恐らく僕が借りてた場所だったんだよね」


「えっ、そうなんです?」


迷い人異世界人で引き継がれる単身用借家ぼっちハウスだったのか。


いや、言われてみれば確かに、地下に巨大な冷蔵魔道具の部屋があったり、調理魔道具がひと通り揃っていたり、アイランドキッチンっぽい深いシンクと広い調理スペースのある環境だったりと、妙に調理場キッチン関連が充実していた。


「多少は引き落とせる額がギルドに預けてあった気はするけど……2カ月も放置してたら、そりゃ商業ギルド側で空き部屋として引き渡されてしまっても仕方ないか」


あ、不安定な冒険者だけに、長期不在判定ってことで契約解除する条項はあった気はする。


…………あれ? でも、この部屋を借りた時って、亡くなったラビット氏を発見してからそんな経ってなかったよね。


そもそもボスギルマスには蘇生する方向で話してたし。


でも、この拠点をフランさんは『つい最近空きが出た』とか『運がいい』とか言ってた気がする。


…………もしかして、商業ギルドとしてはラビット氏が既に死亡した扱いになってるってこと?


あー、そういえば蘇生できるかを確認したのって、ラビット氏の遺体をボスギルマスに確認してもらった翌日だった気がするな。


その間に何らかの処理がされてしまって……とか。無くはなさそう。


「これは……ボスギルマスに直接聞いた方が早そうだな。そういえば、ラビットさんは面識あるんでしたよね? 商業ギルドのギルマスに」


「ああ、サムか。長らくパーティを組んでいたことがあってね。その繋がりで、この街に戻ってきたのに合わせて、重いものや量があるものを中心に依頼を受けていたんだ」


「それじゃ、せっかく復活したんですしご挨拶に行きますか」


ちょっとしたサプライズを込めて、ね。


◇◆◇


「……迷い人異世界人の先輩としてだ、こいつのことをどう思う?」


「んー、今の話を聞いてしまうとね……やっぱりもうちょっと考えた方が僕はいいと思うけど、まあ人それぞれだし」


…………あれ。なんか思っていたのと違うぞ。


そもそもボスギルマスに聞いてラビット氏が生き返らせられるかもって話になって、なんか『俺からも頼む』みたいなこと言ってなかったっけ?


だから、ここで起こるのはもっとこう、「まさか生き返るとは!」なんて感動の再会的な展開だと思うじゃない?


無言で抱きついて『良かった本当に』とかさ、そういう。


唐突に登場させる『どこにでもあるドア』にこそ少し驚いたものの、ものっ凄く淡白に『やあ、サム』『久しぶり、運が良かったようだな』なんて軽く終わってしまったんだけど。


【蘇生魔法】がある世界の生死観ってそんな感じなの? 癌にかかっても標準治療で治せる時代に過剰に怖がる必要はないとか、そういう感覚?


んでもって、ラビット氏の無事を確かめたボスギルマスが俺との邂逅かいこうを話し出したと思いきや、薬草やらポーションやらと俺のやらかしをあれこれ愚痴りだして、2人から詰められてる感じになってるんだけどさ。


たしか俺、ラビット氏を生き返らせるのに色々頑張ってた人だよね? この仕打ちなの?


「まあ、お前も割と大概だったけどな……商家の出の俺より金勘定が速くて正確だったとか。なんでも迷い人異世界人の特長の1つらしいな、習ってもねえのに計算が得意ってのも。同じく習ってもねえのに貴族語丁寧語流暢りゅうちょうに話せるってのもあったか」


「分かる人にはすぐバレるってやつね。元冒険者でダンジョンの基本を教えてくれた師匠からそれを指摘された時に、言葉に詰まって完全にバレちゃったっけ」


「それを聞いてようやく納得したんだがな、俺は。時々、見たこともないはずの食材を探してるとか言い出し、どこで見たのかと聞いたら昔に本で読んだとか言うんだからな」


あー、うん。本ね。多分、迷い人異世界人の多くが文化と技術の差を目の当たりにするやつ。


俺も一応は異世界モノで予習してたから知ってたけど、商業ギルド経由で手に入れた本はどれも高かった。


「本が身近にあったとかどこの貴族家かと思ってたが、その割に礼儀作法はなってないし、また一方で貴族語丁寧語流暢りゅうちょうに喋るしで、色々とちぐはぐな奴だと思っていたぞ」


うん、前の世界だと長らく本の時代があって、それがWEBに移っていった過渡期だったから、流石にググれとは思わないながらも、本ですら希少性が違うというところまでは咄嗟とっさに頭が回らなそうだ。


流石に△△はあるだろ…………ない、だと? みたいなのは、俺も多分やっちゃいそう。


「そういえば……今だから聞くけど、ラビットさんが運んでた荷物ってやっぱりお隣の国の関連だったの?」


「あ、そうだ。あの仕事ってあの後……そうか、ロブ君が魔法袋を使えたから代わりに届けてくれてたわけか」


そういや、あの時の仕事料は横から奪っちゃった感じになってるな……後で相談しておこう。


まあ、実のところラビット氏の元からあった所持金はそのまま魔法袋に残してあって、その金額が半年なら高めの宿暮らしできそうなぐらいはあったので、元からそれなりの稼ぎがあったようだけどね。


商業ギルドにも金は貯めてあったと言っていたし、そこそこの資産はあったんじゃないだろうか。いざという時は魔法袋の中身を売れば、いくらでも生きていけただろうし。


だって、調味料だったら塩でも胡椒でもマヨネーズでもトマトケチャップでも、下手すれば料理酒だって言い張って日本酒でも『えポーズ』で垂れ流しに出来るんだよ?


元の世界でも、時代が違えば胡椒ひとつで巨万の富が得られたのに、異世界におけるチート調味料ことマヨネーズに至っては、王宮料理人が大金積んで土下座してでも売ってくれって言いそうだもの。


ちなみに、ヨンキーファに来た時の入場料とか商業ギルド入会費とか含めて、借りていた分は耳を揃えて返済済みだ。


「そうだな。そもそもロブが俺を訪ねてきたのも、お前に宛てたメモ書きを見てからだったからな。それで……ロブの質問に答えておくと、正直俺も把握していない」


んー……まあ、そうか。


一応は実家が貴族ということで現在も取引とかで関わってはいるようだけど、その辺りまで情報が降りてはこない、って感じか?


「だが、暴走スタンピードの際にあれほど迅速な派兵体制と抑え込みでダンジョンの外に出さなかったのは、事前に『領内の兵をフィファウデに集めていた』からだったと思っている」


そういえば、発生して2日目ぐらいにダンジョンの中を兵が既に巡回してたりとか、既に冒険者を雇って前線を維持したりとか、あまりに緊急時対応について準備が整いすぎていたようにも思う。


恐らくは発生の第1報で既に部隊が急行するぐらいの速度感じゃないと、4層で食い止めるなんて真似は無理だったよな。


『戦争は始まる前に決着がついている』みたいな言葉を聞いたことがあるけど、キファイブン子爵……いや伯爵か、はルーデミリュ国内の情報をかなり把握していて、『保守派・中立派の領内だけで多発する季節外れイレギュラー暴走スタンピード』についても警戒していたのかもしれない。


恐らくは、『誰かしらの意思によって人工的に引き起こされている』という可能性も含めて。


そう考えると、なるほど陞爵しょうしゃくされたのも頷けるし、被害を抑えた手腕という意味も腑に落ちた。


◇◆◇


話は尽きなかったが、程なくしてボスギルマスに次の用事が差し迫ってきたようで、ギルド職員が扉を鳴らして声をかけに来たため、その場はお開きとなった。


一応、ラビット氏は『どこにでもあるドア』で登場させる仰天サプライズ演出だったため、同じくドアを出して送り出そうとしたところで、彼はボスギルマスに振り返って尋ねた。


「あ、そうだ。サム、最後に1つだけ。今ロブ君が住んでるところなんだけど、元は僕が住んでたところが整理されて貸し出されてたようなんだよね。あれってもしかして僕の死亡届みたいなものが出てたりする?」


あ、そうだった。当初の目的を忘れるところだった。これを確認しに来たんだっけ。


ボスギルマスは少し考え込むように顎へと手を当てた。


「いや、死亡の連絡はロブが蘇生するつもりだと話した時点で差し止めている。商業ギルドの口座も死亡確認時の処理は取り消しを指示したから、凍結はされていないだろう。家も…………いや、待てよ?」


…………なんか怪しくなってきたな? 思い当たる節がある様子。


「ギルドマスター、そろそろお時間が」


部屋の方のドアが再び鳴らされ、職員の声がかかった。


「待て、わかった。この件は後ほど調べて連絡する」


うん、なんか貸しが1つできたっぽいな。


やったねラビットさん、ボスギルマス自腹ポケットマネー高級宿ホテル暮らしでもすればいいんじゃないかな。

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