第77話 再会

16層前半の洞窟ケイブ型を抜けると、そこは月明かりが照らす夜の森だった。


「あ……そうか」


そうだった、ここからは暴走スタンピードが無いんだった。


視界を上空へと移動させて見下ろしても、魔物たちが帯を作っていてもくれないし、階段からいてくれてもいないので、地図を元に探さなければならない。


とはいえ、この層は林道を辿っていけば終端で階段に到着するような親切設計になっているようだから、上空から木々の切れ目となっている場所を追っていけば終端までは辿り着けそうだ。


……と思ってたんだけどさ。


いやー、上空から暗闇にある林道を視認するとか無理だよね。途中で見失ったのか道だと思い込んでた道らしきものを追って、層の端まで到達してたもの。


結局、洞窟があった山岳部分と月の位置で大体の位置を掴んだ後、終端付近で目印になってる木の途切れたところから方角確認して発見した。


それでも、地面を歩くよりは全然速かったとは思うけど、なるほどダンジョンも深くなってきて一段難易度が上がったなって感じはした。


正しいダンジョンの楽しみ方じゃ無い?


いいんだよ、今は探索を楽しんでる時間は無い。RTAリアルタイムアタックしてるんだ、俺は。


そんなこんなで、一見して何の特徴もない砂漠を彷徨いつつ遠景にある目標ランドマークからなんとか現在位置に見当つけたり、特徴となる起伏が多すぎる山岳地帯で上空からだともの凄く分かりにくい入口を発見したりしながら、俺は20層まで駆け抜けた。


もちろん、身体は安全地帯セーフエリアに置いたまま、だけど。


ちなみに16層から出る時は一旦6層に戻してから出発していた。


しかし、ダンジョンでも格納門が到達できる最大距離の概念があったりする可能性も考えて、20層を超えたタイミングで直後にあった安全地帯セーフエリアへと移動した。


その時だった。冒険者ギルドから初めに6層に飛んだ時に感じた違和感に気付けたのは。


「……移動にMP消費して無くない?」


そう、格納門経由で移動してる時には必ず感じていた、通り抜ける際のMPが抜ける感覚。


あれが全くと言っていいほど、無かった。


「……これ、どういうこと?」


いや、うん。全然分からないというか、誰に問うても分かる道理は無いんだけどさ。


どうやらダンジョンではそういうことになってるだけ、なんだろうし。


つまり、格納門経由での移動が無負担ノーコストで行えちゃう……ってコト!?


……なんか小さい生物に退行してしまいそうになりながら、これひょっとしたら暴走スタンピードの収束もRTAリアルタイムアタック進行表チャート作れちゃうんじゃね? と思い始めていた。


◇◆◇


21層の安全地帯セーフエリアまで到達し、そろそろウォルウォレンリーダーたちの挑んでいた階層が近づいてきたなと思ったところで、はたと気づいた。


これ、追い越してる可能性ってのもあるよな?


戦闘してる冒険者がいないかとかぐらいは気に留めていたとは思うけど、必ずしも接近した時に魔物と遭遇しているとも限らないし、少しでも想定する進路ルートから外れていたら見逃す可能性は大いにあり得る。


実際、ウォルウォレンリーダーたちは下の層にいる冒険者たちに声をかける目的だという話だったけど、遭遇した16層に向かう冒険者は1パーティも見かけていない。


これは見逃してる可能性の方が大きいんじゃないだろうか……?


とはいえ、じゃあ事前に相談もしてなかった状態で落ちあう方法があるかといえば、思いつかない。


まあ、各階層の安全地帯セーフエリアに視界を移動させるのはできそうだから、書き置きをしておいて待っていてもらい、こちらも定期的に見回ることで拍子タイミングを合わせるという方法はあるかもしれない。


……試しに、適当に木材で長机テーブルでも切り出して、手紙でも置いて回ろうか。


そう思って書き置きを残し始め、23層の安全地帯セーフエリアに到達した時だ。


「…………! いた!!」


それは、髭こそ生やして風貌は変わっていたが、間違いなく見覚えある装備を纏ったパーティの姿だった。


俺はバニッシュマントを被ることも忘れて、彼らのいる安全地帯セーフエリアへと格納門を繋いで移動した。


「みんな、久しぶり!」


「…………え、え? はあっ?! お、お前、ロブか!」


「ちょ、ちょっと待って下せえ、今どっから来たんで?!」


ベルトリーダーファルコシーフ職が驚いた声色で訊いてきた。その横では、グスタフ盾職も驚きの表情を浮かべている。


そういえば、拠点を確保してから使うようになったんだっけ、この格納門での移動は。


「ああ、うん。最近できるようになったんだけど……まあそんなことよりさ、ベルトリーダーたちに話があってさ──」


「いやいやいや、『そんなこと』じゃ済まねえだろお前! 何をどうやったらソロでこんな階層来れるんだよ」


「…………【空間魔法】?」


とっとと話を進めた方がいいかと思ったものの、ベルトが待ったをかけてきた。


そして、相変わらず感情の起伏が少ないクロエエルフ風が、マイペースにずっと思案していた顔を上げて言う。


「あー、言われてみれば俺の【空間収納】って広義の【空間魔法】なのかね? まあ、使っているのは前にも見せた【空間収納】の応用だよ。ほら、こんな感じの……」


と、前に見せたような手が入る大きさの格納門を開いて、別の場所から出してみるやつを見せる。


「この格納門をもっと広げると、こんな感じで使えるってわけ」


そして『どこにでもあるドア』の木枠抜きを実演する。


「「………………」」


「便利そう」


「うん、これで今回もフィファウデまで来たんだけど…………って、そうだよ。ここまできた理由なんだけど、とりあえず話を進めていい?」


うん、時間が無いからとっとと本題に行こう。


「……わかった、聞きたいことは山ほどあるが置いておく。話ってのは?」


「うん、助かるよ。みんな、今の状況ってどの程度把握してる?」


「魔物の異常増殖が15層で確認されてる」


「そうだな、だがあくまで伝聞で実際の状況を見たわけじゃねえし、14層より上の状況も降りてきてねえな。どうなってる?」


うん、完全に15層で冒険者たちは閉じ込められてる状態だったようだ。


俺は、現在地上では季節外れの暴走スタンピードが発生したとされていて、4層で食い止めている状態であることを話した。


「それをヨンキーファで昨日の夕方に聞いて、現在…………その……まあ、さっきみたいな方法で忍び込んできたのが今日、って感じ?」


「……感じ? じゃねえだろおい!」


「まあまあまあ、そこはロブでやすから置いときやしょう。そんなことより、さっきの言い方でやすが……暴走スタンピードが発生したと『されている』、ですかい?」


「うん、そう。ここまで来た理由というか、話ってのはそのことなんだけどさ。実は……割と厄介な状況みたいなんだよね」


俺はひとまず15層で見たこと聞いたことを話す。


ルーデミリュから潜入してきたと思われる2人組、山の上に置かれた魔道具、異常な速度で黒いもやが発生しオークが涌き続けていた状況。


そして、装置は回収して異常な生成は起こらなくなったこと、2人は寝かして土の下に閉じ込めていること、しかし15層全体に広がったオークの群れと一部が上位種となっている状況、などについても伝えた。


「……冗談、ではないんだよな? 勿論」


「こんな時に言うほど悪趣味じゃないよ」


「ルーデミリュ……ベロ家の派閥」


「べ、ベロ家?」


クロエが見たことがない雰囲気で声を震わしているのに気圧される。


その声色に込められた感情は恐らく、怒り。


何だろう、因縁でもあるのだろうか?


「……クロエ」


「……大丈夫、問題ない」


問題ない、ってのが何のことを指してるのかは分からなかったが、ベルトが様子を伺って声をかけたところに、クロエが頷いていた。

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