第144話 試運転

「おう、来とったんか。……何や、こんなとこに机と椅子なんぞ出して。ピクニックか?」


ちょうどスケさんが転移部屋ショートカットから出てきたのは、全員の更新アプデが終わってステータスオープン関連の説明も済んだ辺りのことだった。


「ちょうど更新アプデが終わって、色々説明していたところだよ」


「……ほんなら、こいつらは何で死にかけとるんや?」


さぁ、何でだろう。


それは本人たちにでも聞いてみてほしいところだけど。


「……あんまりにもぶっ込まれた話がぶっ飛びすぎてて、受け止め切れてねえんだよ」


ベルトが突っ伏した頭を半分こちらに向けて、恨みがましい目線を送ってきた。


うーん、そんな目で睨まれましても。


俺は単に女神様のお言付いいつけに従って女神像フィギュアを量産しただけの業者であって。


そもそも、強くなれるのであれば得こそあれど、損することは無いんじゃないだろうか。


まあ確かに、スキルが色々判明したことで戦い方は変わる気はするから、無駄になったものや捨てるものは出てくるかもしれないけれど。


最初からステータスオープンが見えていた俺と、見ないままシルバーBランクまで実績を積んできた彼らにとっては、印象が全然違うということだろうか。


「この強さの数値化ってのもそうだが、俺が長年使ってきた【両手剣】スキルが、こう……別モンだったっつうか、本来のスキルを活かせてなかったんだぞ? 俺がやってきた【スラッシュ】ってのは何だったんだ?」


後で見せてもらうことになったけど、どうやらよく知られている【片手剣】の【スラッシュ】と違って、【両手剣】には【パワースラッシュ】と【スピードスラッシュ】の2つがあるらしい。


これは名前の通り『速度を犠牲に重い』か、『威力を犠牲に速い』か、という打ち分けが出来るのだそうだ。


敵の知能が高い場合に、攻撃が単調だと避けられる確率が上がっていくという調査結果があるらしいから、打ち分けが出来るだけで陽動フェイントにも使えるだろうし、選択肢があることで単純に当てやすくなるとか。


他にも、【ブレードガード】や【受け流し】といった近接での防御性能を上げるスキルが出てきたそうで、根本から戦い方の幅が変わりそう、とのこと。


「私も……まさか【精霊召喚】が使えるとか、物語の中だけだと思ってた」


精霊術師エレメンタラーとして【精霊魔法】を使ってきたクロエだったけど、今までの感覚としては『精霊様にお願いして現象を起こしてもらう』程度のものだったそうな。


ところが、どうやら【精霊術】には【精霊召喚】という成長スキルがあるらしく、そちらに成長ポイントを振ってLv.1にしただけで、各種精霊の召喚が出来るようになったらしい。


実際、掌ほどの蜥蜴とかげがクロエの腕の上に乗ってチロチロと赤い舌を出していた。火の精霊であるサラマンダーってやつらしい。


しかもこの精霊、単にいると可愛いとかだけではないようだ。


召喚すると、周囲の環境の属性に影響を与えるそうで、例えばこのサラマンダーであれば【火属性】が強化されるんだとか。


そのため、水属性の湿地帯では弱点である【土魔法】が効きやすいように土精霊のノームを出したり等、ダンジョンの階層による環境に合わせて呼び分けるようにすると、探索が捗りそうな予感がある。


ちなみに、探索者レンジャーであるファルコが持つ【探索】というのも、【斥候】としての【気配察知】や【気配消失】なんかのスキルが使えるようになったそうで、今までは『そういった動きが得意』ぐらいだったものが、明確にスキルとして使えるようになったそうな。


グスタフの場合は【挑発タウント】と【盾打シールドバッシュ】が明確なスキルとなったため、敵対心ヘイト管理が変わってきそうだとのことだ。


盾職が安定するだけで戦い方が全然違うと、巨大生物討伐系のゲーム実況で聞いたことがあるから、恐らくはそういうものなのだろう。


「しかし、こうなるとダンジョン調査で時間があって良かったとも悪かったとも言えるな……」


ベルトが、頭をがしがしと掻きながら、ため息を吐いてぼやく。


「時間があって良かったってのは?」


「どういった戦い方ができるかを検討できること」


「それじゃ悪かったってのは?」


「ダンジョンに入れないんで、速さとか威力とか確認できねえんでやすよ。単純に試してみたいって気持ちもあるんでやしょうし」


同じ考えの様子だったクロエとファルコが代わりに答えてくれた。


そういや、フィファウデのダンジョンは現在封鎖されていて、キファイブン伯爵の主導の元で領兵が集められて、暴走スタンピードの兆候がないか入念に調べられているんだっけ。


しかし……皆さんここがどこ・・なのかってのをお忘れじゃないですかね?


「まずうちさぁ……」


あ、ちょっと待った、普通の会話文使われる単語で構成された文でしかないにも関わらず、急激にこの流れで話を続けてはいけない気がしてきた。


なんか『マズいですよ!』って何かが束になって警鐘を鳴らし出してるし。


大丈夫だ、俺の【空間収納】にはアイスティー以外にも、コーヒーとかオレンジジュースとか色々入ってるからな。


「まず……何だ?」


「ああいや何でもない、何でも。そうそう、みんなここが『ダンジョン』なことを忘れてやしないだろうかって思ってさ」


◇◆◇


「それじゃ、また明日改めて来るぜ」


あの後、ベルトたちが『そうだった!』とすぐに装備を取り出して支度を始めたので、折角だし俺も机や椅子などをしまって、ベルトたちの戦いを見学することにした。


もっとも、当然ながら転移部屋ショートカットをベルトたちは開いてないので、1階から順に探索していく必要がある。


とはいえ、ウォルウォレンはシルバーBランクの実力がある冒険者パーティだ。


納品関連で割と期間を短縮してアイアンDランクになった俺と違って、だ。


まだ5の鐘14時を過ぎたところだったので、今日のうちに行けるところまで転移部屋ショートカットを解放してしまおうということになり、一気に10層まで到達してしまった。


一応10層のボスということで、ゴブ師匠にベルトたちを紹介しつつ、軽く実力を測ってもらう。


当然ながら全員合格を貰えていたようだけど、終わった後も『あのゴブリンはおかしい』としきりに言っていたのは、また別の話として。


そういえば、フィファウデにはこの転移部屋ショートカットってのが無いので、ズルいだの何だの色々と言われた。そんなこと俺に言われましても


まあ、俺は別に1層だろうと20層だろうと、どこからでも第2玄関に帰れちゃうんだけどね。


さておき。


ベルトたちは来週いっぱいまで休みの予定だったものの、せっかく使えるなら調整のためにダンジョンを借りたいとのことなので、ベータテストに付き合ってくれた御礼も兼ねて許可することにした。


彼らは貴族街までは行かない大通りに面した馴染みの宿ってのがあるそうなので、割と近いのもあって、ここまで通うことにするらしい。


一応、ベッドは3部屋6人分あるんだけど、ラビット氏とスケさんが1部屋ずつ使っているので、微妙に部屋が埋まっていた。


詰めれば使えないことも無いんだけど……まあ、向こうも通いで問題ないとのことなので、今回はそれでお願いすることに。


うーん、やっぱり手狭というか、もう少し広い一軒家でも借りようかなぁ……。


すっかり学園関連で頭から抜けてしまっていたけど、今度商業ギルドに行った際にでも、フランさんに相談してみようと思う。


さて、ウォルウォレンのみんなに試してもらった感想を含めて文言調整をすれば、取扱説明書については完成ってことでよさそうかな。


▼女神像配布

★女神像作成

★聖白銀教会の一覧入手

★教会の位置確認

★取扱説明書の作成

・配布方法の検討


素材については大量に温泉近くから木材を回収してきたので、問題ないだろう。蓋についても、型が既に出来上がっているし。


あとは配布方法だけど、叩き台をラビット氏が今日中に出してくれるそうなので、明日の予定でリナに声をかけて来てもらい、場所の選定まわりで問題ないかを確認しよう。

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